最近しばしばニュースに登場する日本製鉄。

見たことのある建物と思ったら、本社は「丸の内パークビルディング」。 

解体された前の丸ノ内八重洲ビル(1928年竣工)のファサードが残る建物。 

筆者は最近訪問したばかり。後半部分で丸の内パークビルディングの説明をしています。

 

1 三菱一号館

 

「三菱一号館」は1894年、三菱が東京・丸の内に建設した初めての洋風事務所建築。

開国間もない日本政府が招聘した英国人建築家ジョサイア・コンドルによって設計された、

建物は老朽化のために1968(昭和43)年に解体されたが、40年あまりの時を経て、コンドルの原設計に則って復元。その際にはオリジナルの部材もいくつか組み込まれたという。

2019年撮影。

 

2024年、今回撮影。光の加減でその都度見え方はかなり異なる。また都市部の建物撮影の最大の障害は車。

 

その後、建物は「三菱一号館美術館」となり、カフェが併設されたが、長く閉鎖されていたが今年の11月に再開された。今回の訪問の第一目的はこちらでパスタを食べることである。カフェの名前はビルの完成年からCafe 1894と名付けられている。人気は高くすごい混雑であったが、食レポは別の機会に譲り、今回は建物に特化して説明する。

(食レポはこちら

 

カフェの場所はかつて銀行営業室があった場所。手前のガラスは銀行のお客の窓口を再現。

高い天井は立派だが、木材が新しいのは、当然とはいえ少し寂しい。またもう少しガラス部分を入れたかったが、お客さんが沢山いるので上を見上げてしかカフェ内は撮れない。

 

2 丸の内パークビルディング

 

丸の内は三菱が土地の払い下げを受け、明治時代「三菱ケ原」とも呼ばれた。そのため三菱系の建物が今も多い。

先の三菱一号館の隣は「丸の内パークビルディング」である。こちらは前を通ると一階部分がかなり古いことに気づく。三菱地所保有のオフィスビルで、解体された丸ノ内八重洲ビルが1928年竣工であったので、歴史的価値から一部がファサード保存された。

 

ファサード保存とはいえ、かつての建造物は実際にビルの壁として利用されてはいない。

前に建造物として残っている。次の写真を見ると、奥にビルの正規の入口があるのが分かる。

とはいっても一部を残してくれて本当に嬉しい。丸の内にはこうして残る近代建築の建物がいくつかある。

(近日アップ予定の第二部へ続く)

 

丸の内の近代建築第2部はこちら

 

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