結構じゃないか、その名前を引き継ぎたまえ。君はル・コルビュジエだ。 | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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まりちゃんも使っていたLess is moreというのは、ミース・ファン・デル・ローエの標語です。

彼の標語の中には「まといのば」でもよく使う「神は細部に宿る(God is  in the detail.)などもあります。

 

どちらも良い言葉です。

 

ミース・ファン・デル・ローエと同じく近代建築の三大巨匠と言われるのが、フランク・ロイド・ライトとル・コルビュジエです。

(余談ながら、寺子屋の幻の講座が美学です。開催はしており、追加開催までしているのですが、ビデオ教材がありません。その美学はあまりにコンテンツが多くて、音楽編、絵画編と別れていました。実はその完結編が建築編です。これは全くの幻で開催もしていません。リニューアルシリーズがそろそろ終わるので、どこかでやりたいとは思っていますが、、、)

 

 

先日までル・コルビュジエ展をル・コルビュジエが建築した国立西洋美術館でやっていました(僕はたまたま開催初日に行って、もう一度行きたいと思いながら、気付いたら終わっていました)。

 

セミナーなどでは紹介していたのですが、ブログには下書きのまま、書ききれずに埋もれていました。

 

ちなみにセミナーでは、機械文明との関わりでル・コルビュジエを紹介しました(そのあたりのセミナーがはじめての気功「情報空間のポテンシャルエネルギーの使い方 〜チェス盤の全て」です。そろそろ配信しますのでお楽しみに)。

 

我々は「プレッシャーに弱い」とか「ストレスを感じる」という用語を気楽に使いますが、この用語の下部構造は実は蒸気機関や工学です。プレッシャーとは圧力ですし、ストレスというのも圧力です。この圧力のイメージは蒸気機関からの連想から来ています。

 

機械文明が大量生産によって、安価で良いものを提供できると考え、そのことで最大多数の最大幸福が実現できると考えれば、ル・コルビュジエ的になるということです。

その意味でル・コルビュジエは近代的で機械的なデザインを好みました。

(ル・コルビュジエの都市計画というかデザインは、あのジェイン・ジェイコブズの敵役であったモーゼスの設計かのようです)

 

 

この対極にあるのが、チャーリー・チャップリンのモダンタイムスです。

機械の部品の一部と自分がなり、人間性を失っていくと考えるのです。

 

 

 

流れている曲はチャーリー・チャップリンのSmileですね。

 

マイケル・ジャクソンがカバーしました。

 

 

 

この下部構造が上部構造を決定するという話は非常に面白く、たとえば、なぜ電器屋の店主がカルトの教祖になることが多かったのかなどもここからわかります。すなわち、周波数をあわせることで受信できるというあの機械からの連想なのです(無線やラジオですね)。

ですので、スピリチュアリズムの人がいまだに「波動」(そしてその波つながりで量子)を使ったり、「周波数」と使うのは電磁波の発見とそれを使った発明によるものなのです。

気が合うということを「波長があう」と言う人もいます。

「周波数を合わせる」とか「チューニングを合わせる」などと、僕らも気功でも日常でも使います。

 

ポイントは、「現実的であるものこそが理性的である」ということです。

 

 

すなわち、物理的現実的な下部構造が、抽象的な上部構造を決定していて、我々はその下部構造を綺麗に忘却しているということです。

(にも関わらず、言葉には深く下部構造が刻印されているのが面白いと言えます。ストレスにせよ、プレッシャーにせよ、波長や周波数にせよ)

c.f.私たちに対する温かい気持ちを相手に抱かせたかったら、温かい飲み物を手渡しましょう。2018年06月25日

 

 

 

自分の依って立つパラダイムがどれなのかは認識すると、パラダイムから少し自由になれます。

 

たとえば、プレッシャーやストレスをガンガン与えた方が成長すると考えるのは、人間を内燃機関と勘違いしているからです。圧力を加えた方が温度が上がります。

 

 

ル・コルビュジエは自分が機械文明を称賛していることをはっきりと認識していました。

 

 

 

で、本稿のテーマはそこにはなく、、、(笑)

 

 

ル・コルビュジエは生まれながらにル・コルビュジエではなく、ジャンヌレというフランス人の画家が名付けたということです。


クリプキの言うNamingですね。名とは咒であるとしたら、自分で自分に咒をかけたのです。

 

