患者さんの死と霊感
これは「霊感と生物学的変化の謎」の続きになる。
僕が「霊感らしきもの」を生まれて始めて感じたのは20歳の時だった。当時まだ大学生で霊感の意識すらなかった。ふと悪い予感がして、実家に電話をしてみたのである。ところが、深夜なのに実家に電話をかけても誰も出てこない。父親は旅行が嫌いな男で、どこかに出かけているなんてことはほとんどありえないのに。電話が繋がらないのは心配だが、だからと言って何も良い方法がなかった。携帯電話などない時代だったからだ。
この日、両親は僕の父方の祖父が危篤で病院にかけつけていたという。僕に連絡しなかった理由だが、学業への影響も考えてあえてそうしなかったらしい。当時、単に偶然と思っていた。確かにこれだけではたいしたことではない。それから月日が流れ約6~7年後に次の事件が起こる。これは過去ログの聖書(後半)に出てくる。
亡くなった日、僕はちょうどデートをしており彼女と一緒にいた。そのとき、「今、重要な伝言が留守電に入ったので、すぐに家に帰らないといけない」と急に僕は言った。自宅に大急ぎで帰ると、僕の別の友人の声で「○○君が交通事故で亡くなったので至急帰って来て下さい」と録音されていた。僕は大切な人の死が予期できることに最初に気がついたのは20歳の時であった。しかし、それ以後その機会が全然なかった。親戚の人も皆若かったからである。なんと2回目の機会が彼だった。またそれを証明してくれる人がいるのも、この時が初めてだった。
その後、自分の親戚や患者さんの死の直前に、次々と事件が起こった。最もその予感~霊感が特に強かったのは30歳代の前半である。今は当時ほどはないが、それには理由がある。(後述)
2~3つほど不思議なお話を。(過去ログにも少し出てくる)
僕の母方の祖父はかなりの長寿で、90歳を超えて病院に入院中だった。亡くなるまでほとんどボケることはなかった。しかし次第に体力は衰え、近い将来、老衰で亡くなる感じであった。癌などの大きな病気がなかったので余命みたいなものは言われていなかった。ある日、2月の寒い日だったと思うが、朝、目覚めた時、なんだこれは?と思うほどのとてつもない「きつさ」を感じた。なんとか動けるが、階段を上るのも大変なのである。「血液検査をしてみよう」と思い勤めていた病院で血液検査をしてみると、なんと白血球数が1900!何これ? (白血球数の正常値は5000~8000程度である)
最初、血液検査をする前はインフルエンザかもしれないと思っていた。ところが咳や発熱などの風邪症状は皆無なのである。倦怠感以外の症状がない。この所見は不思議だが、ある意味、霊感の生物学的変化の一面を表していると思う。その日、その時間に祖父は亡くなったのである。僕がこのような霊感を感じるときは、自律神経に大きな乱れが生じる。それは、原因不明の著しい倦怠感、不整脈、激しい下痢のいずれかが多い。下痢だけは僕は胃腸が弱いので信頼性に乏しい。何も体に変化がなく、「死」のみ感じることがたまにある。
身内でそれとわかったのは、その場に駆けつけなかった2人の祖父だけである。僕の祖母や父親はベッドサイドにいたので、そのようなことはなかった。僕のとって、問題は自分の患者さんであった。患者さんまで、死ぬときに何らかの形で知らせに来るのである。自分の身内ならともかく、病院の患者さんまでそうなるのは個人的に非常に困ることであった。
ある日の夜、突然、胸部が特にきつく締め付けられるような不快感が出現した。痛いとかきついとか苦悶の集合である。脈を診るとなんとバラバラに打っており、次第に寝転んで苦しんでいる状態になった。嫁さんは慌てふためき、
「早くお医者さんに連れていかないと・・」
と言い、泣きながら僕を車に乗せて救急病院に連れて行った。その救急病院では、たまたまであろうが、全くの新米と思われる医師が診察にあたっていた。僕より歳が多いのだが、どうみても卒後1年目か2年目である。彼に薬を処方されたとしてもかえって悪くなりそうな気がしたので、心電図だけとってもらって家に帰った。その時間、僕の患者さんが自殺していたのであった。
