ピラミッド農業の構造 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

ピラミッド農業とはピラミッドの形を想像するとわかりやすい。エジプトのピラミッドは科学が進歩した現在も世界の七不思議、かつ完璧な建造物と言われ、古代史ロマンを掻き立てられ、また世界各地にも存在している。ピラミッドのように、地球上で食物連鎖の頂点にいるのは人であることには違いない。バランスのとれた綺麗なピラミッドを形成するには、中間も底辺の基礎も理に適っていなければ頂点は形成出来ず崩れ去ってしまう。現代農業が成り立たず、小規模農家が食べていけず、農地の荒廃が進むのはそこに原因がある。何故小さなピラミッドさえも形成できないのか考え直すべきだろう。それは農業技術の他に流通システムにも問題があるのではないだろうか

ここで言うピラミッド農業とは、環境の整地、栽培方法、収穫方法、販売方法に至るまでバランスの取れたピラミッドの原理から学ぶ農業で環境をも修復する。ピラミッド農法と言うより、販売まで視野に入れて職業として成り立たせるものだからピラミッド農業と呼ぶほうがあっている。ピラミッドは太古からその形を保ち続け、構造の仕組みも理に適っている。

ピラミッド農業の構造

1、 環境を整える (ピラミッドの地盤作り)   

土地の条件はそれぞれ異なる。土質も日当たりも形状も。それにあった環境整備が必要 つまりその場所に適した農園を作り上げる。後は自然界がやってくれる。ピラミッド農業の底辺にあるのはまぎれもなく「土壌」だ。農園作りが一番難しく労力を要する。現代農法では、耕して堆肥を入れる一律的なやりかたで、土壌環境が活かされず一律的な野菜が出来る。それを毎年繰り返す。

ピラミッド農法では、その設計施工が生産力に大きく影響を及ぼす。「無理」なく土地の生産力を最大限引き出す為に、元々自然界から生まれた「物理学」「数学」を駆使する。無理とは自然の理に適っていないこと、つまり「成るべくして成る」という物理、数学の道理から外れることで、当然求める答えは出てこない。無理なく継続出来る農園は「生き物を相手にした構造設計」が必要だ。そこに育つ全ての野菜がそれぞれの特性にあった育ち方が出来るように、空間から土まで効率を考えて設計する。空間を考えることがピラミッド農法の設計の基本となる。当然うねの形状からサイズ、うね間の通路 周囲の空間まで考慮する。日当たりの程度によっては、低木、高木などの果樹、つる性果樹も畑に取り入れる。

2、 栽培方法  (ピラミッドの構造計算と基礎建築)

栽培の基本は混生農園、アグロフォレストリー。それが一番自然界の理に適い、バランスよく野菜が育つ。土壌のバランスが取れれば連作障害など起こるはずがない。また 野菜だけでなく有用植物すべてが生産の対象になる。基本的に野菜それぞれの場所は変わらないが時には変えても構わない。自然界に永遠というものはなく、時期が来れば自然にバランス形態は変わる。無理なくそれにあわせて行けばよい。自然任せではなく 農業として成り立たせるためには生産計画が必要になる。面積あたりの生産高、野菜別生産高が不可欠。野菜同士の相性、収穫サイズと数量及び収穫時期の関係、雑草が野菜に及ぼす影響とその調整、面積あたりの種の数、発芽数、種まきのタイミングなど膨大な数学計算が必要になる。適当に食べるだけ楽しむには何も考えずに自然まかせで良いが、農業を営むなら最低限の面積で最大限の効果を求め数値を出す必要がある。狭ければ狭いほど管理も楽になる。

3、 収穫方法 (ピラミッドの中段)     

せっかく育った季節の野菜を効率的に収穫する為にはやはり計算が必要になる。本来は販売計画、生産計画、それに見合った収穫量と種類の順番になる。ピラミッド農法では 周年を通して、金額にして毎日ほぼ同額の生産高になるようになっている。1日5千円なら二日まとめれば1万円と言うように。つまり農業を生産ではなく「収穫」と考え、サラリーマンの労働のように毎日同じ時間だけ簡単な労働をする。簡単な管理は収穫と同時に行えばよい。不規則性も残業もなく、農作業が集中することもない。収穫と言う「労働」もピラミッドの中層のようにしっかりとバランスよく組み立てる。野菜も山菜も山野草も年中育つから出来ないことではない。「自分で蒔いた種は自分で刈り取れ」ということわざ通り、100%回収する「心構え」も必要だが、微生物や虫や鳥達の労力や野菜の使命感に報いて何株かは天命をまっとうさせてあげるという「慈悲」の心も必要だ。野菜だって生き物、そうすれば土壌の為に良いことは必ずあるし、花茎や花や種が美味しい野菜だってある。今の農業のように一気に収穫して出荷というものはない。

その逆だ。出来るだけ長期にわたって長引かせるのがピラミッド農法。

4、販売方法  (ピラミッドの頂点)       

農作物を販売して生計を立てることは農学者や農業技術者の領域ではないが、生産者にとってはそれが一番大切なことではなかろうか。これがなくしてピラミッドの頂点は完成しないし、農地を所有する大半は高齢者だ。体にお金に無理なく作って確実に収入にする方法がなければいくら生産しても意味がない。

一日野菜を食べない家は珍しく、いくら農家でも全ての野菜が賄えるはずもない。つまりその地域の住民すべてが消費者ということになる。従って基本は地産地消だ。遠くへ出荷したりすることはそれほどない。農地は全国にある。またスーパーの規格野菜と比較することも無意味だ。明らかに安くて美味しい野菜で住民を顧客にすれば良い。簡易的な建物で構わない、数人のグループで販売店舗を所有するのは難しくもない。

総括

総括して言うとピラミッド農業とは、大地から糧を得る「職業」として捉えた場合、森羅万象の仕組みを理解した上で、何処に限られた労力のウェイトを置くか、いかに最小限の労力で最大の効果を得るか、最初から計画的に実施する農業だ。別の言い方をするなら、最小限の農地で現在の何十倍もの生産高をあげる農業で、相手の力を利用して投げる合気道に例えれば相手の力は自然界にあたる。何処かに「無理」があるから現在の農業の労働は大変で、多くの農家の暮らしは成り立たない。労働は気楽でも精神的に苦しいサラリーマンをやるより楽しい農業を見直してみたらどうだろうか。サラリーマン並みの定期的な労働で、それで生活が成り立てばこんな良いことはない。また職業としてではなくても趣味と実益でやれば健康と食費を浮かすだけでなく、こんな簡単で奥深く面白いものはない。荒廃して行く田や畑を見るたびにもったいないと思う。