マイケル・ジャクソンが亡くなってからというのもの、マイケルを聴く時間が圧倒的に増えました。今宵もそうです。
レイ・チャールズやジョージ・ハリスン、ジェームズ・ブラウン、忌野清志郎なんかが亡くなったときもここまで「浸った」感じはありませんでした(誤解なきよう申し上げておくと、ジョン・レノンが亡くなったのは10歳の時だし、彼らのことは大好きですヨ♪)。改めて自分の中での彼の存在の大きさに驚いています。
先日など、フルヴァージョンの「BAD」のプロモヴィデオ(マーティン・スコセッシ監督)を久しぶりに見て、改めてこの曲を何度も聴いている次第です。これってスゴイですよね。というか、本来、プロモヴィデオの目的ってこうあるべきだと思います。その映像を見て聴きたくなるという・・・。そういう意味で、マイケルはやはり超の字がつく一流デス。
ちなみにこのアルバムは高校生の頃にリリースされて、修学旅行のウォークマンでずっと聴いていたものです。退屈なバスや新幹線の移動中、自分を慰めてくれていたものです。タイトル曲は繰り返し聴いたものです。
前に書きましたが、社会人になってからは、ストレスを抱えて帰った夜にマイケルをよく聴いていました。彼の放つエネルギーが自分の「怒」のそれとかなり一致していたからです。高校生の頃にはそういうこと、ありませんでしたが・・・。
今は彼がいなくなってしまったという「何か」を埋めようとして聴いているのかもしれません。もちろん、亡くなる前も今も、彼と自分の距離なんてたいしてかわらないと思うのですが。
とにかく彼がいなくなって寂しい。
今日は「BAD」(Michael Jackson)がよかったです。この曲を聴くまで“Bad”に「一流」なんて意味があるのを知りませんでした(そう知って聴くと“Who’s BAD?”というフレーズ、意味深ですよね・・・)。それと最初、この曲はかのプリンスとデュエットするはずだったというのも後になって知りました。