
HbA1c⒍4と水泳を始めたこと
今日のエントリは私事ではあるが、精神科にも少し関係する内容である。
2026年の4月の初め頃、血液検査をしたところ、なんとHbA1cの数値が6.4と過去最悪であった。僕にとってかなり衝撃的な数値である。
このHbA1cであるが、その日、その時間の血糖値ではなく、数ヶ月の長期の血糖値を反映する数値である。つまり日常の血糖値を推しはかる方法として紛れは僅かである。
HbA1cは概ね⒍2が正常上限とされており、⒍5以上になるとほぼ糖尿病である。すなわち⒍4は正常範囲ではなく、かと言って糖尿病まではないかもしれないが、後がない崖っぷちと言えた。
なぜこうなったかと言えば、あの重い風邪と関係がある。以下参照。
普段、摂取カロリーに気をつけているが今回咳が止まらず、カロリー制限のために風邪が治らないのかと思い、努めてカロリーを摂るようにしていたのである。その結末がこれであった。
過去の記録を見ると、2019年5月のHbA1cは5.8だった。その後、じわじわと上がり始め2021年9月に6.0まで達したため、少し慌てて酒と食事をセーブし2022年12月には5.7まで下がった。
その後、やや気持ちが緩み毎日ビール、日本酒、焼酎飲んでいたところ、2024年5月に正常上限の6.2まで上昇した。当時、かなりの量を飲んでいたわけではなく、ビールなら350mlの缶を1本、日本酒、焼酎もコップ1杯までだった。(併せては飲まない)
運動は雨の日以外はネコがいる散歩コースをダラダラ歩く。あまり身体に負荷をかけておらず最低限の運動量である。
今回、6.4で衝撃的と書いているが、6.2の時もかなりショックを受け、禁酒に加えおやつも禁止した。その後、満を持してちょうど2ヶ月後に再検査したのである。
その結果だが、あれほど節制したのに6.1までしか下がっていなかった。期待が大きかった上、節制した話をしていたので、看護師さんから「先生、気持ち下がりましたね」と言われてしまったのである。
HbA1cは長期の血糖値を反映するため急には下がらないと思ってはいたが、2ヶ月経てば6.0くらいには下がるのではと楽観していた。全く当てが外れたのである。その後、そこそこ節制していたところ、2025年3月には6.0まで下がった。
6.0まで下がると安心し飲酒もするし、おやつなども食べるようになった。
余談だが、HbA1cは糖尿病の診断がないと検査できない。つまり糖尿病の疑いでは検査ができないのである。少なくともうちの県ではそのような査定基準である。そのため僕はいつも健康保険を使わず自費で検査している。
なお、精神科ではHbA1cを糖尿病ではない患者さんも処方内容により検査することがある。ジプレキサ(オランザピン)とセロクエル(クエチアピン)は、糖尿病に禁忌とされており、また糖尿病ではない人に長期投与した場合、血糖値が上がりHbA1cが上昇してしまうことがある。これらの抗精神病薬を処方中にHbA1cをチェックすることは、スクリーニングとして優れている。これはレセプトにコメントすれば査定されない。
ジプレキサ、セロクエルに加えて、うちの県ではエビリファイ(アリピプラゾール)もHbA1c検査が可能である。エビリファイは糖尿病に禁忌とされていないが、添付文書には高血糖を来すことがあると警告されており、このスクリーニングのためにHbA1cを検査するのは理にかなっている。ただし、この辺りは都道府県により査定ラインが変わるかもしれない。(ローカルなものかもしれないと言う意味)
話が戻るが、今回4月に6.4まで上がった時、長患いの風邪がまだ収束してないのに、血糖値まで上がってしまったことにショックを受けた。そこでまず昼食を抜きにし、おやつも禁止して、禁酒もすることにした。当初は運動の量は変えなかった。
この時、気付いたことだが、昼を食べないことは慣れると全然大丈夫である。禁酒も以前もよくしていたためか全く問題ない。だいたい僕はお酒はそう美味いものではないと思っているのもある。
まず思ったことは、アルコール依存症ではない一般人が酒を飲まないストレスと、タバコを吸う人がタバコを吸わないでいるストレスは桁違いではないかと。
つまり、禁酒より禁煙の方が遥かにストレスフルのようには見える。
