こんばんわ
大寒らしい寒さが続きますね。
今日は雪がチラつきました。
いちばん寒くなるという日が
小学校の読み聞かせの当番日なんだけど
雪が積もらないかと心配しております。
のつづきです。
企業の伝統を維持しながら時代に合わせて業態を転換させていること。
トヨタ自動車がこれに該当する。
トヨタはもともと布を織る織り機が祖業で、
堅実経営という伝統を守りながら、自動車へと事業転換をしている。
今や世界トップクラスの自動車メーカーだ。
小野も堅実経営の伝統を維持しながら、
「のし・贈答用品小売業」
「手芸用品問屋業」
「手芸専門店小売業」と転換させている。
もう一つのパターンが、
地方でビジネスモデルを構築し、消費者が多いエリアに進出し、
成功したことだ。
同じパターンの具体例が、
山口県で創業したファーストリテイリング、
岡山のはるやま、
北海道のニトリである。
関東は市場規模が大きいものの、家賃や人件費のコストが高い。
ビジネスモデルを構築するには、
少ない資金でビジネスができる地方が適しているという。
2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大により、
マスク需要が高まった。
小野では手作りマスクの材料が爆発的に売れた。
さらに巣ごもり需要により、手芸人気も高まった。
アパレルをはじめとする小売業では、
業績不振により、エリアマネージャークラスの退職が増えている。
小野ではこうした人材を迎え入れ、積極的に出店する方針だ。
人手不足という課題を抱えていた小野にとって、
今はチャンスである。
信頼を大切にする(ナイカイ塩業株式会社)
1829年(文政12年)に野崎武左衛門が
今の岡山県倉敷市児島に入浜式塩田を築造したのが始まり。
今に至るまでの193年間、
「瀬戸内海の海水」という天然資源を原料とする塩製造業を営んでいる。
1974年に現社名となった。
日本では、海水から塩を作っている。
海水をくみ上げ、天日干しにすることで塩の結晶を得ることができる。
しかし、それには期間がかかるうえに雨が問題になる。
そこで江戸時代の前期に兵庫・赤穂において確立されたのが、
入浜式塩田である。
満潮時に水門を開き、塩田に海水を流れ込ませる。
それを釜で煮詰めて塩を結晶化させるのが入浜式製塩法だ。
やがて日露戦争の戦費調達のために、
「塩専売法」が制定され、塩は国の専売品になった。
塩の価格の安定や流通の効率化を図るために、
小規模の塩田は廃止されるなど、塩業整理が行われた。
その結果、
日本の製塩業のほとんどが瀬戸内海沿岸に集中することになったのだ。
塩専売法によると、塩製造業者であるナイカイ塩業は、
塩の販売はできない。
そこで、グループ会社として日本家庭用塩株式会社を立ち上げた。
「瀬戸のほんじお」や「アジシオ」などの味の素ブランドの塩商品は、
すべて日本家庭用塩株式会社がOEM(他社ブランド商品の製造)で生産、
納入している。
1997年に塩専売法は撤廃された。
しかし今も、ナイカイ塩業は自社で塩の販売は行わない。
あくまでも塩製造業者として食品・医薬会社に塩を納入しているのだ。
塩は食品であり、人体に欠かせない。
その塩を供給する立場として、ナイカイ塩業が大切にしているのが
「安全・安心・安定」である。
そのために大切なのは、
工場のハード面や働く人間のソフト面を維持・向上し、
信頼に応えることだという。
それを体現しているのが最先端の工場設備や品質管理だ。
たとえば、錆に対する対応である。
塩にはモノを腐食させる性質があるため、
普通の鉄製の設備では腐食してしまう。
そのため、ナイカイ塩業では、製造から保管に至るまで、
金属を使うところには
チタンや高級ステンレスなどの錆びにくい素材を導入しているのだ。
現在の日本の大規模製塩業の企業は4社5工場である。
大手の食品会社は、
安定して塩を仕入れるために複数の塩製造業者と取引していることが多い。
そのなかでも、ナイカイ塩業はトップランナーである。
そういう立場にあっても、ナイカイ塩業は
「お客さまの信頼がなくては、そもそも競争に加えてもらえない。
『安全・安心・安定』を守って、日々精進するのみ」
と強調している。
老舗企業が決して古い考え方を持っているわけではないこと。
むしろ柔軟。
時代に応じて革新的な考え方やチャレンジをしてきたからこそ、
生き残ってきたことがわかりました。
世界恐慌、リーマンショックといった、
歴史上稀に見る深刻な経済危機に見舞われてもびくともしなかった
「強い老舗企業」18社の経営の秘密が書かれています。
いろんな意味で日常生活にも生かせそうです。
では、また明日^^


