唐沢鉱泉の美味しい朝ごはんを食べて出発。
長野県の南部より北部の天気予報が良かったので、相談の結果、蓼科山から変更し、群馬県との県境近くの300名山の横手山に登ることにしました。
カーナビに、横手山登山口にある横手山ドライブインを目的地にセットして出発。音楽と会話と景色を楽しみながら、ナビの指示通りに走ります。ちなみに、地図は見てませんし、横手山が群馬県近くにあることくらいしかわかっていませんし、そもそも渋温泉から先は行ったことのないエリアです。
ナビの指示通り、快調に進み、渋温泉の近くからぐいぐい標高を稼いでいき、雪景色になりました。
ここで、驚きました。
「目的地に着きました。音声案内を終了します。」
到着!
えーーっ、志賀高原のスキー場でした。
入れ間違い?
ではなさそうでした。
不思議です。ものすごく不思議です。
志賀高原。この名前は、昨年秋に亡くなった父から何度も聞かされていました。若いころからスキーが大好きだった父は、独身の頃は、毎年、志賀高原や野沢温泉に行っていたようで、結婚後も出かけていて、いかに野沢温泉や志賀高原の景色がいいかを語ってくれていました。
何度か、一緒に行こうと誘われたこともありますが、結局、父とスキーに行ったのは、びわ湖バレイのみでした。それも1度だけで、一緒に行動したことはあまりありませんでした。でも、志賀高原の名前だけは心に残っていました。
不思議です。父は、私に、志賀高原の景色を見せたかったのかもしれません。温泉案内が終わった場所が、スキー場の駐車場でした。
鳥肌が出ました。
そういえば、最近、野沢温泉に行きたくてたまりません。
死後の世界については、よくわかりませんが、同じ空間のようなところに多重的に存在しているのかもしれないなと、ふと思いました。
スポーツが好きでプロレスラーのような体格の父は、晩年、歩行がよぼよぼで辛かったと思います。
なので、志賀高原のスキー場を滑走する父の姿を思い浮かべて手を合わせました。中学卒業後、島根から大阪へ出てきて定時制高校を5年かけて卒業し、50年同じ会社で働き、休日には、春から秋は釣り、冬はスキーでした。退職後も、駐輪場のバイトを杖をついてでも行っていた父。
坊主頭にグラサンで外出、厳つい見た目通り、めちゃくちゃ厳しく、理不尽に殴られまくりでした。社会の理不尽さを教わりましたが、親じゃなかったら関わりあいになりたくなかったです(笑)
でも、大学まで行かせてもらって、感謝しています。大学の学費なんて、大変な額ですよね。たまたまうちの娘たちは教科書まで無料の定時制高卒で終了(次女は予定)なので、私は、子どもの学費の苦労は経験していませんが、相当な苦労だと思います。
あらためて、父に感謝しました。ありがとう。
娘とそんな話をしているうちに、時間が経過してしまいました。