また、食事はお菓子でも少しでも食べると食べたい欲求が出るが、全く食べないとそこまでストレスにはならない。少なくとも僕はそうである。朝夕は何がしか食べているのに不思議なことだと思った。同時に、こんな風だからこそ、拒食タイプの摂食障害の人は、悪いサイクルにはまっていくのだろうと思ったりした。
このようにまずカロリー制限を始めたが、これくらいだと多少はHbA1cは下がるだろう。しかし今回、肝に銘じてもう少し減量に踏み込みたいと思った。既に崖っぷちにいるからである。そこでスポーツクラブの会員になり水泳を始めることにしたのである。
僕はHbA1cが6.4になった時でさえ肥満はしていなかった。むしろ長期の風邪による消耗もあり、普段よりやや体重が減少していた。4月初めは身長179cm、体重78kgほどであった。普段の体重は78kg台で、少し食べる時は79kg程度である。長期の風邪でろくに運動もできず、むしろ普段より食べていたのに78kgなのは消耗していたと言える。
水泳は夕方から泳ぐので、昼食抜きで泳ぐのは流石にまずいと思った。健康のためにやっているのに、うっかり突然死してしまうのはアホである。そこで、水泳をする日は昼食も摂ることにした。昼食を摂らない日は、おにぎりを1つか2つ泳ぐ前に摂る。水泳はやれそうな日は泳ぐと言うスタンスで、泳がない日はお散歩をする。それくらいだと、週に3日くらい泳ぐ感じになった。
1日にどのくらい泳ぐかと言うと、初日に500m泳ぎ、次回700mと徐々に増やして1000m泳ぐようになったが、700mも800mも1000mも大差ないと思い始め、今はいつも800m泳ぐ。時間がない日は500mである。泳ぎ方はクロールと平泳ぎで半々である。時間にして40分から50分くらいで休みつつ泳いでも1時間までいかない。
最初、平泳ぎばかりだったが、PT(理学療法士)の先生にクロールもした方が良いと言われ、クロールも増やした。泳ぎ始めて気付いたが、水泳はお散歩より遥かに身体に負荷がかかる。まさに雲泥の差と言えた。泳いだ後は、数十分ほどストレッチをして帰宅する。
このストレッチが重要で、これをしないでカロリー制限や激しい運動をしていると、ギックリ腰や肉離れを起こし安静にしなくてはならなくなる。ストレッチも毎日していると習慣化し苦にならないし、泳ぐ時、バタ足などがスムーズになるのが良くわかる。
そして、水泳を始めて3週間、つまり月初に検査し同月の月末には、なんと78kgが75kgになったのである。また、水泳を始めていくつか良いことが起こった。
1、立っている時、両足で地面をしっかり踏みしめている感覚の出現。不思議な感覚だが、よく意識できる。これは骨盤とか仙腸関節の辺りに好影響があるのではと思った。
2、肩こりの激減。リボトリールを飲まなくても良くなった。リボトリールを止めると2日位弱い頭痛があったが、すぐに問題なく中止できた。これは僕の患者さんの報告と概ね同じである。(ベンゾジアゼピンの離脱の規模は人による)
3、夕食が美味しい。以前より遥かに味がよくわかる感覚がある。
4、以前より中途覚醒が減少。就寝後3時間くらいで必ず目覚めていたが、もう少し長い時間、5〜6時間連続で眠れる。
5、そして驚いたことに、喘息の様になっていた長く続いた咳が止まったのである。
その後、きっちり禁酒しているかと言うとそうでもなく、普段飲酒しないが、旅行の時だけはビールくらいは飲む。それくらいの緩さである。家にあるビール、日本酒、焼酎はもうどうしようもないので、義兄にあげたりした。
そして5月末には73kg台まで減少。約2ヶ月弱で約5kgの減量を達成したのである。
5kgといえば、生まれたばかりの赤ちゃんより重いわけで、どこにそんな贅肉をつけていたんだろう?と言う感じである。
水泳を始めて40日目くらいに、再び満を持してHbA1cを検査した。体重が4kgは減少していたので内心期待していた。
ところがである。検査結果は6.3と今回も気持ちくらいしか下がっていなかった。
HbA1cは長期的な指標で急には下がらないと言われているが、どのくらいのスパンで下がっていくのかよく知らないのである。検査時期が早すぎたのでは?とは思っているが、少なくとも前回よりマイナスなので、一直線に糖尿病にはならなそうで少し安堵した。
内科の友人にHbA1c、⒍4について意見を聴いた。彼によれば、それくらい水泳していれば、普通に生活していて問題ないと言う話だった。脂肪肝が解消すれば大丈夫だろうと言う。
