2話で、「どんなことがあったのか、知りたい方は

 

サロンにご来店、イベントに参加で会いに来て聞いてくだされビックリマーク」と書いていたのですが

 

想像を超えていた魂が抜ける魂が抜ける魂が抜ける魂が抜けると言われました。

 

 

 

 

続きです。

 

 

「そもそもなんでこんなことになってしまったのか」
息子が仕事に行けなくなった経緯を少し振り返っておこうと思います。

 

 

 

 

 

2年前、高校3年生のとき。
私が気づかないうちに、息子は130万円もの投げ銭をしてしまっていました。

 

請求がすぐ来るわけじゃないし、
私から何かを注意されることもなかったし、
そもそも「ボタンを押す=課金」という感覚が
あまりピンときていなかったみたいあせる

 

これも、知的障害や発達障害“あるある”なのかもしれない・・・


理解力や判断力に弱さがあることで、
「これを押したら何が起こるか」の想像が、最初はうまくできなかったんだろうなと思う

 

途中から気づいてたらしいので、悪知恵は発達するというか(笑)

「たった今」平気だから大丈夫という間違った認識をする。

そして大人になればなるほど、それが大きな穴になることも痛感した。

 

 

進学予定だった学校を諦めさせ、
そのために貯めていたお金も返済に回した。

 

「1年間で返済して、それでも行きたいならそのとき進学しなさい」


そう約束し、彼はアルバイトを掛け持ちしたが、卒業間近のテストやらで体力が追いつかずえーん

時給の高い方1本に絞ったが、アルバイトの収入だけでは正直少なく・・・
 

約束していた返済金額に毎月満たないことがほとんどで(予想してたけどなw)

なんなら、足りないから貸してくれ!もあったし(苦笑)


私の仕事が会社員ではないので収入の安定は難しく、カツカツの時も多々あり

生活費や事業資金にも影響が出るくらい、なかなか厳しい毎日でした。(もうシングルの手当もないしね)

 

 

彼が頑張って働いていたのは、
某タワーのアテンダントのアルバイト。

 

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朝11時から夜10時半までという長時間勤務で
とても大変そうだったけれど、正社員登用はなく、アルバイトのシフトも徐々に削られるようになっていきました。

 

去年の10月頃からは、
シフトに希望を出しても入れてもらえず、給料は減る一方。

 

もちろん彼のせいというか、理由もありました。
遅刻や欠勤が重なっていたので、信頼を失っていた部分もあったんだと思う。

 

いくら親から言われていても、想像力のなさなのか

反抗期だか知らないけど(笑)

 

自分で体験して

こういうことだった(シフトが入れてもらえない)のか!と体感するみたい。

 

そして、収入が減って暇が増えると、彼は「暇つぶし」と「返済できない焦り」から逃れるため

また課金に走るようになってた。

 

昨年、10月・11月・12月の間に、毎月3万〜7万円ほどの課金をしてしまっていた。

(ファミリーを組んでいてアプリ共有のなっていたので、私のカードから引き落としがかかって気がついた)

 

元々の130万の返済と彼の交通費等で、手元に残るお金はなく
その課金分の支払いは私が肩代わりするしかありませんでした。

 

 

「これはもう、支払いを“自分ごと”として経験させなきゃわからない」
そう思った私は、彼名義のクレジットカードを作らせた。

 

今の時代、全くカードを使わずに生きるのは難しいであろうと

少しずつでも慣れていかせた方がいいと思ってたのもあった。

 

初めてのクレジットカード。10万円が限度額だった。
 

最初に使ったのはレンタサイクル。
1回165円で10回乗って1650円。

 

「引き落とし日までに口座に入れておきなさいよ!」
と何度も言ったのに、これまで通り給料が入ったら全額引き出してしまい、
残金ゼロ笑い泣き


クレジットカード会社から「引き落としできませんでした」という通知が届く。

 

月末に再度引き落としがかかるが、利息がつくこと、
こういうことが続いたり、支払わなかったらブラックリストに入る可能性、

今後一人暮らしをしたいと部屋を借りる時の審査にも影響があることなど
 

信用が大事なことをひとつひとつ話しました。

 

本人も少しはわかったようで、
その次の月からは支払い分をちゃんと残すようになった。

 

そして今年1月、新しい職場に転職。
フルタイム勤務で、
「これでやっと少し落ち着けるかな」私はそう思っていたけど

 

そうは問屋が卸さない泣き笑い

 

彼にはまた別の壁があった

 

障害者雇用で入った会社で、某ホテルのレストラン部ルームサービス係として入社。

 

