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元気に楽しく、美しく‼! 豊かに喜びあふれる人生を生きるための実践ブログ

 

前回のしみじみしたブログ、一部のかたにはおお受けしたようで、よかった(笑)

 

わたしがすれ違った人たち その1 ブルちゃん

 

 

 

ということで、第二弾。

 

 

 

の、前に母から一言ありました。

 

 

「あのさ~、ブルちゃんの頭、三角の前に『カッパ』があったんだよ!」

 

「えっ????」

 

「ふ、フランシスコ・ザビエル的な???」

 

「そうそう。」

 

 

「『暑いっ』て言うから、『じゃあ、頭てっぺん切るよ」っていったらいいっていうから・・・」

 

 

 

 


カッパっぱ~の、ザビエル

 

 

ザビエル京大に現る!!!

 

 

 

「外にでると日差しが暑いからって、ユダヤ人的な黒い帽子かぶって、授業でその帽子をとったら、拍手喝采だったんだって」

 

 

 

「・・・・・。」

 

 

 

 

 

それは確かに、面白かったと思います。 ブルちゃん、凄いなあ。

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

加藤家居候キングがブルちゃんだとしたら、居候クィーンはおかねさんでした。

 

おかねさんは、わたしが小さいときにはよく家にいたっていう記憶がある。 よくよく聞くと、縁もゆかりもない人という。

 

 

というか、一番おかねさんの凄いエピソードどは、出逢ったきっかけ。

 

 

うちの母が山手線に乗っていたら、隣に座っていた女性が「あの、ちくわ食べますか?」と、ちくわを分けてくれたそうです。 そう、それがおかねさん。

 

 




 

山手線ちくわ事件

 

 

ちくわをシェアする人もどうかと思うけど、シェアされて仲良くなる母もどうかと思う(笑)

 

 

ちなみにこのおかねさん、新橋の玄人さんでした。 わたしが粋な着物をたくさん着ているのも、このおかねさんから譲っていただいたからでした。

 

 

着物が渋いから、なんど同伴と間違われたことか(笑)

 

 

「退転時間は何時ですか?」は、もう聞かないでほしいですから~。

 

 

 

おかねさんは、惚れたお客様の後妻として幸せな結婚をしてからは、ほとんどうちに来ることはなかったです。元東大総長→政治家の後妻さんだったので、当時フォーカスとかにのってて、びっくらしたものでした。

 

 

思い起こすと、随分と楽しい環境で育っていたようです(笑)

 

つづく

 

 

そんな楽しいなおこが、イベントするよ!!

 

 

 

スナック理恵子 featuring なおこママ

 

12月3日 15時開演~  @逗子

 

みんな、きてね!!!

 

 

 

 

さて、前回のブログシリーズが予想外に好評だったので、いろいろ振り返ってみることにします。

 

あ、前回のブログはこちらね↓↓↓

 

 

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師 の、思ひ出 その1

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師 の、思ひ出 その2

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師 の、思ひ出 その3

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師→気学の先生→霊媒師 の、思ひ出 その4

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師→気学の先生→霊媒師 の、思ひ出 その5

 

 

 


厳島神社♡(関連まったくなし)

 

 

 

えっとわたくし、生まれ育ちがずいぶんとユニーク。

 

 

 

お父さん考古学者、お母さんファッションデザイナー、という両親のもと、母方の祖父母と曾祖母と兄、の7人家族で育ちました。

 

 

 

 

母は、洋装店の2代目で、初代の祖父はその当時の業界では、知らぬ人はいないほどの職人さんで、お弟子さんがいっぱいいました。

 

 

 

 

そしてですね、考古学といえばまったく稼げないジャンルの学問で、父の大学が関西だったことから、その大学の後輩やら、その仲間たちがよく居候しておりました。

 

 

 

 

また、うちの母は若いときにパリに留学し、当時のぶいぶい言わせていた人たちと一緒に仕事をしていたので、そのつてでパリからとか、そのあたりから来る人がよく泊まっていました。

 

 

 

 

知らない人が1人か2人居候するのが世の常だったので、いろいろと可愛がってもらっていたようです。

 

 

 

 

うちの居候、筆頭といえば「ブルちゃん」という父の友人。

 

 

 

ブルドーザーみたいに大きいことから、ブルちゃんという名前が付きました。 うちにいるときは、いつもランニングとステテコでごろごろと転がっていて、トドみたい。

 

 

 

 

「直子は、かしこい子やなぁ~」と、いつも頭をなでてくれましたよ。

 

 

 

 

そんなブルちゃん、いつもだらだらした姿しか見たことがなかったけれども、実は京大の教授で、末は京大の博物館館長もしていたそうです。

 

 

 

 

ヨーロッパが専門で、うちに居候するフランス人とも、フランス語で流暢に話していたときは、びっくらした(笑)