その友人だが、彼自身が気づいた時には既にHbA1cが9.0を超えていて、今は糖尿病の薬を飲んでいても7.0未満には下がらないと言う。全くお酒が飲めない人で、暴飲暴食もしないのに不思議に思われるが、なんだかんだ家系的なものが大きいのだろう。僕の家系は糖尿病の人は全然いない。唯一、僕のみグレーゾーンである。
HbA1cの数値をどのように判断するかだが、既に糖尿病の人なら、数値の前に3を付け、体温に擬えてその数字で判断する。例えば、7であれば37℃と微熱ギリギリである。友人のように9を超えていたら、39℃以上でインフルエンザクラスの高熱ということになる。
HbA1cの7.0というラインは非常に重要で、7.0を超えない場合、ほとんど合併症が起こらないと言われる。つまり合併症予防の分水嶺的な数値である。
糖尿病になっても節制ができず、高血糖を放置した場合、特に3つの臓器に有害作用をもたらす。どこに病気が及ぶかは個人差がある。
3つの臓器とは、腎臓、血管、目である。腎臓については、現在日本で人工透析になる原因としては糖尿病性腎症によるものが最も多い。血管とは、糖尿病性の神経障害と血行障害のミックスであり、このような悪化で足を切断している患者さんをリエゾンで時々診る。
意見を聴いた友人だが、合併症が目にきて眼球内に注射をしていると言う。とにかく糖尿病は厄介な病気で、節制ができるかなど、個人を試されているような疾患である。
精神疾患を持つ人たちは、飲酒や暴飲暴食のため、外来の定期検査でHbA1cが上昇していることも時々見られる。特にジプレキサ、セロクエルに限らず、体重が増えるタイプの向精神薬を服薬中の人は要注意である。
アルコールが止められず、アルコール依存症のような生活になり、HbA1cが7.0とか8.0くらいを超えたとしても、入院させて病院食だけ食べさせているとあっという間に正常化する。ほとんどがそのような経過なのである。だから家系的に糖尿病になりやすい人と、精神疾患による食生活の乱れで糖尿病域になった人とはちょっと違うのではないか?と感じる。
また、特に内因性精神病の人達は糖尿病により重篤な合併症を発症することがほとんどない。少なくとも、僕の患者さんで糖尿病により人工透析になったとか、失明したような人を見たことがない。
そもそも、例えば重い統合失調症や躁うつ病の人が人工透析に至った場合、定期的な通院も含め処遇に困り絶望的な状況になるが、そのような事態に遭遇しないのである。失明や足の切断も同様である。自分の病院だけでなく他病院でもそうらしいので、滅多に起こらないことなのは間違いない。
だから内因性精神疾患における脳の不調は、単に身体的な不調と質的なものがちょっと違うのではないかと言う印象である。(内因性疾患の特殊性が他臓器にも影響しているのでは?と言う意味)
そもそも精神科医は、日常的に疾患の不平等な側面を診ていることが多い。少し精神疾患から離れたところにも、普通に不平等さが生じていると思ってしまうのであった。
刑務所に勤めていた頃の話
若い頃、刑務所の医務室に勤めていたことがあった。この職場は基本、刑務所内の人(受刑者)に対しての医療なのであまり仕事がない。
死刑でない受刑者はもれなく労働もペナルティに含まれているので、労務中に怪我をすることがある。その点で、精神科医より外科医の方が適していると言えた。労務中に労災的な結構な外傷を負うことがあるからである。
ただし、受刑者には覚醒剤の使用歴などのために幻覚妄想が残遺していることがあり、精神科医はいないよりいた方が良いと言ったところであった。
勤め始めた当初、これほど暇な職場も滅多にないと思うほど仕事がなく、もっぱら精神科関係の本や興味のある論文などを読んで過ごしていた。小此木先生の書籍はこの時期に集中して読んだ。オフの日は大学の精神科医局に行くこともできたので、毎週症例検討会にも参加していた。
当時、症例検討会と言っても、研修医は質問しようにも知識がないので、僕は積極的に質問し研修医をインスパイアするように努めた。今から考えると、まだ卒後7年目くらいだったので、全てのことに通じているわけではなかった。ただし、非常に厳しい職場で3年くらい勤めきれたので、自信だけは持っていたのだろう。この当時のことは以下の記事に詳しい。
医務室には2人のボスがいた。1人は現在の准教授クラスのかなりの経験がある外科医と医師ではないボスである。当時、准教授と言うワードはまだなかった。その頃、現在の准教授は助教授と呼ばれていたので、今の感覚だと混乱する。