初月から社会保険料の計算ミスがあったり

配属先でも、合理的配慮があまりないように感じることが多かった。

 

先輩方が教えてくれる仕事は「見て覚えろ」スタイル。
 

発達障害・知的障害がある彼には、見ただけで理解し、
状況に応じて柔軟に動くということが難しかった。

 

さらに、ごみ捨てや後片付けばかり押し付けられる。
お客様の部屋から下ろすワゴンの取り扱いも、
先輩によって指示が異なり、
言われた通りにやっても叱られる——そんな日々が続いた。

 

 

「3ヶ月経ったらルームサービスに行ける」と希望を持って頑張っていたけど、
 

4月、お皿を片付けてる時に、手の震えが止まらなくなり4枚割ってしまい、彼の心が折れてしまいました。

 

お客様が割ってしまったり、欠けてるお皿を下げてきた時に、チェックして一覧表に

「○枚 中川」と記入する。

 

数が多かったのを嫉妬した人がいたのか?と私は思ってるのだけど

割ったのを息子のせいにされたらしい。
 

「自分が割ったんじゃない」と言っても「言い訳するな」と怒られた経験もあったそう。


そんな記憶もよみがえり、今回は本当に自分の手が震えてだけではなく、息が吸えなくなってしまっていたそうで

自分から「少し休憩させてください」とその場から離れることはできたそうだが、

業務に戻るとパニック障害のような症状が出てしまい、「もう無理だ」と心がストップ。

 

数週間休んだ後。5月

 

上司が間に入ってくださり、先輩からの攻撃を受けないように配慮していただき

なんとか復帰できたけど、
 

身体のしんどさは完全には回復しておらず

2日出勤したら1日休み、3日行ったら2日休む——
そんな状況。

 

眠れない、吐き気がする、食欲も落ちていたし、めまいも続いていたので
通院を続けていたけど、「また引きこもりに戻ってしまうんじゃないか」という不安が私の中にもあった。

 

 

だから私は、少しでも「役に立ってる」と感じてもらいたくて、
5月の熱海でのベリーダンス発表会で、撮影係をお願いしました。

 

 

撮影係という役割を通じて、
「ありがとう」と言ってもらえることで、息子も少し自信を取り戻してくれていたラブ
 

先生やベリーダンス仲間にも本当に感謝しかありません泣くうさぎ

本当にありがとうございましたラブラブ

 

 

仕事はしんどいかも知れないけど、こうやって趣味(カメラ)が誰かの「ありがとう」につながる事もある

ということを息子に話し、気持ちを切り替えてだんだん職場復帰も完全に戻りそうになってきた頃

上司から「障害者雇用の子はルームサービスには出せない」と告げられた。

 

この事実が、接客がしたい彼の最後の希望を打ち砕いたんだと思う。

 

 

窓もない職場で、お客様と話すこともできず、
ただゴミ捨て・ワゴン下げ・後片付け・食器の準備だけを繰り返す。

 

どんなにエレベーター前やフロアにワゴンがたまってても

おしゃべりはしてても先輩方は手伝ってもくれない。

 

上司がいない時は先輩に怒鳴られる日々。

 

「ここで働く意味があるのか——」

 

彼は絶望したと言っていました。

 

そんな職場なので、人材の定着力は低く

体調壊してやめてしまう人も多く

またその分仕事が増えてしまう。

 

人手不足の現場で、
先輩たちは、みんなイライラしてお互いに当たり散らしていて、上司にまで怒鳴り込んでいく人もいたそう。

 

わからないことを人事に聞きに行けば

「そんな事くらいで聞きに来ないでください」と言われたり…
 

そんな環境も彼には辛かったんだと思う。

 

(ただ、これは息子の話で私は見ていないので、どこまで本当かもわからないです。息子にはこう感じられていた。ということです。)

 

 

6月に入り

彼は頑張って出勤したけれど、息ができない状態で早退が続き、

自分のスマホのパスワードがわからなくなって押せないくらいにまでなっていた。


ついに通院で「適応障害」と診断された。

 

転職も考え、探していたのだけど

「今は次の仕事を探さず、まず心の安定を図りましょう。これは“心の風邪”だから、早めに休んで治そう。」

そう病院の先生にも言われた。

 

 

でも、
「ゆっくり休む」その“時間”こそが、息子には逆効果だった。

 

不安と、持て余した時間、4〜6月

そこでまた課金に走る日々が始まってしまってた。

 

 

4話から、息子の自立への道のり〜を書いていこうと思います。

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

下矢印ブログを書いた人

美と癒しを求めるあなたを狙いうち(笑)

心も身体も、自分史上最高の輝きをキラキラキラキラキラキラ