皆さま、こんにちは!
黄金週間に突入しましたね。
今日は暦でいくと平日ですが皆さまはお休みでしたか?
自分は5月にTDS、
6月に大阪万博(チケットを2日分もらった)に行く予定でしたので
連休中は仕事に励んでました。
貧乏暇なしを地でいってましたよ。
今日は開業当時の木造駅舎が残る
予讃線・多喜浜(たきはま)駅の訪問記です。
多喜浜駅は予讃線が開通した大正10年に開業した駅でした。
多喜浜村(昭和28年に消滅)にちなんだ駅名ですが、
当時の所在地は多喜浜村ではなく
神郷(こうざと)村(昭和28年消滅)だったとか。
多喜浜村は神郷村の隣村だったそうです。
「国鉄全線各駅停車 山陽・四国670駅」の記述によると
200年の歴史を持つ「多喜浜塩田」をアピールする目的で
この駅名に採択されたんですって。
多喜浜塩田は昭和34年に廃田、
跡地は整備され新居浜東港に変わりました。
多喜浜駅の跨線橋から
かすかですけど港が見えましたよ。
先にも書きましたとおり、
そんな多喜浜駅には開業当時の駅舎が現役です。
竣工してから104年が経過しているとか、
すごいと思いません?
そんな駅舎には現在、
お総菜屋さんの「健康食工房まる」さんが入居してます。
ネットの情報によると
厳選食材にこだわったお店らしく。
かなりの高評価を得ているお総菜屋さんでした。
ホントはお店にも立ち寄りたかったですけど
自分が多喜浜駅を訪れた時刻は午前10時頃で
開店前に来ちゃったんですよね…残念!
誰もいない店内を覗くと
食材のこだわりとかメニューの安さが
あちらこちらに貼られてましたっけ。
駅ファンの同志の皆さま、
こんなお店が最寄駅にあったら絶対に通うと思いません?
天気が良い日は出来立てのお弁当をここで食べたいです。
列車の車内で食べるお弁当も格別ですが
行き交う列車を眺めながらお弁当を食べたいと思ってるのは
自分だけじゃありませんよね?
そんな夢が叶う多喜浜駅でした。
それでは構内を眺めてみましょう。
多喜浜駅は国鉄時代末期ではなく
比較的早い昭和46年に無人化されましたが、
その後も簡易委託駅として窓口営業してたらしく
出札窓口が塞がれた痕跡が残されてました。
待合所はご覧のとおりです。
続いては跨線橋を渡ってホームに入りますが、その前に…
駅舎から構内を見渡すと、
駅舎が予讃線のカーブ上に設けられているのがわかります。
予讃線の開通後に設けられた増設駅ならともかくとして、
開通に合わせて設けられたのに
この場所にあるのが不思議に思いました。
開通前の計画とは違ったカタチで
線路が敷設された可能性があるのではないでしょうかね?
島式ホームの全景です。
島式ホームの駅舎寄りに保線車両が留置されてますが
この線路は国鉄時代、
主に貨物列車の留置線として使われてました。
駅舎とホームは現在、跨線橋で結ばれてますけど
跨線橋が設けられたのは駅が無人化された昭和46年のこと。
貨物の取り扱いがあったそれ以前は
構内踏切で結ばれてたワケでして…
当然ですがこの配線、
貨物列車が停車すると構内踏切を塞いでしまいます。
昭和23年撮影の航空写真を見ると、
構内踏切を塞がないように
貨車を分割して留置している様子が写ってました。
多喜浜駅での貨物列車の取り扱いは
苦労されたのではないでしょうかね?
国鉄時代に使われていた貨物ホームが残ってましたよ。
こんな景色を眺めながらお弁当が食べられたら
美味いこと間違いありませんね(しつこい)
最後はどうでもイイ話で〆ます。
こちらは跨線橋に貼られていた銘板でした。
「しゅん功の文字が邪魔そうでカワイイ」などと思ってましたが、
15年前にブログを開設して以来
「竣功」を「竣工」と書き続けてきました。
ひょっとして今まで文字を間違えていた?
そこで調べると、「竣功」も「竣工」も意味は一緒で
今は「竣工」が一般的な「書き」だそうです。
これからも「竣工」を使い続けますが、
もし間違いでしたらご指摘くださいませ。
多喜浜駅(令和3年4月11日)
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