海の上で、ヒマだったので久しぶりに雲を消してみた。知人の家族が貸切で釣りをやっていたのだが、釣りに飽きた小学生の男の子が操舵室に入って来て動かない。
雲を消したのは15年ぶりくらいだ。
その時は友人のボートオーナー夫妻に付き合って長距離のクルージングの最中、海はベタなぎで退屈していた。
青空の大きな雲の下に小さな白い雲が3つ浮かんでいた。
奥さんに、「あの三つの雲を消すとすればどれがいい?」と聞くと、最初はそんなバカなと笑っていたが、「じゃあ真ん中」と答えたので消す事にした。
アッパーブリッジの操縦席から両手を掲げて雲に気を集中させた。 30秒くらいすると真ん中の雲が明らかに薄れてきた。
そして消えそうになった時奥さんが
「え~!怖い怖い、やめて!」と声をあげたが雲は1分で消え去った。 両端の雲はそのままだ。
人が雲を消せる理由を説明すると、私もやってみると言い出した。
しかしなかなか雲は消えない。
「どうしてよ!」と言うので、「う~ん・・集中力を妨げる邪心が・・」と言うとプンプン怒っていた。
ブリッジで子供にやって見せると不思議がって好奇心旺盛だ。
「お主もやってみるか?」と聞くと、「え~!僕にも出来るの?やりたい!」と目を輝かせるのでやり方を教えた。
「じっと雲を見て・・元のチリに戻るよう願うんだ」、そう言うと子供は一生懸命やっていた。
残った二つの内、選んだ右の雲はやがて薄らいで消えていったが、左はそのままだった。
その子は大喜びで「お母さ~ん!僕、雲を消せたよ」と報告に。
「そう~!良かったねえ」と言えば良いのに、「そんな馬鹿なこと出来るわけないでしょ!」とたしなめていた。
そしてこっちにとばっちりが・・
「また~変な事教えて!」とぶつぶつ言っていたが、まあ無理もない。出来ないと思う人には出来ないのだ。
別に魔法を使ったわけではない。
宇宙の構造、物質、生命、精神の仕組みが理解出来れば物理的に可能な事なのだ。
宇宙に存在する全てのものは、同じ超微粒子から成り、陰と陽を帯びる。
陽子と中性子が核を作り、周りを陰の電子が回れば物質となる。
電子の個数で性質が決まり、それを元素と言い、存在する元素は幾つもない。さらにそこから様々な化合物が出来上がる。それを物質と言う。
意思を持つ精神は核を持たない電子だけの塊だ。
鉄が錆びて鉄でなくなる時は電子が飛び出してしまった時で、鉄は酸化して酸化鉄になる、それが錆なのだ。
核を持たない電子は全宇宙空間に無尽蔵に満ち溢れている。
それを人は電気として利用している。
森羅万象の足元にも及ばない科学でさえ、電子を音声や映像に換えて宇宙にまで飛ばしている。
電子エネルギーの塊の人間が出来ないはずはないのだ。
動物には意思疎通のテレパシーもあれば、地震の前触れの磁場の歪みをキャッチして逃げ出すものもいる。
言葉をはじめ、利器を使いこなしてきた人間が退化しただけのことだ。
人は電気を発する事が出来る。それが「気」だ。
野人もある程度は出来る。
気は宇宙を司るエネルギーであり万物は気を持っている。物質でさえも・・・・
人にとって、気と密着した一番の臓器は「胃」だ。だから悩むと胃が痛くなる。
ある程度の痛みは胃に手を当てるか人に当ててもらえばケロッと治る。 そこから「手当て」と言う言葉は生まれた。
気は神経を鎮め、痛みを和らげる事も出来る。
最近はやらないが、昔は、急性胃炎で悶絶、救急車を呼んだ女性の激痛を見かねて取り去ったことがある。当然救急車は断った。
母が子に手を当てて「痛いの飛んでけ~!」と言うと不思議に痛みが去った記憶は誰にでもあるはずだ。
これ非科学的でもなんでもなく当たり前のことで親子ならなおさらだ。
話は戻るが、雲はチリに水蒸気がついたもので、個々は水に近い物質なのだが、雲は物質のようで物質でない不安定なものだ。
常に形を変え、発生、消滅を繰り返すが消えてはいない。
分散すれば見えないだけのこと。
集まって雲と言う形を成すのは電子のなせる業。だからいくら距離が遠かろうが電波が関係ないように問題はないのだ。
そこに人間が「気」という電子を送れば「集積」は乱れて元の個々の水蒸気に戻るだけのことなのだ。
水蒸気は海から毎日「天に昇って」いるが粒子が小さ過ぎて人には見えない。
おかしな方向で築き上げた意識の塊の大人よりも、子供のほうが純粋に意識を集中出来る。だからいとも簡単に出来たのだ。
意識の何処かに「まさか」とか「出来るはずない」と言う気持ちがあれば雲を消す事など出来ない。
動物にも植物にも人の「気」は確かに伝わっている。身に覚えのある人も多いと思うのだが・・・