論証の都合上、ある人間が狂人だとされるのなら、私は賢明であるよりも狂人でありたいと思う〜Dive | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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ドゥルーズ=ガタリは僕らのヒーローでした。

もちろん今でも尊敬しています。

それだけに1995年の出来事はリアルタイムにショックで、そして今に至るまでショックです。

 

 

森野くんが先の配信でドゥルーズについて少し語っていました。

 

↑森野くんの記事!

 

御本人もおっしゃっていたように、アンチ・オイディプスに触発されてとのことでしょうが、懐かしい名前が並び、同窓会のような気分です(ちなみに、Dr.Tが尊敬されている方の一人が浅田彰先生)。

 

ドゥルーズ=ガタリというのはペンネームのようなもので、もちろん当時も(幼少の頃も)ドゥルーズとガタリの二人で一つであることを知っていたのですが、子供心にはそれが不思議で、プラトンの言うアンドロギュノスのようなイメージなのだろうかと思っていました(そんなわけあるかい!)。

 

ドゥルーズに直接師事された(翻訳も多くされた)宇野邦一先生の著書を紐解くと冒頭にこちらの一節が引かれていました。

 

 

メルヴィルがこう述べています。「論証の都合上、ある人間が狂人だとされるのなら、私は賢明であるよりも狂人でありたいと思う⋯⋯。私は水に潜る人たちが好きだ。水面下すれすれを泳ぐことならどんな魚にもできるが、五マイル、あるいはそれ以上の深さに潜るとなると巨大な鯨でなければ駄目だ⋯⋯思考に潜る者とは世界開闢以来の知恵で目を充血させて水面に戻ってきた人たちのことである」。過激な肉体の運動には危険がつきものだということは誰もが認めるでしょうが、思考もまた、息が詰まるほど過激な運動であることには変わりはありません。思考が始まると、生と死が、そして理性と狂気がせめぎ合う線との対決が不可避となり、この線が思考する者を引きずっていくのです。(PP.p.141/二〇九頁)(ジル・ドゥルーズ「フーコーの肖像」、『記号と事件』

 

 

メルヴィルで「鯨」といえば白鯨です。

 

そして、それを引いて、ドゥルーズは過激な肉体の運動と同様に思考もまた「息が詰まるほど過激な運動である」と言います。これには深く同意です。

 

「まといのば」では、深い変性意識空間に飛び込んでいき、海の底にある宝物を拾って、また上がってくるという表現を良くしていました。

 

    

私は水に潜る人たちが好きだ。水面下すれすれを泳ぐことならどんな魚にもできるが、五マイル、あるいはそれ以上の深さに潜るとなると巨大な鯨でなければ駄目だ⋯⋯思考に潜る者とは世界開闢以来の知恵で目を充血させて水面に戻ってきた人たちのことである

 

水面下すれすれを泳ぐことは誰にでもできます。生成AIにもできます。

しかし、我々は「思考に潜る者」でありたいのです。

 

 

ちなみに最近、深い思考に潜り(Diveし)、生還してきたのがシュン君です。

*先日も紹介しましたが、アメブロランキング1位おめでとうございます!良い記事が評価されるのは素晴らしいこと。

*そんな彼の「潜在意識Dive」はもちろんオススメです。

 

 

思考に潜る者とは世界開闢以来の知恵で目を充血させて水面に戻ってきた人たちのこと」というのが良いですね。

本当にそうです。

思考するというのはDepression(鬱:凹み)ではなく、実際はDiveなのです。周りからは凹みに見えるのでしょうが。

 

と書いてきて、意外と書くことが無いことに驚きます。

引用部がかなり簡潔にまとまっており、ここに何を足すことも引くことも解説することも無い気がしてしまうのです。

 

思考が始まると、生と死が、そして理性と狂気がせめぎ合う線との対決が不可避となり、この線が思考する者を引きずっていくのです。(ドゥルーズ)

 

あ、そうだ!

 

森野くんが「ユーザーイリュージョン」には「まといのば」で使っている譬え話が多く載っていると配信で話していらしたのですが、それはそのとおりであり、ちょっと違います。

天才たちは同じ譬え話をするのです。

たとえば、ニュートンはリンゴの落下、ニュートン力学の帰結(ビッグバン以降)は「ビリヤード(球撞き)」、アインシュタインの曲率はリンゴの表面。お釈迦様は毒矢の喩え。ソクラテスであれば洞窟の比喩。ブラックリストのレイモンドレディントンだったら残虐な拷問をする人間のほっこりする話し、などなど。同じ譬え話を全員が使い回すのです。コーヒーにミルクを落とすとエントロピーになり、箱の中にネコを入れたらシュレディンガーになります。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、無理やり書くとしたなら、一つは空と海の空海でしょう。

まさに空海は魚から陸に上がったのだと思いますが(佐伯真魚から空海へ)、境界ということでは同じです。

 

 

