神の暗黒面〜ピッコロ大魔王は神が神となるために切り離した邪念の固まりであり、神の半身〜 | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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今回の寺子屋の悪魔学は広い範囲を包摂し、神学や宗教学、正義の問題などの見通しがよくなったのではないかと思います(自画自賛、我田引水ですがm(__)m)

悪魔学は実際に神学より長い歴史を持ちます。神学とはキリスト教神学であり、キリスト教会がきちんとした教義を持って以降の歴史しか持ちません。また現代神学をプロテスタント神学と規定するならば、歴史はもっと短くなります。

では、悪魔学は?と言えば、その歴史は原始キリスト教を遡ります。
少なくともグノーシスとゾロアスターの影響を深く受けてキリスト教は悪魔学を成立させています。

キリスト教会の安易な悪魔学が20世紀において悲惨なジェノサイドを生み、宗教戦争を生み、黒人差別を生み、帝国主義を生み、魔女狩りを産んだと言えます。

悪魔とは少なくとも3つに分かれます。

一つは今回のテーマでもあった神の暗黒面としての悪魔です。
これはピッコロ大魔王のようなものです。ドラゴンボールという漫画の中に出てくる印象的な敵役にピッコロ大魔王がいます。この大魔王さまの出自はどこかと言えば、神です。神が神となるために切り離した暗黒面が悪魔として人格を持ちます。これはまさに我々が知る悪魔と同じです。

多神教の世界であれば、神は完全でも道徳的でもなく、完全な善でもありませんでした。ギリシャの神々はきわめて人間的で、おおらかに失敗もするし悔みもします。誘惑もしますし、欲望に満ちています。

しかし、何を間違えたのか一神教で、善の一元論の神というものを設定したために、非常な歪みが出てきます。神は1人(1つというか)であると考え、その1人の神は完全な知識と、全能性を有し、その上、善の一元論だとすると、厄介な問題が生じます。すなわち悪が説明できません。

ゾロアスターにせよ、グノーシスにせよ、二元論を採用しているので、後進のキリスト教は一元論をあわてて採用したように思います。


2つ目は異教の神々です。異教徒が信仰してきた神々に対して、キリスト教は猛烈に嫉妬します。少なくともユダヤ教のヤハウェという神は嫉妬深い神でした(ヤハウェはユダヤーキリスト教の神であり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神です)。ですので、M&Aした他の宗教では必ず、その異教の神は悪魔認定されました。

たとえばカナンの神であった「バアル・ゼブル」はユダヤ教では(旧約聖書では)「バアル・ゼブブ」(蝿の王)と嘲笑され、我々が知るベルゼブブというサタンになりました。

寺子屋の本講座でも見たようにかなり多くの異教の神が悪魔認定されます。吸収合併された側の企業の元トップは戦犯扱いされるようなイメージでしょうか。

異教の神というのは多くは自然災害であることも多いのです。ヨハネ黙示録で大活躍するドラゴンというのはそもそも川の氾濫でした。のちにリヴァイアサンとして知られるレヴィアタンはおそらく海の遭難を擬人化したものでしょう。そもそもレヴィアタンの語源は「渦を巻いた」というヘブライ語が語源です。今ではリヴァイアサンは悪魔の代名詞であり、それを思うとホッブズが国家をリヴァイアサンに形容した意味が見えてきます。


3つ目が今回のテーマでもある悪の凡庸さです。これはハンナ・アーレントの「エルサレムのアイヒマン」からの考察です。

アイヒマンのポイントは悪魔の化身のように思われていたナチの高官が凡庸な小役人でしかなかったということです。アーレントの詳細なレポートを読むと戦慄を覚えます。
彼の動機は昇進しかなく、それ以外に関心はなかったそうです。そしてアイヒマンはアルゼンチンで捕まったあとに、ドイツ系ユダヤ人の警官からの訊問に対して、延々と自分がなぜSS隊で中佐までしか昇進出来なかったかの言い訳をしたそうです。戦時中に「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない」とうそぶいたのはアイヒマンです。これらは悪魔的所業にしか見えませんが、ハンナ・アーレントの分析に従って、彼の頭の中身を見てみると、彼は本当に思想性が無い(愚かということではなく)ことが見えてきます。
寺子屋でも見たように彼の議論は前後の脈絡がなく、一貫性もありません。
そしてアイヒマンは今回の裏のテーマでもとりあげたあの御方にそっくりなのです。




なぜユダヤ人が虐殺されなくてはいけなかったのか、それはもちろんユダの裏切りに原因があります。原因というより言いがかりです。ユダはユダヤ人ですが、ユダ以外もユダヤ人でした。ジーザスもユダヤ人です。ペテロもヨハネもユダヤ人です。
JudasとJewishの音が似ているがゆえに、ユダヤ人は差別にさらされました(女性も、アフリカ系も神の名のもとに差別されました。とは言え、聖アウグスティヌスはアフリカ出身です)。

今回のテーマは多義に渡り、また非常に深いものがあると思いますので、数回にわたりブログでコンテンツをシェアしたいと思います。とは言え、なんか無用な混乱を与えるといけないので(というか、絡まれるのが嫌なのでw)アメンバー記事にするかもしれませんm(__)m

少なくともキリスト教や聖書学、神学、神話学、そして政治においてきわめて重要な正義の問題、公共性や共同体の問題が悪魔学という結節点を介して、クリアになるのではないかと思います。



*来週も寺子屋「悪魔学」は追加開催します!