ある日、その医師ではないボスに質問した。「無期懲役の人は妙にニコニコしていますね?」
彼は、「それは模範囚でいると、やがて釈放になるのがわかっているからですよ」とやや厳しい声で答えた。
当時、無期懲役でも模範囚であれば比較的短い刑期で釈放されると言う矛盾があった。長い刑期の受刑者との矛盾である。無期懲役囚は、幸運な場合、13年くらいで釈放されることもあると言う話だったが、実際にそのような受刑者がいたのか確かめたわけではない。
当時、死刑ないし無期懲役以外の懲役は20年が上限で、懲役20年とかだとなかなか13年では釈放にならないと聴いた。それを聴き、無期懲役とは死刑の一歩前ではなく、どちらかと言うと不定期刑に近いのか?と思ったほどである。
この矛盾はその後、批判もあったのか改正され、今の無期懲役刑は海外で言う終身刑に近いものとなっている。特に死刑を求刑され、かろうじて無期懲役になった受刑者はまず釈放されない。
死刑は死を持って罪を償うため作業をする義務がないが、無期懲役は刑務所内の作業も付いている。実は無期懲役的な処遇のうち「無期禁錮」なる刑もあるらしい。これは作業の義務がないが、独房の中で運動ができず、いつも看守に監視されているため、無期懲役よりストレスがかかると思う。なお、無期禁錮は内乱罪、爆発物使用罪、爆発物使用未遂罪などの特殊な犯罪に対する刑であるため、この刑に処された人は未だいない。
なお、刑務所での医療業務だが、受刑者は医務室の医師に対してリスペクトがあり、非常に従順で仕事はしやすい。それに比べ、刑務所職員に対してはあまり快くは思っていなかったようである。実際、釈放後、特定の職員に対してお礼参りしかねない受刑者は、その受刑者の出身都道府県まで連れて行き釈放されていた。
僕は県外の関連病院から刑務所勤務に異動したこともあり、住居を探す時間が十分になかった。そのようなこともあり刑務所に勤める職員の官舎に住むことにした。その官舎はすぐに刑務所に行ける距離にあり、歩いて通勤できるのも良かった。当時、まだ独身だったし転居してから気に入ったマンションを探せば良いと思ったのもある。
まだ携帯電話が一般化しておらず、携帯電話を持っている人はほぼいなかった。その携帯電話とは、トランシーバーのような大きさなのである。実はポケベルは既にあったが、刑務所は医師にポケベルを持たせると便利と気づかなかったようである。以下は、ポケベルの話。
僕が刑務所職員の官舎に住んでいたため、刑務所の医務課の夜間の担当職員はかなり助かったと思う。なぜなら何かあった時、僕の固定電話に電話すれば、すぐに来てくれるからである。夜間に呼ばれると言うのは、大変な事態が起こっていることを意味する。
刑務所での業務は、普通の精神科病院とは全く異なるストレスがある。例えば、医務室の机の上には向精神薬を含め薬剤の薬価が記載されている。年間の医療費の予算なるものがあり、なるだけ安く治療せねばならない。この時、ドグマチールが飛び抜けて高価な薬剤なのを知った。
計算してみると、受刑者1人あたり年間5000円しか予算がなかった。この額は基本、健康な人たちなので十分に思うかもしれないが、刑務所内で大きな怪我が何回かあると全然足りない。この処遇を考える時にストレスになるのである。その理由は、他科受診が必要だからである。もちろん健康保険などない。
受刑者を病院受診のために刑務所外に出す時は、必ず看守が数名付き添い同伴する。無期懲役クラスの受刑者がそのような機会に脱走したら大事件である。
明らかに骨折している時は、看守が付き添うのは当然の状況だし、職員もそう思うのでまだ良い。例えば受刑者が、強く頭部打撲していて大丈夫の可能性が高いが、CTを撮った方が良いと思われるケース。これは、もしCTに問題がなかった日には、有限な医療費を無駄遣いしたと言う敗北感が半端ない。
刑務所に勤め始めた当時はそうでもなかったが、時間が経つと、これほどまで暇な職場と、普通とはある意味逆のストレスなどから、自分にとってマイナスにしかならないと思うようになった。
最も重要なことは、精神科医としてスキルの点で上積むことなど出来ないこと。そこで僕は1年で辞めることにした。
結婚当時、嫁さんの家族は刑務所に勤めている精神科医師と結婚したイメージだったらしい。ところが、結婚した途端に刑務所を辞めると言い始めたため、嫁さんの父親と兄が驚いて僕に聴いた。なぜ辞めるのか?と。
