声の大きい、小さい・・・ | 虚空のスキャット

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自分のことは棚に上げてココロの思うまま、スキャットの如く、愛こそはすべて・・・の精神で綴っていきます。

時々思うのだけど、声の大きい、小さいってありませんか。そのヴォリュームそのものよりも、発言力の大きさというか。
例えば同じ「おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの」というセリフも、のび太が言うのと、ジャイアンが言うのではなんだかその重みが違うというか・・・。
職場なんかでもそういう発言力の大きい人、小さい人、いますよね。自分は後者の部類に入りますが。
ちなみにボクは結構、忘れっぽい。というか、ヒトの話を聴いているようで全然、聴いていなかったりする。特に仕事を離れているとその傾向は顕著になるのです。
カミさんに怒られることもしばしば。
例えばオフの前の晩に、カミさんから「明日はコレコレして、ドコソコへ行きます」と言われていて、そのときはヘッドフォンの音楽を小さい音量で聴きながら、PCをいじりつつ、多少、前傾姿勢になって「ハイ」という返事をしているのだけど、翌朝にはすっかり忘れている・・・なんてコトが前は(今も?)多かったものです。
そうすると当然ですが、カミさんは血液を沸騰せんばかりに怒ります。「昨夜、言ったでしょ!」
その段階になって「ああ、そういえば・・・」とこちらはなるのです(思い出せないことも多々、ありました・・・)。
しょうがないじゃん・・・と反射的に言っても(悪いのはこちらなのだと十二分にわかってはいます)、それはカミさんの怒りに「火に油を注ぐ」以外のなにものでもないのです。そんなことはわかっているのですが・・・。でもわかっちゃいるけど・・・なのデス。
そういうときに当然、カミさんは同情なんてしてくれません(今は多少、してくれますが・・・)。
もう、そういうときのパターンは映画の「寅さん」と同じです。
設定が違う、マドンナが違う・・・でもストーリーはどことなく似ていて、結末はいつも同じ。そして出だしの音楽はいつも一緒・・・。
ボクはそういう忘れっぽい人間なんだ・・・と何度、口にしようかと思ったことか。でも、返ってくる答えがわかっているので、言えない、言えない。悪いのはこちらデス・・・。
あるとき、ボクが「しょうがないじゃん・・・」とボソっと言ったら、「何を!」と言う感じでその何十倍もの「お説教」が返ってくる。もちろん、こちらはそれに対して、ゴモットモ・・・と前傾姿勢になるしかない。そこには何万台もブルドーザーをつぎ込んでも埋め尽くせないミゾがあるような気がします。
仮にボクの後ろにギリシャ悲劇にあるような合唱隊が控えていて、「忘れるのは仕方ないではありませんか」と唄ったところで、カミさんの後ろに控えているそれが「いいえ、それはたかが昨夜の話。そしてそれに立ち向かうのがヒトの性!」と唄い返されてしまいそうな気がスル。
そして、ボクの合唱隊は目の前にいる合唱隊にビビって声が小さく、熱意もないような気がします。
もちろん、完全無欠にやればそれでいいんだけど・・・って言い訳ですよね。
今日は「Don’t walk away」(Michael Jackson)がよかったです。