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9月に入って、暑さが戻ってきた感じですね。それでも風は、涼しいのがうれしいです。
さて近年、日本社会において「生きづらさ」がよく語られるようになりましたが、この「生きづらさ」という言葉が私にはいつまでもしっくりこないのですが、それはなぜなんだろう?
・・・という問題意識を、今日は掘り下げてみたいと思います。
日本という国で暮らすのに、これだけの人たちが「息苦しい」と訴えている現状があって、その「息苦しさ」を改善する方向ではなく、さらなる「空気」という同調圧力が席巻し、社会に「合わせられない」私のような人間は「非国民」である気にさせられることを毎日実感します。
小さい頃から、私は“同質一律”を求められる日本社会に、適応障害でした。
しかしそれは私自身の「生きづらさ」というよりも、周りに「合わせられない」ことを問題視し、同調圧力を強要する日本社会の方が私にとっては異様なのであって、
根本的なところでは、私はマイワールドに生きているので、同調圧力は死ぬほどうっとおしいけど、それさえなければ別に「生きづらく」もないのです。そもそも周りに「合わせよう」という発想がないから。
自分は日本社会で求められるタイプの人間でないことは自覚してるけど、だからといって自分が間違っているとも思っていない。私が絶対に正しくて、世の中が自分と同じ考えの人だけになって欲しいとも思っていない。
私が欲しいのは「違う(being different)」ということをお互いに尊重することであって、日本社会に受け入れられること(being accepted)はそもそも求めていないのです。
この私が求める「boundary(自他の尊重)」と、日本社会という「枠内」における調和(blend in)を前提とした「生きづらさ」という言葉の持つ暴力性の違いに、皆さまは気が付かれましたでしょうか。
私は自由に好きなように生きていたいから、周りも好きなように(「枠内で生きる」という選択肢も含めて)生きればいいと思っているし、
周りからいろいろ言われないで、ただ放っておいてほしいだけなので、
「生きづらさ」という言葉から感じるのは、日本社会に「合わない」ことがそもそも問題とされていて、「適合する方法」を見出すことを推奨されているような感じがするからなのです。
「生きづらさ」という言葉から、私は日本社会の「同調圧力」を嗅ぎ取ってしまうので、もうこの言葉は使わないでおこうと決めましたが、
「個」の違いを認め合うか、「個」を薄めて全体に溶かすか。私は絶対に自分の「個」が薄まりたくないし、そんな自分が日本社会に溶け込めないことも思い知ったから、溶け込みたいとも思っていない。
私は「日本社会の“枠内”で自分が生きやすいポジション」を見つけたいと思っていないのです。この社会に、そんな場所はないと、長年かかってようやく気が付いたから。
なので既に「枠外」で生きているし、その「枠」の内側には決して近付かないし、外で楽しくやっているので、中に入れてくれなくても全然大丈夫だし、「枠に入れ」「何を勝手なことをやってるんだ」とか、余計なことを言わないでほしいだけ。
ものすごく簡単なことなのに、なぜこの「棲み分け=平和的共存」ができないのかと、不思議でたまりません。
日本社会に合わせるのは、そもそも無理だという人たちが一定数いるわけで、その人たちが「いかに社会に溶け込めるか」を心配するのではなく、「いかに好きなようにのびのびさせるか」を考えてほしいと思うのですよ。
私は同調圧力さえなければ、日本はわりといい国だと思うし、
別に同調圧力でお互いを監視し合っている“監獄コミュニティ”に入ろうとも思わないし、その中にいる人たちは自分が選んで入っているんだから、その選択を尊重したいと思っている(正確には、単に関心がないのですが)。
私にとって、日本社会の枠内で生きている人たちは、枠内で彼らが生きている限り“脅威”でもないし、存在すら意識に上がらない。
彼らの自由意思と選択を尊重しているし、他の誰かがやりたいようにやっていることを、批判することもしない。自分のboundaryに侵入されない限り。
なのに、なぜ自由にのびのびとしていると「和を乱す」と批判されるのかが分からない。その「和」の中に、私はそもそも自分が入っているという意識さえないのに。
スケープゴートがいなかったら、精神的に不安定になるような「枠内」で互いに監視し合っている方が、よっぽど狂ってると思う。
好き嫌いの激しさを、私は悪いことだと思ってないし、むしろ「個性」があらわになる大事なポイントなので、
「好き嫌いはいけません」と言う人たちは、自分がそうだからと言って、周りに「好き嫌いはいけない」という自分の好みを押し付けることさえやめてもらえたら、その違いを尊重しながら、お互いに距離を置いて平和を保ちたいと私は思っている。
内ゲバで“刺し合う”分には、それが彼らのコミュニケーションスタイルなのだろうと、距離を取りながら尊重している。お互いに刺し合って、「そして誰もいなくなった」となってくれたらいいなと、内心感じることは時々あるけど。
しかし自滅する前に、彼らは批判の矛先を「枠外」の他者に向け始めるのですよね。
あれは生存本能なのか、外に敵を作ることで一致結束して、その“束の間の平和”を作り出したいのか、深くは考えてなさそうな気もしますが、無意識にやってくるのが怖いところ。
自分が「好き嫌いはしない」タイプなら、自分でそう決めて、自分だけで黙ってそうしてればいいものを、なぜ「好き嫌いって、しない方がいいんだよね」といちいち確認し、周囲に同意を求めて回るのだろう。
私のように、好き嫌いの激しい人間がいたとしても、内心「バカだな」と思ってくれて全然構わないけど(because it's vice versa)、面と向かって「あなたはおかしい」と言わないといけない必要性を、私は感じない。
そんなふうに、自分の信じる価値観と違うというだけの理由で、他者を「間違っている」「おかしい」と思想の“矯正”を強制してくる方がずっと変だし、迷惑だと思うから。
自分から敵地に乗り込んでいって攻撃することはしないけど、自国領土(boundary=自他の境界)を守る戦いに、終わりはありません。
自分の国境は、全力で守る。私は自分から他国(他者)を攻撃することはありませんが、私のboundaryに侵入されたら、全力で自衛権を発動します。
国境意識の薄い人たちは、国境線を平気で踏みにじる傾向があるので要注意ですし、数の力で同調圧力を押し付けてきたら、そんな暗黒な場所からは、さっさと逃げたらいいと思います。
いま傷ついていたとしても、世界は広いから、絶対に自分が居心地のいい場所が見つかるよ。
人間不信の極みで、引きこもってた私も、楽しく過ごせるようになってきたし、元々マイワールドで楽しく生きていた(and there's no problem about it)ということを思い出したの。
ただこれは、大人になった私だから言えることで、10代の子たちには、そこまでの強さと独立を求めるのは酷というものだから、
傷ついた心が癒えるまで、自分の世界が確立するまでのしばらくの間、そんなふうにマイワールドで楽しく生きている人たちがいる安心なスペースを創りたいなと思う。
私は勉強と学ぶことが大好きだから、「好きなこと」には勉強も入るので、マンガや本がいっぱいあって、手に取って自由に読みながら、
関心のあることを時間に制限なく追求できて、「なんで?」と聞いても、一緒に考えてくれる面白い人たちがいる、そんな学びの場があったら、楽しいと思うんだ。
いわゆる「フリースクール」みたいなものだけど、この先、日本語しか話せないというのはリスクでしかないので、英語も学べるインターナショナルな学び場。
そういうところなら、いま学校に行きたくない子たちも、怖がらずに出てきたいと思えるかな?
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