僕は、「刑務所は全然面白くないから」と即答した。
彼らは一瞬、会話が止まり、お互い顔を見合わせ、2人で笑い始めたのである。
参考
白ネコとヤマアジサイ
ネコおばさんからカリカリを貰っている白ネコを撮影。向かって右耳がカットされているのでメスネコである。
この辺りのノラネコはブチネコとキジネコが多い。白ネコは少なく、2〜3匹くらい。この白ネコは見事に真っ白である。
周囲はシロツメクサが多い。あまり知らないネコで多少警戒感がある。名前はまだないと言うか今後も多分ない。
最初の写真に似ているが、ちょっと違う。足の位置に注意。
見慣れないアジサイだが、ヤマアジサイらしい。青の小さい花を白い花が囲っている。なぜここにヤマアジサイが咲いているかと言えば、すぐ近くを小川が流れているから。
ヤマアジサイは山の中の沢の近くに咲くらしく、サワアジサイとも呼ばれる。
再び小顔の人。何か見つめているが、このような時、小さいトカゲのような小動物や昆虫を見つめていることが多い。
周囲にはシロツメクサが多くあり、ネコの前にピンクの小さなお花が咲いていることに注意。
邪魔すると悪いので、そのまま近寄らず。
何を見つめていたかわからなかった。
少量処方の妙と周囲からどう見えるか?
ルーラン1mgの世界という2008年の古い記事がある。これはルーラン1mgが精神症状に効いているという内容で、短いので全文を記載する。↓
今、外来で何人かアスペルガー症候群の患者さんを診ているのだが、おおむね治療は順調である。この中ではルーランを1mg併用している人が2人いて、けっこう良いみたい。ルーランは強迫、こだわりの強い人には良い上に意欲を出す面があるので、そこが合っているのだと思う。
2人はルーラン以外にも抗精神病薬を併用しており単独の効果ではない。しかし1人は1mg追加して、もしかしたら何も関与していないのかも?と思ったので、中止したら元に戻ったようになったので、やはり病状に関係しているとしか言いようがなかった。
実はこの2名以外にも(他の疾患で)ルーラン1mgの人が何人かいて、この人たちもけっこう良いみたい。ルーランを1mg処方する場合、4mg錠を4つに割って処方している。ルーランは4mg錠が24円くらいなので、1mgでは6円ほど。新しいタイプの抗精神病薬で、このような安価な薬はそうそうないと思う。1ヶ月服用してもルーランに関しては180円しかかからないから。
最近、またルーラン1mgで面白い経験をした。その若い女性患者さんは書くとけっこう長くなるので、いつかエントリとして取り上げたいと思っている。今の処方は、
ルーラン 1mg
リスパダール 0.5mg
なのであるが、僕は、
ルーラン 2mg
リスパダール 0.25mg
がベストのような気がしている。治療の過程で、どうしてもリスパダールでしかまとまらないような気がしたので泣きたくなったが、ルーランも良いようなので、この処方で将来的にルーラン単剤という含みを持たせた形になった。現時点で、ルーラン単剤は怖すぎる。
この子は一時リスパダール1mgで治療していたのであるが、これだけで急速に陽性症状が消失してきた。しかしリスパダールだけだとひきこもりになり、外に出られない。ルーラン1mg、リスパダール0.5mgにしただけで、広場恐怖的な点が改善し、アルバイトに行けるようになったのである。
以上、転載終わり。
この向精神薬の微量投与だが、エビデンス的には「極めて低い」を通り過ぎて、エビデンスがないに等しいが、例えばリーマスの1mgなどは臨床医により試みられたりしている。ルーランは流石にマイナーな非定型抗精神病薬なので、同じことをする医師はほぼいないと思うが、リーマス1mgはそうでもないのである。
ルーラン1mgと同様なエビデンス皆無な微量処方として、
ドグマチールの微量投与
レキサルティの微量投与
ジプレキサの微量投与
リーマスの微量投与
ラミクタールの微量投与
リスパダールの微量投与
ロナセンの微量投与
などがある。他にもあるかもしれないが、これくらいを挙げる。
なお、このような微量投与の難点は他の医師が試みても再現性が乏しいこと。向精神薬の経験的なものが関係するし、かと言って何十年も精神科医をしていても出来ない人は出来ない。
