複數傅わることもあり | ricky321のブログ

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底本の違いによって、段のナンバリングが異なる(枕草子)、それから、「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」(百人一首に採用された阿倍仲麻呂の歌)は、紀貫之が、敢えて「青海原ふりさけみれば… 」と変えたこと(土佐日記)も少し前に書いた。紫式部の百人一首の採用歌、「めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半(よは)の月かな」の最後は本によっては‘月かな’だけでなく‘月影’となっているものも多い。半々くらいだろうか。
それから、深養父は元輔の父か祖父かはっきりしていない、ということも書いた。
清原元輔は八十二歳、現役の肥後守、つまり肥後の國司のまま、逝去する。熊本の藤崎宮には元輔の歌碑が残っている。
実は、愚生は「藤崎の軒の巌に生ふる松いま幾千代子(ね)の日過ぐさむ」と覚えていたのだが、これも物によっては、‘いま幾千代’となっていることに気がついた。田辺聖子の本でも今確かめてみると‘か’になっていることにびっくりした。
これはなるほどと思った。もとは假名で「ふちさきののきのいはほにおふるまついまいくちよかねのひすくさむ」と書かれていたのを、後世、漢字を当てはめて詠まれたり(もちろん、元輔は‘の’としたのかも知れない)したことが、複数伝わっている要因だろうと思われる。口伝や写本での伝承だから、書き間違い、覚え損ねもあるだろう。
ちなみに、愚生は百人一首の関連本を
大岡信、橋本武、田辺聖子(二冊)、河出日本文学全集版、織田正吉『絢爛たる暗号~百人一首の謎を解く』、丸谷才一『新々百人一首』と複数持っている。興味を持っていれば、斯くの如く書籍は増える。そして、こういった物を知らずに歌を無理やりひねり出そうとしている人いるのを奇妙に思うし、また、物事をひとつに決めつけることの危険性を感じる。