似たような出来事がいくつかあるが、一風変わったことでは、このようなこともあった。ある夕方、僕は突然「あっ、誰か死んだ!」と家で叫んだ。休みの日だった。心配になり病院に電話をかけて誰か死んでいないか調べるように言った。しかし病院では何も起こっていなかったのである。
その翌日か翌々日であるが、病院に出勤したときに、ちょうど警察から電話がかかってきた。警察は自殺や不審死があった場合、精神科治療を受けているか、受けた過去があるとき事情を聞く場合がある。その患者さんはもう僕が治療していない人で、県外で暮らしていた。どうりでわからないはずだ。
その時の電話のやりとりでは、その患者さんは自殺なのか突然死なのかはっきりしないのだと言う。警察は死亡推定時刻を間違っていたので、僕は「死亡時刻が間違っている。正確には○日の午後4時30分くらいだ」と指摘した。彼らは12時間ほど推定死亡時刻を間違っていたからだ。言った瞬間、ちょっと余計なことを言ってしまったかなと思った。「なぜそのことを知っているんだ!」ということになりかねないから。まして自殺ではない可能性があるのなら。しかし、その電話の警察官はまだ若者らしく上がっているのか疑問を感じることもなかったようだった。
この話でわかるように、自殺あるいは事故死などで死ぬ時も明確に誰とはわからないのである。しかし、通常はそのような危険のある人は非常に限られているため、誰かわかることの方が多い。また重要な点として、知らせに来たとしても患者を救ってはいないこと。これはいろいろな要因があるが、まず、自分自身が体調不良状態に陥り、それどころではない場合がある。また当時、遠距離通勤だったので急いで病棟に駆けつけることが難しかったこともあった。
とにかく霊感があったとしても、医療には全く役立っていないことには変わりがなかった。霊感があったとしても、それをうまく利用できないからである。
(続く)
参考
①霊感と生物学的変化の謎
②患者さんの死と霊感
③霊感への憂鬱
④忘れられない光景
⑤希死念慮という物質とトロペロンの謎
⑥霊感への畏怖について(番外編)
僕が「霊感らしきもの」を生まれて始めて感じたのは20歳の時だった。当時まだ大学生で霊感の意識すらなかった。ふと悪い予感がして、実家に電話をしてみたのである。ところが、深夜なのに実家に電話をかけても誰も出てこない。父親は旅行が嫌いな男で、どこかに出かけているなんてことはほとんどありえないのに。電話が繋がらないのは心配だが、だからと言って何も良い方法がなかった。携帯電話などない時代だったからだ。
この日、両親は僕の父方の祖父が危篤で病院にかけつけていたという。僕に連絡しなかった理由だが、学業への影響も考えてあえてそうしなかったらしい。当時、単に偶然と思っていた。確かにこれだけではたいしたことではない。それから月日が流れ約6~7年後に次の事件が起こる。これは過去ログの聖書(後半)に出てくる。
亡くなった日、僕はちょうどデートをしており彼女と一緒にいた。そのとき、「今、重要な伝言が留守電に入ったので、すぐに家に帰らないといけない」と急に僕は言った。自宅に大急ぎで帰ると、僕の別の友人の声で「○○君が交通事故で亡くなったので至急帰って来て下さい」と録音されていた。僕は大切な人の死が予期できることに最初に気がついたのは20歳の時であった。しかし、それ以後その機会が全然なかった。親戚の人も皆若かったからである。なんと2回目の機会が彼だった。またそれを証明してくれる人がいるのも、この時が初めてだった。
その後、自分の親戚や患者さんの死の直前に、次々と事件が起こった。最もその予感~霊感が特に強かったのは30歳代の前半である。今は当時ほどはないが、それには理由がある。(後述)
2~3つほど不思議なお話を。(過去ログにも少し出てくる)