28歳頃、ドグマチールの10mgくらいの微量投与を見たことがあった。ドグマチール(スルピリド)の最少の剤型は25mgなので10mgは細粒でないと処方できない。当時、その医師が何をしているかよく理解できなかったが、後になるほどと思うようになった。
本来、抗精神病薬はD2の遮断が十分にできる用量を考慮し、適切な用量の範囲が添付文書に記載されている。この視点だと微量投与はあり得ない処方で、効くわけがない用量である。
微量投与について精神科専門の薬剤師と話をすると、この定石的なことを背景に議論になるので、「この医師はわかっていないと言うか、向精神薬を勉強していないですね」と言う話になりやすい。
これがタイトルに挙げた「周囲からどう見えるか?」のひとつの光景だと思う。
リエゾンで病棟薬剤師と話をしていた時、僕は全ての薬剤師からリスペクトされていたので、あまり変に思われなかったが、彼女たちの質問には微量処方を試みる前提から話す必要は生じた。
上に挙げた非定型抗精神病薬の微量処方は、そもそもD2遮断目的で処方していない。上のルーランで言えば、D2以外のレセプターへの影響を考慮して処方している。以下の記載にそれが表現されている。
ルーランは強迫、こだわりの強い人には良い上に意欲を出す面があるので、そこが合っているのだと思う。
抗精神病薬をD2以外のレセプターを考慮して処方すると言うことは、幻覚妄想の治療を目的としていない。同じようにリーマスの微量投与は抗躁をターゲットにしていない。リチウムイオンが漠然と精神を安定させると言うものがあると思うが、それ以外の詳細不明な要素も関係している。
微量投与を行う場合、基本、他の薬がほとんどなくほぼ単剤であることが望ましい。もし一定量の抗精神病薬が既に投与されている時、更に微量投与しても、大海に塩を撒く結果になりやすい。
ただし、微量投与+微量投与はあり得なくはない。例えばレキサルティ微量+リーマス微量。
抜粋した記事でリスパダール+ルーランが挙げられているが、この2剤はレセプター的なターゲットがほぼ異なることで立体的な薬理作用が成立している。
微量投与の良い点は、副作用で困ることがほぼないこと。微量だとラミクタールでさえ中毒疹を避けやすい。
従って微量投与を試みるケースは、薬に極めて弱く副作用に敏感な発達障害系の人、(不登校などの)子供、あるいはリエゾンで診る極めて弱った高齢者などである。
余談だが、中井久夫先生は微量とはまた違うと思うが、かなり処方用量が少なかったと言われている。僕がまだ駆け出しの頃、これを聴いた時、少量処方が奏功するのは中井先生の精神療法が凄いからだろうと思っていたが、それもあるが、おそらくそれだけではないのである。
少量処方や微量処方が奏功するためには、オカルト的に言えば、オビ=ワン・ケノービの言うフォースのようなものも必要だと思う。
長期入院と空き巣
精神科に限らないと思うが、1人暮らしの高齢者が長期入院する時、家に誰もいなくなるので空き巣のリスクがある。地方では今の高齢者世代は、マンションよりも一戸建てに住む人の方が多いので尚更である。
ある時、僕の患者さんが数ヶ月入院した際に空き巣被害にあったことがある。家族はいるが遠方で滅多に帰省できなかった。
なんと入院中に1人で泥棒が入り、かなりの重さの金庫を持ち去ったのである。到底1人では持ち去れないほどの重さだったが、その事件の犯人は1人だったのは間違いない。警察官によると、どのように持ち出したのか謎だと言う。
意味は違うが、火事場の馬鹿力と言ったところか。
しかしその金庫にはすぐに換金できるようなものなどなかったのである。その書類的なものは田んぼのようなところに捨てられていた。
結果、金銭的な被害はあまりなかった。
今は核家族で老夫婦ないし単身の高齢者の家庭も多くなっているので、今後、日本の治安が悪化すれば同じような事例は発生するように思う。
余談だが、イタリアでは古い町並みが多く、景観条例のような法律的な縛りで新規に高層マンションなど建てられないことや、平均して治安が悪いこともあり、空き巣が多いらしい。
家の中には、換金しやすい安価でも持ち去られるとまずいものがある。例えばいつも仕事に使うノートパソコンなどである。
そのような時、その家の住人はテーブルの上に封筒に入れた150から200ユーロを置き、これで勘弁してくださいと書いておくらしい。
それだけの被害で済むなら、不幸中の幸いということなんだろう。












