碧梧桐を貶す虚子 | ricky321のブログ

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この間、不自由のあるもののひとつとして、俳句を挙げたが、此処に書く虚子を意識したわけではない。ただ、制約があるものの代表例として俳句を思い浮かべるのは日本人として不自然なことではないだろう。

19-066『俳句への道』高浜虚子
これはお見事というほかない。
風景を写すのに長い文章で写すことは退屈をするものであります。美しい筆で美しい風景が叙されていても、その中に人間が出て来ないと退屈を感じてくるものであります。…それは三十一文字でもいいのだけれども、十七文字がもっとも適当ではないだろうかと。また、西洋を旅行した上で、気候が温和で家屋の内と外でそれほどの温度の開きが大きくないので、人は天然に親しみながら生活することが出来る。春夏秋冬四時の変化を身近く感じ、これを享楽する心もちになる事が、この自然を愛好し自然を諷詠する俳句という文学を発達せしめたと結論づける。
生活が苦しい、社会現実に失望した、こういう深刻な悲痛な情緒を抱いていたとしても花鳥に心を留めると 忽(たちまち) ちゆとりが出来る。 尠(すくな) くとも諷詠しようとする人の心にはゆとりが出来る。これこそ俳句の面目であると述べている。花鳥風月に遊んでこの人生を楽しむという事は、俳句の生命とする所である。徒らにクヨクヨジメジメして苦渋の人生に執著すべきでない。また、正岡子規については、
絶筆三句のひとつ:をとゝいの糸瓜の水もとらざりきおとといは十五夜、茎を切って糸瓜の水を採るべきひだったが、それも忘れてとらなかったことよ。を引き合いに出して、子規の頭は病気していなかった。健康な頭脳の持主であった。かくあるべし、と説いている。
ちなみに、花鳥を虚子は「季題」「天然現象」「自然」というように、その都度解釈を変えている。
長谷川櫂(かい)の著書にサントリー文芸賞を受賞した『俳句の宇宙』があるが、恐らくこの虚子の本を意識しただろう。高浜が【客観写生】に重きを置き、長谷川は【場】を重要視している。


虚子は、碧梧桐は、俳句が幾多古人の力によって築き上げられた伝統的のものであることを忘れて、それを頭から陳腐だと感じはじめて、二つの大きな性質である十七文字と季題とを、頭から 毀(こわ)し てかかろうとした。ならばそれは俳句という形式でなく、また別の詩歌と呼ぶべきものではないかと親友である碧梧桐を貶している。昭和20年代末期で、碧梧桐が亡くなって十数年を経ている。どうしても自由律というものが許せなかった、と見るべきか、半ば戯れとみるべきか。

先に挙げた『俳句の宇宙』で長谷川は、虚子の二面性を指摘している。弟子であった杉田久女からストーカーまがいの行為をされたことは間違いないようだが、渡仏の時、見送りに来て‘気違ひじみた’態度であったとしているが、実際には来ておらず、虚子のつくり話だったこと。もののあわれを語る風流人である一方で、俳句雑誌「ホトトギス」を権威づけることに熱心だったこと。斯く、矛盾を抱えていた人物であるらしいのだが、それはそれでおもしろい。