 

 

 

うちは、母が父の髪の毛を切るのが、結婚してからのおきまり。 で、あまりにも容姿を気にしないブルちゃんを見かねて、母が髪を切ったことがあったそうです。

 

 

 

何でもいいという許可をもらったそうで、頭の後ろを三角形にカットしたんだと。

 

 

 

その後大学に戻って、授業したら後ろ向きになった途端に、教授の頭の後ろが三角形だったから拍手喝采だったって(笑) 

 

 

 

なんとも、牧歌的な話ですねぇ。

 

 

 

そんなブルちゃん、めちゃモテたそうですが生涯独身を貫いておりました。

 

 

 

ようにみえて、実は、嫁がいたことが死後発覚!!!!!!

 

 

 

密葬になったそうで、親友の父はなんとか葬式に参列しようと無理やりおしかけたところ、知らない女性が「妻です」と、葬儀を取り仕切っていたと、びっくり~。

 

 

 

父が一番の親友だったのに、その親友も、その他まわりの誰にも一切知らせずに嫁がいた、ということで、一同腰を抜かしてました。

 

 

 

 

世の中って、いろいろな人生観がありますね。

 

 

 

 

腹をわって話せる同年代の友達がほとんどいなかった私は、両親の友人たちにずいぶんと可愛がってもらっておりました・・・。 

 

 

 

今日はブルちゃんのお話でした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひっぱりまくったシリーズも、今回でフィニッシュ!!! 読んでいない方は、以下をまず読んでね!

 

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師 の、思ひ出 その1

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師 の、思ひ出 その2

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師 の、思ひ出 その3

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師→気学の先生→霊媒師 の、思ひ出 その4

 

 

 

 


かわいいバンビちゃん@宮島

 

 

 

さて、おされな新築の家に住み始めたわたしたち、で、ございましたが、最初はなかなかてこずりました。

 

 

 

 

入院していた祖母が戻ってきたら、目が弱い祖母には真っ白な家を歩いていると方向がわからなくなるようで、夜中に「ここはどこ」「助けて~」と、徘徊するようになったのです。

 

 

 

 

これはもう、家族全員がぐったり。 介護って、大変ですよね~。

 

 

 

 

そうこうしているうちに、父が心臓で倒れたか、入院することになり、祖母の痴呆もすすんでしまって「あぁ、無情!」って感じでした。

 

 

 

 

 

そこで誰かが思い出したんですよ。

 

 

 

 

 

「あれ、そういえばSさん(=普通のおばさん)が、『家を建て替えることがあったら、絶対に呼んでね』って、行っていたよね」と。

 

 

 

 

引っ越してから数年経つのに、すっかり忘れていたのでございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慌てて、連絡をして再び来ていただくことになりました。

 

 

 

 

よーやく、「普通のおばさん、カムバックの巻」です(笑)

 

 

 

 

もちろん大量のお酒とお塩を用意した私たち、新築加藤家チーム。「今度は、なんて言われるのかな~?」「まだあの地縛霊いるのかな~?」なんて、気軽く考えていたところ、ビックなたたりがついてました。

 

 

 

「フィリピンの小さな村にあるご神木が切り倒されて、この家の天井板に使われている!!!」

 

 

 

想像の斜め上を行く回答に、一同びっくり。

 

 

 

うちは、建築費用を抑えるために、住宅の保険も抑えるためにと、天井は全てベニヤ板なのですが、それが「とある村のご神木」だったそうです。

 

 

 

チーン。

 

 

 

たたりが、天井からどんどこ降り注いでいるそうです(^_^;) しかもその中でも、家長を攻撃しようと、父と、たまたま部屋の真ん中に座ることの多かった祖母にガンガンたたりの嵐が降り注いでいたらしいです。

 

 

 

本当かよ????

 

 

 

と、家族全員が心の中で思ったことは、想像にかたくないでしょう。 だって、「ベニヤ板作るのに、ご神木はないでしょ~」って、思うのフツーだから(笑)

 

 

 

とはいえ、神妙な面持ちでお浄め参加をした私。例のごとく、どんぶりにお酒をなみなみと注ぎ、お塩を山盛りして各部屋に置きました。

 

 

 

 

一番たたりが大きかった(当社比)2Fは、真ん中のキャビネットにお塩とお酒を置きました。そこには、新築祝いでいただいた、立派なサボテンを飾る場所だったので、サボテンを少し脇にずらして、お酒とお塩を置きました。

 

 

 

 

 


こんな感じのサボテンでした

 

 

 

 

 

で、一通りのお祓いが終わって、楽しく歓談して「もっと早く呼べばよかったのに。もう少し遅かったら、危なかったわよ!」なんて言われてました。

 

 

 

 

あまり、真剣に受け取っていなかったのですよ、翌朝までは・・・。

 

