おっと、気を抜いていたらまたもやブログ更新がとまっておりました。
続きを期待してくださったみなさま、おまちどおさまでした!!
さて、「普通のおばさん」が加藤家&森家を駆け抜けていった後、残ったものは濁ったお酒のどんぶりたちと、大量の盛り塩でした。
「いろんなことが、あるんだね~」とワイワイ話しながら過ごしていたような気がします。
なにしろ、1980年代といえば、まだまだ霊やご先祖、たたりに憑依などという「暗めの見えない現象」を言う人が多くてね、結構陰鬱でしたよ(何故かと言えば、そんな人にばっかり遭遇するから)
※今は、魑魅魍魎の棲む世界(=幽界)がクローズされつつあって、こういう話は少なくなってきましたよねぇ・・・。
そんな中「普通のおばさん」は、あまりドロドロしたイメージもなく、(何しろ普通のおばさんだから)切れ味鋭く、潔く、爽やかな風が吹き抜けていくようでした。
実際、お祓いしていただいたのですから、爽やかになったんだと思います。
そして、「普通のおばさん」アゲインの機会があるのですが、その前にもうワンクッションあったことを思い出しました(笑)
今回のタイトル、霊媒師→気学の先生→霊媒師 というふうに、タイトルが伸びました(笑) そう、「普通のおばさん」カムバックの前に「氣学の先生」なる人が立ちふさがりました。
ここも、元をただせばうちの母(通称ヨーコさん)。とあるパーティーに連れて行かれたところ、田中角栄の家も観たという氣学の先生とお話をする機会があったそうです。(ここに連れて行ってくださった方が、加藤家居候常連チームの一員さんで、元新橋の玄人→大変有名な政治家の後妻 という、数奇な運命をたどった方でした。
で、話戻ります。
パーリーの時に、母が家の間取りを気学の先生に観てもらったところ
「そ、それはまずい家相だ。一家の大黒柱(北西)が欠けている」
「家を建て替えなければ、あなたの旦那さんは女を作って出て行くか、病気か事故で死ぬ!」と言われたのです(爆)
実際、元大黒柱(母の父、私の祖父)は60代半ばで病気になり、若くして亡くなっていました。とても人望が厚い、素敵な職人さんだったんですけれどね。
「大変!!! 修ちゃん(=うちの父)には女をつくる様子がないから、きっと病気か事故で死んでしまう!!!」
と、焦って家に帰ってきたのでした。
ちなみにその当時の実家は、北西が欠けていて、家の南側に池がありました。(田中角栄さんも、確かこの気学の先生のアドバイスを受けて庭の池をつぶしたそうです)
そこからが急展開!
隙間風ぴゅーぴゅーだったのに、「まだ住めるから大丈夫!!!」と言い張っていた家を、一晩明けたら一家総出で建て替えモードに突入してました。
それが確か、「普通のおばさん」に観てもらってから3年後くらいだったと思います。
ということで、急遽白羽の矢がたったのが、母の友人で建築家である故・永田昌民さん。吉村順三さんの、一番弟子だった方です。
どんな家にするかインスピレーションを得るために、「一緒に夜ご飯を食べたい」ということで、一緒にご飯を食べて「加藤家がどんな家か?」ってことを確認していただいて、設計してもらいました。
「出来上がったときに、中古の家に見えるようにしてほしい」
という、父のリクエストが一番難しかったそうです(笑)
で、新しい家が出来上がったのが、わたくし14歳の夏でした。(なんと、既に築30年!)
お陰様で、50~60人規模の宴を繰り広げられるスペースをつくってもらえました^-^
新しいうちで、ウキウキしていたのですが、な~んとなく不穏な影の兆しがみえていました。そして、また「普通のおばさん」にご登場いただくことになったのです。
そしてまたもや、つづく(笑)

