ジェフ・ベゾスがアマゾンを創業したとき、彼はD・E・ショーという現在も続くヘッジファンドの若きバイスプレジデント(副社長)でした。
ベゾスがアマゾンに可能性を見出して、D・E・ショーを辞めることを上司である創業者のデビッド・ショーに申し出たとき、当然ながら遺留されます。
ベゾスの気持ちはわかるけど、D・E・ショーでもすごい仕事ができるはずだ、と。
いろいろと悩みに悩んでいると、訳が分からなくなってくる瞬間があります。
カズオ・イシグロの『日の名残り』を呼んでいてたベゾスは、執事が人生を振り返っているところを自分に重ね合わせながら、こんなことを考えつきます。
決断するためのシステムであり、将来を考えて、後悔が最小になるようにするための理論です。
いわば、後悔最小化理論です。
彼いわく、80歳になったときに、最悪のタイミングでウォールストリートのヘッジファンドを辞めて、ボーナスをもらい損ねたことを公開することはありえないと
一方で、インターネットの波に身を投じなかったことは、80歳の自分は後悔するだろう、と。
『日の名残り』の執事のように、人生を振り返ったときに、自分の後悔が最小化になるように決断をしようとベゾスは決めました。
(引用開始)
「80歳になったとき、1994年の半ばという最悪のタイミングでウォールストリートの会社を辞め、ボーナスをもらいそこねたなぁと思い出すことはありえません。そんなの、80歳になってもくよくよすることではありえません。逆に、このインターネットというもの、世界を変える原動力になると思ったものに身を投じなかった場合、あのときやっておけばよかったと心から後悔する可能性があると思いました。こう考えると・・・・・・・決断は簡単でした」(引用終了)
短期的に見れば、心残りがあり、サンク・コストがあり、引き裂かれるような別れがあります。不安があり、ギャンブルが存在します。それまでの自分を全否定することへの恐怖も生まれるでしょう。
しかし、長期的には挑戦したということへの後悔はないのです(たぶん)。
昔からぼくは、これを長距離レースだと考えてやってきた。(レオナルド・ディカプリオ)
c.f.結果に意味を求めることは大きな過ちだ。そうではなくて、1日の過ごし方に意味を求めるべきだ。 2019年09月21日
認識の遠近法のようなものがあります。
近くで見た風景と、遠くから見た光景はかなり違います。
自分に対する期待も同様で、直近の自分に対する期待と、遠い将来の自分に対する期待は大きく違うのです(多くの人があべこべにしてしまいます。直近を過大評価し、未来を過小評価します)。
映画「Joker」は感動的な物語でした。
いろいろな見方があり、「むき出しの悪」であるとか、「子供に見せてはいけない(R指定なので見せてはいけませんが)」とか、「救いがない」などの論評も見かけましたが、感動的なHeroものに僕には見えました(目が悪いのかな?w)。
ありのままの自分であることを自分が認めるならば、世界はそれを真っ直ぐに評価するのです。
凡庸な人間がHeroになる瞬間というのは、「汝自身を知れ」の門をくぐり、醜悪な自分、嫌いな自分を直視して、愛することができたときのみなのだと思います(もちろん、ある瞬間で切り替わるわけではなく、その瞬間の連続でなだれかに変化していくのでしょうが。ピエロがメイクを丁寧にしていくのと同じです。一瞬ではメイクはできません)。
アンダーソンくんが救世主のNeoになるように(映画『マトリックス』)、アーサーくんがJokerになります。
アンダーソンくんが徐々にNeoになっていくように(ハッカーとしては最初からNeoですが、ここでは救世主としてのNeoの話です)、アーサーは徐々にJokerになっていきます。
幾度も重要な岐路がありますが、その1つで彼はこんな風につぶやきます。
「人生はずっと悲劇だと思っていた。でも、本当は喜劇だったと気付いた」(『JOKER』)
これは皮肉などではなく、真っ直ぐに捉えるべき重い(いや、軽やかな)言葉です。
彼の最悪すぎる境遇、発狂しそうな現実というのがすべてJoke(笑い)になる瞬間です。
シンデレラストーリーなどありえず、自分が信じていたもの全てから残酷な形で裏切られたこと自体もまたJokeになるのです。
映画評論家の町山智浩さんによると、この言葉はチャップリンの言葉が元ネタだそうです。
(モダン・タイムズの中でチャップリンが作ったスマイルが絶妙なタイミングで流れます)
「人生は悲劇だ。クローズアップで撮れば。でも、ロングショットで撮れば喜劇になる」
認識の遠近法です。
クローズアップで観たときと、ロングショットで観たときで違う光景が広がるのです。
c.f.Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)の「Smile(スマイル)」とChaplin(チャップリン) 2011年10月13日
c.f.人間は繰り返しおこなっていることの結果である。従って卓越性(アレテー)とは行為ではなく習慣なのだ 2019年08月07日
c.f.結構じゃないか、その名前を引き継ぎたまえ。君はル・コルビュジエだ。 2019年06月16日
逆に遠くから見ていると憧れるような存在も、近くまで来ると狂気と歓喜に満ちています(ですから、我々はたくさんの伝記を読むべきだと思います。偉人を等身大でその絶望と共に少しでも味わいたいのです。成功した結果から逆算して、子供時代や青年時代を観るのはバイアスがかかりすぎます。彼らもまた先の見えない闇を突き進んだのです)。
だから、Jobsは天才を評して、Crazy onesと言いました。
また、このJokerの言葉は、たとえば、マルクスの有名な言葉を思い出します。
歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。 (カール・マルクス)
視点を動かすことができれば、もしくは視点を高く持てば、悲劇に見えることも、喜劇になりうるのです。
c.f.「しかし、それは何度も繰り返されるのだ。その度ごとに初めての時のような残酷さで」 2015年06月21日
c.f.歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として 〜軍艦島、インセプション、エストニア〜 2019年02月25日
視点ということで言えば、偉人の言葉ばかりで恐縮ですが、アラン・ケイはこう言っています。
視点は知能指数80点分に相当する
これはベゾスが好きな言葉だそうです。
認識の遠近法は重要です。視点によって、物事は別の様相を示します。
Jokerも言いますが、善も悪もないのです。ただそれは主観的に自由に決めて良いというわけではありません。それは脆弱な独りよがりな妄想の中だけでの話です。
決めるのは、視点です。
どの視点に立つかを慎重に選び、自分のゴールにとって望ましい視点を選びたいものです。
【映画紹介】
JOKERを語る上で、ダークナイトは欠かせません。
悪と言えば、どんどん道を踏み外していく『ブレイキング・バッド』も!
本来はちょい役だった(すぐに死ぬ予定だった)ピンクマンが、、、、。
そして本気で学問的に悪を考えるならば、悪の凡庸さを。
c.f.神の暗黒面〜ピッコロ大魔王は神が神となるために切り離した邪念の固まりであり、神の半身〜 2015年01月12日
*興味がある方は是非寺子屋「悪魔学」を!!
ホアキン・フェニックスと言えば、The masterが印象的です!
c.f.No,no,no,no 行こう牢獄へ!(リア王;シェイクスピア)鳥カゴの中へ、牢獄の中へ! 2014年08月08日
c.f.GoogleMapの声がかわったことに映画「her〜世界で一つの彼女〜」を思い出した 2016年05月15日
そして、「her 〜世界で一つの彼女〜」。サマンサのスカーレット・ヨハンソンが最高です。ホアキン・フェニックスはもちろんのこと。エイミー・アダムス(『The master』、『Arrival』)も出ています!