 

 

 

翌朝、2Fに上がってみると、な、な、なんとお酒のドンブリの脇に置いてあったサボテンの半分が溶けて、ドンブリに頭を突っ込んでいました。

 

 

 

 

ぎゃ~~~~

 

 

 

と、思わず叫んでしまいました。 大切に育てていたサボテンが溶けてしまったこともショックでしたが、「やばい、まじでたたられていた」ということを実感できて、背筋が凍る思いがしたものでした。

 

 

 

 

天井の妖気が、お浄めのお酒とお塩に吸い込まれる際に、一緒にサボテンも巻き込んでしまったのです。

 

 

 

 

と、いうことで、見えない世界も、いろいろとあるようです。

 

 

 

 

ないかもしれない、あるかもしれないけれども、きちんとしたルートできたお話は、のっかってみるのも手ではないかと、わたしは思う訳なんです。

 

 

 

 

学んだこと = 結構たたりって、あるじゃん!

 

 

 

 

以上、このシリーズ、完結!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっと、気を抜いていたらまたもやブログ更新がとまっておりました。

 

続きを期待してくださったみなさま、おまちどおさまでした!!

 

 


ジャパン万歳、五重塔@宮島

 

 

 

さて、「普通のおばさん」が加藤家&森家を駆け抜けていった後、残ったものは濁ったお酒のどんぶりたちと、大量の盛り塩でした。

 

 

 

「いろんなことが、あるんだね~」とワイワイ話しながら過ごしていたような気がします。

 

 

 

なにしろ、1980年代といえば、まだまだ霊やご先祖、たたりに憑依などという「暗めの見えない現象」を言う人が多くてね、結構陰鬱でしたよ(何故かと言えば、そんな人にばっかり遭遇するから)

 

 

 

※今は、魑魅魍魎の棲む世界(=幽界)がクローズされつつあって、こういう話は少なくなってきましたよねぇ・・・。

 

 

 

そんな中「普通のおばさん」は、あまりドロドロしたイメージもなく、(何しろ普通のおばさんだから)切れ味鋭く、潔く、爽やかな風が吹き抜けていくようでした。

 

 

 

 

実際、お祓いしていただいたのですから、爽やかになったんだと思います。

 

 

 

そして、「普通のおばさん」アゲインの機会があるのですが、その前にもうワンクッションあったことを思い出しました(笑)

 

 

 

今回のタイトル、霊媒師→気学の先生→霊媒師 というふうに、タイトルが伸びました(笑) そう、「普通のおばさん」カムバックの前に「氣学の先生」なる人が立ちふさがりました。

 

 

ここも、元をただせばうちの母(通称ヨーコさん)。とあるパーティーに連れて行かれたところ、田中角栄の家も観たという氣学の先生とお話をする機会があったそうです。(ここに連れて行ってくださった方が、加藤家居候常連チームの一員さんで、元新橋の玄人→大変有名な政治家の後妻 という、数奇な運命をたどった方でした。

 

 

 

で、話戻ります。

 

 

 

 

パーリーの時に、母が家の間取りを気学の先生に観てもらったところ

 

 

 

「そ、それはまずい家相だ。一家の大黒柱(北西)が欠けている」

 

 

 

「家を建て替えなければ、あなたの旦那さんは女を作って出て行くか、病気か事故で死ぬ!」と言われたのです(爆)

 

 

 

 

実際、元大黒柱(母の父、私の祖父)は60代半ばで病気になり、若くして亡くなっていました。とても人望が厚い、素敵な職人さんだったんですけれどね。

 

 

 

「大変!!! 修ちゃん(=うちの父)には女をつくる様子がないから、きっと病気か事故で死んでしまう!!!」

 

 

と、焦って家に帰ってきたのでした。

 

 

ちなみにその当時の実家は、北西が欠けていて、家の南側に池がありました。(田中角栄さんも、確かこの気学の先生のアドバイスを受けて庭の池をつぶしたそうです)

 

 

 

そこからが急展開!

 

 

 

隙間風ぴゅーぴゅーだったのに、「まだ住めるから大丈夫!!!」と言い張っていた家を、一晩明けたら一家総出で建て替えモードに突入してました。 

 

 

 

それが確か、「普通のおばさん」に観てもらってから3年後くらいだったと思います。

 

 

 

ということで、急遽白羽の矢がたったのが、母の友人で建築家である故・永田昌民さん。吉村順三さんの、一番弟子だった方です。

 

 

 

どんな家にするかインスピレーションを得るために、「一緒に夜ご飯を食べたい」ということで、一緒にご飯を食べて「加藤家がどんな家か?」ってことを確認していただいて、設計してもらいました。

 

 

 

「出来上がったときに、中古の家に見えるようにしてほしい」

 

 

 

という、父のリクエストが一番難しかったそうです(笑)

 

 

 

 

で、新しい家が出来上がったのが、わたくし14歳の夏でした。(なんと、既に築30年!)

