十日戎と宝恵駕(ほえかご)1 |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

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2008/01

十日戎と宝恵駕(ほえかご)1

十日戎と宝恵駕2(ほえかごの昔)

十日戎と宝恵駕3 (今の宝恵駕の情景)

十日戎と宝恵駕4--「10年前のほえかご」--

十日戎と宝恵駕5--「平成20年ほえかご」--

2008/12

大阪ミナミの名物 今宮夷「宝恵駕籠」

2009/01

宝恵駕籠「ほえかご」-今宮えびす-

いまみやえびす宝恵駕籠 駕籠の人

2010/01

今宮戎 宝恵駕籠(ほえかご) 2010年

2011/01

今宮戎2011 行けなかった人もこれ見て福がきますように

2012/01

今年こそ福を! 2012年今宮戎の宝恵駕籠 ほえかご行列

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【十日戎と宝恵駕(ほえかご)1】


関西では、正月の十日を十日戎(とおかえびす)と言う。


各所にある戎神社では祭りが行われて、商売繁盛を願う参拝人で賑わう。
画像0085.jpg


大阪ミナミでは、テレビでも出てくる今宮戎(いまみやえびす)が有名だ。


通称「えべっさん」と呼ばれている。


1月9日、10日(本戎)、11日の3日間は、いつもは閑散としている今宮戎神社も

「商売繁盛で笹もってこい、年の初めのえべっさん」

囃子とともにスピーカーで大きな音を出して、参拝者に景気づけを行っている。


「えべっさん」はご存知の通り鯛を持った姿からも、本来漁業の神様だが、13,4世紀頃から市場の守護神として祭られ始めて、現在では商売繁盛の神様として広く信仰を集めている。


今宮戎神社はミナミのちょうど真ん中にあり、JRならば「新今宮」、南海電鉄なら「今宮」、地下鉄御堂筋線では「難波」か「動物園前」、堺筋線では「恵美須町」で降りて歩いてゆく。

出店が沢山出て、どの駅から降りても人波に合わせて歩くとたどり着く。


「えべっさん」は3日間の催しだが、十日の本戎(ほんえびす)が一番賑やかな一日となる。

県外の人は意外と知らないが、この日は大きな催し物がある。


「宝恵駕(ほえかご)」という行列が、ミナミ一帯を練り歩く。



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宝恵駕(ほえかご)というのは、芸妓(げいぎ:芸者さんや芸子さんのこと)さんが乗る色駕籠のことだ。

「ホイ駕籠、ホイ駕籠」と呼ばれながら乗っていたので、それがなまってゆき「ホエ駕籠」となり、「宝恵駕(ほえかご)」となったと言う。


大阪ミナミでは、冬は十日戎の宝恵駕(ほえかご)。

夏の7月1日には、四天王寺別院勝まん院愛染堂(しょうまんいんあいぜんどう:天王寺夕陽丘)の愛染祭り(あいぜんまつり)に出る「愛染駕籠」が有名だ。


冬は「えべっさん」、夏は「あいぜんさん」だ。


昔は、駕籠に遊女、芸者を乗せて街を練り歩いた。


なんでも江戸時代宝永年間(1704-1711)にもあったと記録にある。


最盛期には、百丁以上の宝恵駕(ほえかご)が1日5,6度も行われていたらしい。

大正時代などでは、25丁もの宝恵駕(ほえかご)を客が買い占めてその一丁のみになじみの芸者を乗せて練り歩いたらしい。

このように買い占めて乗る駕籠を1丁駕籠(いっちょうかご)と呼ぶ。


宝恵駕(ほえかご)は戦時中は中断されていたが昭和25年に再開。

私が生まれた昭和35年頃は、ミナミも高度経済成長時代に押され始めて、家庭にテレビが普及するとともに、料亭商売が急速に衰退してゆき、絶滅の危機に瀕していた。


前にも述べたが、芸子も料理も自分のところで用意するところが《料亭》

料理も芸子も借りてくるところが、京都祇園に沢山ある《お茶屋さん》

料理だけ自分のところで賄う場合は《料理屋とか料理旅館》

となる。


宝恵駕(ほえかご)は花町の祭りからミナミの地域の祭りとなり、宝恵駕(ほえかご)保存協会が出来た。


1昨年まで、ミナミで「最後の料亭」と呼ばれた「南地 大和屋」が仕切っていたが、残念ながら時代に勝てずに料亭を閉めた。


「南地 大和屋」は誰でも知っている内閣や有名な作家が愛用した料亭。

故人 司馬遼太郎先生が愛した料亭としても有名だ。


この料亭が現在まで宝恵駕(ほえかご)の文化を支えてきた。


http://www.m10-yamatoya.co.jp/main.html  

(歴史の欄で雰囲気がわかります。)



butai (前田青邨画伯作)


店の中にすばらしい能舞台があり、入り口には本物のピカソのスケッチ№1が何気なく飾られている豪勢な料亭だった。

この舞台は昭和40年に作られたものだが、代十一代市川団十郎など有名な人を限られた人数で目の前で見ることが出来るということで人気があった。

しかし、(私は、この店のコンピューターを管理していたわけだが)時代に飲まれる姿を複雑な思いで見守るしかなかった。



butai2

(大和屋ホームページhttp://www.m10-yamatoya.co.jp/main.html より)


司馬先生が亡くなられる半年ほど前に、この能舞台を見て、「残念なことに、この能舞台は文化の中ではなく商業の中にあるため、後に残すことはできないかもしれない・・・」と書き残されている。(「大和屋歳時」より)


「南地 大和屋」はいまでも「大和屋三玄」としてミナミや横浜、東京日本橋、白金台に店を持つ。


今年の宝恵駕(ほえかご)の詳細は下記のHPを参照してください。


昔は芸妓さんを乗せていた宝恵駕。


今は、一部の芸妓さんと芸能人、福娘、お笑いタレント、歌舞伎役者、人形浄瑠璃に関る方々が乗ります。


吉本興業の前には11時過ぎに来ます。


その時に、駕籠に乗る芸人さんのはかにも、色んな芸人さんがのこのこ出てくるので、身近で会うことができますよ。


http://www.imamiya-ebisu.net/htm/hoekago/hoekago.html



宝恵駕(ほえかご)の雰囲気については、次のブログで紹介しましょう。


大和屋(季志三玄)

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宝恵駕5 (平成20年のほえかご)
宝恵駕4 (10年前のほえかご)
宝恵駕3 (今のほえかごの情景)
宝恵駕2 (ほえかごの昔)
宝恵駕1 (ほえかご)

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