屋根の修理も無事終わって心機一転、お伊勢参りをしてきました♪
今回は前泊してゆったりと。お知り合いにアテンドいただき、人の温かみと交差したお参りをさせてもらえました。
ストイックじゃないお参りも、一層に豊かさを満喫できて良いものですね。
詳しくは後日に♪
旅の最終、賢島にある伊雑宮にお参りしました。
さて家路に向けて車を出そうとしたら、地元の方に声を掛けられました。
ナンバープレートを見て、
何故わざわざこんなところまで訪れるのかと尋ねられたのでした。
有名な「御田植祭」に祀られる絵を代々奉納している家の方だそうで、
なるほどそうかと、為になるお話を色々聞かせてもらえました。
最後に、
「神仏にはいつだってすがれば良い。どこででもすがれば、助けてくださる。
こんなところまで来なくても良いよ。
家に神棚や仏壇があるでしょ、そこに手を合わせれば同じこと。
ね、そうしましょ。」
っと、言ってくださった。
おっしゃってることはもっともなんだけど、、、
わたしはすがるために伊勢に来るんじゃないなぁって思ったのでした。
訪れないと感じ取れない空気ってものがある。
弦のある楽器は演奏前に必ず調律をする。
どんなプロだって基準になる音には音叉を頼りにする。
それに近い。
わたし合ってますか?っと確認しに参ってるんだと思う。
次、何に取り組めば良いかを気付かせてもらうために、
「絶対の周波数」を確認しに行ってる感じ。
近隣の人にとっては日常なので、特別な周波数とは感じないのだろうけれど。
聞き取ろうとしないと聞こえないものでもあるし。
神宮、別宮には大切に守られている「当たり前」の空気が流れている。
私たちが日々色々なものに引きずられて見失いがちになる感覚をリセットしてくれる。
訪れずにその音感を保てれば良いけれど、わたしには無理なので行かなきゃっとなる。
大好きな恩師やお母さんには理由もなく会いたくなるものだろうと思う。
その感覚にも似てる。
新しい課題を実現させる気力を授けてくださいと、そこはすがってきた。
ずしっと腹の底に力を込めてもらえた気がする。
「滞りなく無事参拝いただけました。」っと、宮司さんに嬉しげに言ってもらえた。
帰ってきたら、翌日早速、新しいお題が舞い込んできました。
少しだけ苦手意識のあるやつ、でもこれクリアしないと発展しないやつ。望んでたものが受け取れるようになる実践課題。
これですねー、はい、やってみます!
いつだって見られている、求めれば道は準備される。
ほんとだなぁ。
神馬さまいらした。
参拝者にたくさんカメラを向けられて嫌なんだろな、首をぐいっと捻ってそっぽ向いてた。
『撮らせてねー。』っとお願いしながらスマホを向けると、まさかのカメラ目線いただけました♡ 一瞬のこと
「ありがとねー♡」手を振ったら、
耳をキュッと後ろに引いて、まさかのウインク返してくださりました。
動物さまと交流できたと感じるとき、超絶に豊かな気持ちになれます。
これもきっと神宮からのメッセージ。。
自然の営みとタイミングがぴったり合って、奇跡のような光景を見れたときも超絶嬉しい。
伊雑宮の「御田植祭」ってこちら。