 

いや正確には当時の盟友であったオザンファンとの共作による命名ですね。

 

オザンファンとジャンヌレ(のちのル・コルビュジエ)によって、「ル・コルビュジエ」という名前が生み出されたのです。

 

オザンファンは『回想』の中でこんな風に書いています。

 

(引用開始)

私は自分と彼の本名を絵画と美学の論文に残しておきたかった。それで私は(建築に関する論文に)母方のソーニエという名前を使った。だから彼にも母親の名字を使うように言うと、ジャンヌレは、それはできないというのだ。「母の姓はペレだから。オーギュスト・ペレと一緒にされてしまう。」

 

「そいつは仕方ないな、では従兄弟の名前を使ったらどうだ」。

 

「そうだな、ルコルビジェという家があった、みんな死んでしまったが」。

 

「結構じゃないか、その名前を引き継ぎたまえ。

 

君はル・コルビュジエだ。2語に分けると、もっと立派に見えるだろう!」

(引用終了)(p.54『ル・コルビュジエ展』公式カタログより孫引き)

 

 

ル・コルビュジエは生まれながらにル・コルビュジエではなく、意図的にル・コルビュジエとして生まれ直したのです。

 

これはエリファス・レヴィも同様です。

 

近代魔術の大成者であるエリファス・レヴィも、同じくフランス人のルフォンス・ルイ・コンスタンが41歳のときに自分に対して名付けた(Naming)のです。

 

 

エリファス・レヴィと関連して、出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)も同様ですね。大本教の開祖(の1人)であり、現代に至るまで大きな影響を残した人物です。

彼も農家の三男として上田 喜三郎として生まれ、そして大本教開祖の出口なおと出会い、その娘と結婚して入婿したときに(29歳)、出口王仁三郎と改名します。

 

余計なことですが、僕にはエリファス・レヴィと出口王仁三郎、そしてセルゲイ・ディアギレフが重なって見えます。

三人とも似たような風貌で、そして近代を創った人です。

 

 

 

いずれにせよ、出口王仁三郎にせよ、エリファス・レヴィにせよ、ル・コルビュジエにせよ、意図的に自分の名を名付け直すことで、新しい系(世界)に参入しました。

(そう言えば、佐伯真魚(さえきのまお)もまた自身で「空海」と名をつけていますね)。

 

 

「そうだな、ルコルビジェという家があった、みんな死んでしまったが」。

 

「結構じゃないか、その名前を引き継ぎたまえ。

 

君はル・コルビュジエだ。2語に分けると、もっと立派に見えるだろう!」

 

 

この明るさが良いですね。

 

2語に分けると、もっと立派に見えるだろう!」とあっさりと分割する軽さが良いですね。

 

ネーミングは大事ですが、軽さも大事です!

 

 

 

 

【動画紹介】

余談ながら、我々はル・コルビュジエを建築家として知っていますが、晩年に至るまで絵画を描き続けました。

それを自分のシステムとしていました。

(1928年1月から自分の署名をル・コルビュジエに変えています。建築家としての才能が高く評価されるようになったのが1926年、そのころにはオザンファンと方向性の違いから険悪な状態となっています。どんなに忙しい時も絵画を描き続けました)

 

ちなみに、Diorのデザイナーだったころのラフ・シモンズは、抽象絵画を毎日観ることがインスピレーションの源泉だと言っています。そしてそれをシステム化している(日常的なルーティンにしているという意味で)。

 

 

Less is moreではなく、余談続きなのですが、もう一つだけ、、、

 

最近驚いたのは、映画『グリーンブック』の主演の運転手役のトニーリップ役のヴィゴ・モーテンセンが、、あの「危険なメソッド」のフロイト役ということ!(役作りのために20kg増量したそうです。でも撮影中に痩せてしまって仕方ないので、食べ続けたとのこと。映画の中での食事シーンは本当に美味しそうで、僕は好きなのですが、本人は辛かったそうですw

映画の中で、お父様の言葉として、「何事も100%を注げ、食事も最後の食事と思って食べろ」というシーンが印象的です。一期一会ですね)

 

 

 

 

 

もちろん指輪物語のアラゴルン!