洞窟でひたすら瞑想をし(虚空蔵求聞持法)そのとき目の前に広がっていた光景が空と海だけであったから、名を空海と改めたとも言われます。
これが事実であるとするなら、すごいことです。現代風に解釈するなら、自分の名前をトリガーにしたということです。強烈な深い変性意識状態をトリガーにするときに、僕らはマークや写真を使います。彼は名前をトリガーにしたのです。すると自分の名前を書くときも、読むときも、名を呼ばれるときもトリガーが発火するということです。洞窟で「口に明星が飛び込んできた」という深い変性意識を繰り返し体験するということです。これはシンプルでかつ見事な技です。24時間高い抽象度を維持するには最適と言えます。

 

 

 

 

お釈迦様が悟りを開いたのは菩提樹のほとりと言われますが、空海が悟りを開いたとされるのは高知県にある御厨人窟(みくろど)です。

御厨人窟(みくろど)というのは洞窟ですね。海岸に面した洞窟です。今もあるそうで、Wikipediaには写真があります(下に掲載しています)

洞窟から見えるのは空と海のみです。ここから観た風景を自身の名前にしたというのはありそうな話です。
空海という名前を我々はつい英語表記の影響で左から右に書きますが、かつては縦書でした。




と書いていました。

これはまさに空海の修行時代に見ていた風景です。上半分は空で、下半分は海です。
第一、第二象限は空で、第三、第四象限が海のようなものです。デカルト平面であれば、x軸が水平線です。ガウス平面(複素平面)であれば、実軸(real axis)が水平線です。


*空海が修行したとされる御厨人窟(みくろど)

ちなみに空海の幼名は真魚です。魚が空を知ることで、自分がいる海を知るというメタファーにも見えますね。魚は水を知らず、なのです。陸を知ってはじめて海を知ることができます。空を知って、いま自分たちがいる水なり海を知ることができます。空海はシステムSの外側に一瞬でも出ることで、いま自分が囚われている宇宙について深く理解したのかもしれません。

ちなみに空海の幼名は真魚ですが、同様に「魚」は原始キリスト教の重要なシンボルです。たとえば、イエスは漁師であったシモンに対して「今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」(ルカ5:10)と言います)。



イクトゥスは、ギリシャ語で「魚」です。
ただこれは同時にIBMなどと同じく略称でもあります。ギリシャ語でイエス・キリスト、神の子、救世主と書くとΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ となり、その頭文字だけ取るとイクトゥスすなわち、その頭文字が魚になるといううまくできたシステムです。

 

 

 

 

また、もう一つは「狂人」です。強靭な狂人。

 

 

これ以上は無理という瞬間を乗り越えてこそ、次のドアが開くのだし、そうなって初めて、私の望んでいる世界に行くことができる

 

 

(引用開始)
「練習をしていると、息があがり、筋肉がちぎれそうになって、『もう無理』と感じる瞬間が必ずやってくる。『これくらいでいいだろう』『次、頑張ればいい』という内なる声が聞こえてくる。けれど、そこであきらめてしまったら何も練習しなかったことと同じ。たとえば、水の温度を99℃まで上げたとしても、最後の1℃を上げることができなければ、永遠に沸騰することはない。これ以上は無理という瞬間を乗り越えてこそ、次のドアが開くのだし、そうなって初めて、私の望んでいる世界に行くことができる」
(引用終了)現代ビジネスより

 

そして、もう一つ。

レースクイーンからレーシング・ドライバーになったという異色の経歴の方のホメオスタシスの話です。

 

 

ホメオスタシスについて、あるレーシング・ドライバーの方が非常に面白いことを書いていらっしゃいました。ホメオスタシスや身体がいかに精密かという話しです。

 

時速300kmや時速200kmオーバーで走りながらも、針の穴を通すようなドライビング・テクニックが必要な世界です。0.1秒で何十メートルとマシンは進むので、0.05秒や0.02秒という世界で操作しているそうです。

その中で最適なブレーキングポイントを見つけようとしても、きちんと強く自分に命令しないと、「前の周と全く同じ場所でブレーキを踏んでいる」そうです。ホメオスタシスは強力です。

 

(引用開始)

カーブが近づくたびに意識して、「必ずトライしろ!」と頭の中で自分に強く命令した。

 

命令しないと、何十個もあるカーブのいくつかは、前の周とまったく同じ場所でブレーキを踏んでいることがデータで見てとれる。

 

不思議だけど、寸分違わず同じ場所でブレーキをしていて、まったく進歩していない。人間は意外と精密だと驚く。しかし人間は意識しないと、ふだんと同じところにとどまってしまうのもの事実。(引用終了)(p.126井原慶子『崖っぷちの覚悟』)(太字は筆者)

 

このホメオスタシスに対して、書き換えるには、、、、、ホメオスタシスへのハッキングが必要なのです。

 

 

 

私は水に潜る人たちが好きだ。

 

我々もそうありましょう。

そうしましょう!!

世界開闢以来の知恵で目を充血させて水面に戻って」きましょう!

そして楽しく語り合いましょう!

 

 

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