僕の母方の祖父はかなりの長寿で、90歳を超えて病院に入院中だった。亡くなるまでほとんどボケることはなかった。しかし次第に体力は衰え、近い将来、老衰で亡くなる感じであった。癌などの大きな病気がなかったので余命みたいなものは言われていなかった。ある日、2月の寒い日だったと思うが、朝、目覚めた時、なんだこれは?と思うほどのとてつもない「きつさ」を感じた。なんとか動けるが、階段を上るのも大変なのである。「血液検査をしてみよう」と思い勤めていた病院で血液検査をしてみると、なんと白血球数が1900!何これ? (白血球数の正常値は5000~8000程度である)
最初、血液検査をする前はインフルエンザかもしれないと思っていた。ところが咳や発熱などの風邪症状は皆無なのである。倦怠感以外の症状がない。この所見は不思議だが、ある意味、霊感の生物学的変化の一面を表していると思う。その日、その時間に祖父は亡くなったのである。僕がこのような霊感を感じるときは、自律神経に大きな乱れが生じる。それは、原因不明の著しい倦怠感、不整脈、激しい下痢のいずれかが多い。下痢だけは僕は胃腸が弱いので信頼性に乏しい。何も体に変化がなく、「死」のみ感じることがたまにある。
身内でそれとわかったのは、その場に駆けつけなかった2人の祖父だけである。僕の祖母や父親はベッドサイドにいたので、そのようなことはなかった。僕のとって、問題は自分の患者さんであった。患者さんまで、死ぬときに何らかの形で知らせに来るのである。自分の身内ならともかく、病院の患者さんまでそうなるのは個人的に非常に困ることであった。
ある日の夜、突然、胸部が特にきつく締め付けられるような不快感が出現した。痛いとかきついとか苦悶の集合である。脈を診るとなんとバラバラに打っており、次第に寝転んで苦しんでいる状態になった。嫁さんは慌てふためき、
「早くお医者さんに連れていかないと・・」
と言い、泣きながら僕を車に乗せて救急病院に連れて行った。その救急病院では、たまたまであろうが、全くの新米と思われる医師が診察にあたっていた。僕より歳が多いのだが、どうみても卒後1年目か2年目である。彼に薬を処方されたとしてもかえって悪くなりそうな気がしたので、心電図だけとってもらって家に帰った。その時間、僕の患者さんが自殺していたのであった。
似たような出来事がいくつかあるが、一風変わったことでは、このようなこともあった。ある夕方、僕は突然「あっ、誰か死んだ!」と家で叫んだ。休みの日だった。心配になり病院に電話をかけて誰か死んでいないか調べるように言った。しかし病院では何も起こっていなかったのである。
その翌日か翌々日であるが、病院に出勤したときに、ちょうど警察から電話がかかってきた。警察は自殺や不審死があった場合、精神科治療を受けているか、受けた過去があるとき事情を聞く場合がある。その患者さんはもう僕が治療していない人で、県外で暮らしていた。どうりでわからないはずだ。
その時の電話のやりとりでは、その患者さんは自殺なのか突然死なのかはっきりしないのだと言う。警察は死亡推定時刻を間違っていたので、僕は「死亡時刻が間違っている。正確には○日の午後4時30分くらいだ」と指摘した。彼らは12時間ほど推定死亡時刻を間違っていたからだ。言った瞬間、ちょっと余計なことを言ってしまったかなと思った。「なぜそのことを知っているんだ!」ということになりかねないから。まして自殺ではない可能性があるのなら。しかし、その電話の警察官はまだ若者らしく上がっているのか疑問を感じることもなかったようだった。
この話でわかるように、自殺あるいは事故死などで死ぬ時も明確に誰とはわからないのである。しかし、通常はそのような危険のある人は非常に限られているため、誰かわかることの方が多い。また重要な点として、知らせに来たとしても患者を救ってはいないこと。これはいろいろな要因があるが、まず、自分自身が体調不良状態に陥り、それどころではない場合がある。また当時、遠距離通勤だったので急いで病棟に駆けつけることが難しかったこともあった。
とにかく霊感があったとしても、医療には全く役立っていないことには変わりがなかった。霊感があったとしても、それをうまく利用できないからである。
(続く)
参考
①霊感と生物学的変化の謎
②患者さんの死と霊感
③霊感への憂鬱
④忘れられない光景
⑤希死念慮という物質とトロペロンの謎
⑥霊感への畏怖について(番外編)