療育で
子どもを伸ばすためにどんな支援をするか?
基にするのは「個別支援計画書」です。
支援を始めたばかりで
データの積み上げがないうちは
おうちのかたがお話くださったことが頼りです![]()
おうちのかたの主訴が
「かんしゃくに困る」というケースは多いです。
ですが、実際に子どもと接してみると
「かんしゃくって聞いたけど
うちの3番目にしたいくらいに可愛いぞ」
「強い不安からの【パニック】かな」
と認識を変えることが、たまにあります。





私は、診断や判定をする立場にないので
療育保育士の感覚的な話になります。
自閉症者の「メルトダウン」を
「強いパニック」と説明してくれる
精神科医もいます。
日本では
「パニック」に「メルトダウン」を含めて
語られることが多い気がします。
「メルトダウン」に「かんしゃくの状態」が
表れることも多いので
言葉が揺れやすいのかなと感じます。
・・・すでにタイトルの
「言葉の定義を合わせる」に矛盾するのですが
私にとって大切なのは
支援が子どもの幸せに還元されること。
本来のメルトダウンを
パニックに含めてしまっていますが
言葉の揺れの問題は
いったんスルーさせてください![]()
「かんしゃく」には原因があって
それを取り除けば徐々に落ち着いていく…
対して「パニック」は
押さえきれない生理的な強い不快感
というイメージです。
低年齢の障害児には
暑い・痒い・眠い・音がうるさい…。
そんな不快感の重なりが
限界を超えた辛さになるように見えます。
パニックと言うと、暴れたり叫んだりする
イメージかもしれませんが
思考が停止した状態になり、
静かにパニックに陥っていることもあります。
傍目には、ぼーっとしたように見えても。
私の見立てですが、
子どもがこの静かなパニックになったときに
できないことが「視線誘導」です。
普段はお話が上手でも、
パニックになると、
無意識下のように見えることがあります。
かんしゃくなら
どんなに泣き叫ぼうと視線が合い、
会話も通じるかもしれません。
(まあ通じないけど、こちらの言葉は入るというか
)
かんしゃくか?パニックなのか?
その言葉の定義がなぜ大切なのか?
ーーそれによって支援内容が変わりうるからです。
自傷行為を防ぐ目的もあります。
もちろん目の前の子どもを見て判断しますし、
「これはかんしゃく?パニック?」と
毎回引き継ぎ書から判断するわけでもありません。
それでも、おうちのかたはどのような状態を
「かんしゃく」と呼んだのか?
支援者間で言葉の定義を合わせておくことが
大切だなと感じます。
子どもを共通理解し、より良い支援を目指すために。
▼国立病院機構新潟病院 臨床研究部長(小児科医)藤中秀彦先生の記事です。
「癇癪とメルトダウンの違い」を分かりやすく解説してくださっています。