 

 

 

 

 

FB_IMG_1426759737140.jpg

 

 

 

 

お陰様で、50~60人規模の宴を繰り広げられるスペースをつくってもらえました^-^

 

 

 

新しいうちで、ウキウキしていたのですが、な~んとなく不穏な影の兆しがみえていました。そして、また「普通のおばさん」にご登場いただくことになったのです。

 

 

 

そしてまたもや、つづく(笑)

 

 

 

 

 

 

お誕生日会やら、熊野に行っているうちにブログがおろそかになっておりました。

失礼いたしました。

 

 

 

 

 

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師 の、思ひ出 その1

 

玉置浩二→石川さゆり→久米宏→霊媒師 の、思ひ出 その2

 

 

の続きです。 はいそう、あの「普通のおばさん」が加藤家にやってまいりました。

 

 

 

森家(母方の家)のご先祖さまが、霊媒師さんに助けを求めることからもわかるように、

私たちは母方の実家に暮らしております。

 

 

 

わたしが小さいときは、祖母と祖父、そして曾祖母+加藤家の7人家族で、同じ敷地内に

祖父の兄弟がいたことから、なんだかまわりにたくさん人がいました。 しかも父の

仕事関係、または母の友人の居候が1人くらいは常駐していたので、大変賑やかな

ところで育っております。

 

 

 

元に戻りますよ。

 

 

 

「普通のおばさん」がやってきました。 まずは用意した塩とお酒をお見せすると、それに

「え~い! え~い!」と気を入れてくださって、準備が整います。

 

 

 

で、森家ご先祖さまの訴えを聞くために仏壇に案内したところ・・・

 

 

 

なんと、仏壇の中にご先祖様がいないということ。肝心のご先祖さまたちは、なんと古い仏壇に入ったままとのことでした。

 

 

 

ちょっと前に信心深い祖母が仏壇を新しくしたので、古い仏壇はそのままにしてなんと物置としてつかわれていました。その「物置のような仏壇の中」にご先祖様が閉じ込められていたというのです。

 

 

 

「おいおい、本当かよ!」と、小学5年生くらいだった私は、呟いておりました(笑)

 

 

 

仏壇をキレイにして、新しい仏壇にご先祖様を移動していただいて、ほっと一息。

 

 

 

かと思いきや、まだまだ続きます。

 

 

 

「家の見取り図を描いて」

 

 

というので、大ラフの見取り図を描きました。すると、ところどころに黒いぐるぐるマークを描き記していきます。

 

 

 

「ほら、この黒い部分に手を当ててみなさい」

 

 

 

そういわれて手をかざしてみると、何とも涼しい風が吹いてきます。

 

 

 

「あれ、れ???」

 

 

「これはね、地縛霊とか、浮遊霊が悪さしているところだからよ。今からお浄めするから。」

 

 

 

ということで、「普通のおばさん」の後ろについて、お清め隊の一員となりました(笑) 平らの皿に山盛りにしたお塩と、ドンブリに入れたお酒を家の各所に配置しました。

 

 

 

もう30年以上も前の話なので記憶があいまいですが、彼女の拍手がとっても大きくて、切れ味ある音だったことが印象にのこっています。あと、髪の毛が長かった・・・。

 

 

 

そんで、「え~い、えい!!!!」って気合を入れるんですよ。

 

 

 

 

当時祖母が寝ていたところは、過去人が殺されたところで、今でもナイフが刺さって

いる人が横たわっている、とかね。

 

 

 

あまり気持ちよくないお話を聞かされて、ぞっとしたことを覚えています。

 

 

 

家も一通り見てもらったら、最後の仕上げはカラダ。 わたしも何故か見てもらう

ことになりました。

 

 

 

「あなたには、ここから魔が入る」

 

 

 と、背中の上の方を指示し、そのぶぶんを

 

 

「えぇ~い! えぇ~い!!!」

 

 

 ってな感じで、バシバシたたかれました。

 

 

 

痛かったなぁ、随分。

 

 

 

こういう話は、どこまで信じていいのかというのがわからないものですが、決して暑く

ない季節だったのに、わたしの部屋に置いてあったお酒のどんぶりに、翌日カビの

ような黒くて青いものが浮かんでいたのは、内緒です。

 

 

 

考えると、こわいですよね。

 

 

 

よくわからないけれど、やっぱり効果ある!

 

 

 

っていうのが、我が家の結論でした。

 

 

かとうなおこ10歳。リアルな霊媒師に触れた、は・じ・め・て、のことでした(笑)

 

 

そしてこの「普通のおばさん」ですが、また数年後に現れることになります・・・。

 

 

 

やはり、つづく・・・(笑)