実験農園のイチゴはまだ最盛期が続いている。花がボコボコ咲き、実をならせてくれる。出荷が目的ではないので、多品種植えて春から農園に行くたびに食べ続けているが今月中はまだまだいけそうだ。この立派に立ち上がったいちごは二年目で、肥料も薬も使っていない。アブラムシはほとんど見かけない。この写真の場所は、春からまだ一度も草を刈っていない。つまり放任だ。昨年の秋に枯れ草を敷いただけなのだが、この分では夏まで草の管理は必要無さそうだ。真夏にいちごが埋もれるほど一年草を繁らせ、9月にイチゴの高さで一度刈って放置、そのままマルチになる。秋から冬に一年草は根まで枯れて通気性と肥料をもたらし、春までには微生物が環境を整えてくれる。ところどころにニンニクと島ラッキョウを混生している。一度イチゴごと草をカットしただけで後は何もしない。地力だけのいちごは甘味と酸味のバランスがよくてすこぶる美味しい。少しは鳥などに食べられているが気になるほどでもない。鳥は適度に肥料のフンを残してくれる。ランナーが出たらそのままこのイチゴのうねに根付かせている。つまり親子代々に渡って続く「いちごのうね」なのだ。そうすればイチゴは自分の環境を整える。他の野菜にも同じ事が言える。最初は養分不足で大きくなれず早めに小さな実をつけても、植物には子孫に引き継ぐ環境を整備しようとする「本能」がある。つまり何とか種だけ残し、次の世代に引き継ぐのだ。そうしてその土壌にあった強い品種に育ってゆく。植物の土壌環境分析能力は人間やコンピュータよりもはるかに優れている。植物のたくましい環境への順応能力と進化の歴史がそれを物語っている。最初駄目だからとあきらめることなどないのだ。野菜の生を全うさせてやり、草のマルチのやり方など土壌環境の色んな実験をし、草や野菜と最後まで向き合っていれば色んなことがわかってくる。野菜は人が思うほどヤワではなく、草は人が思うほど邪魔ではない。いつも新しい発見と感動を与えてくれている。虫や鳥をじっと観察していてもやはり同じような事を感じる。すべてが森羅万象の「仕組み」の中で逞しく生きている。これだけ環境問題や健康問題が注目を浴びている現在、本来の健康な食べ物とは何か、常識や思い込みを捨てて考え直す時期に来ているのではないだろうか。