日経新聞11月の記事より | ricky321のブログ

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 まず朝日が冴えない。
 自分たち、つまり「左寄りリベラル気取り」に都合の良いように書く。例えばトランプ大統領に根強い支持層がいること、トランプを信じて投票したが、経済が良くなっていないと嘆くラストベルトの住民双方を取材したとする。強調するのはもちろん後者。寄稿者も見新しいことを書かない。連載小説の重松清『ひこばえ』も、朝井まかて『グッドバイ』もちっとも盛り上がらない。

 日経は高いクオリティを保っている。丹念に取材していることは言うまでもなく、各界から非常におもしろい寄稿がある。
 編集上の問題はさておき、ラックマンのコラム記事は洗練されている感じがする。
 ※以下の引用は程々に要約してあります。悪しからず。
 世界中の人々は、(サウジアラビアの殺害された)カショギ氏のような勇敢なジャーナリストの運命を目の当たりにして、身震いを禁じえないだろう。米国でいかに状況が悪化しても、ロシアやサウジ、トルコほどのレベルにはならないと思うだろう。しかし、(ホワイトハウスで記者証を取り上げられたTV局の)アコスタ氏の一件は、そこに影を落とす。厄介と感じた記者を排除するのは、中国のような独裁国家の常套手段である。香港では報道の自由があったのだが、中国の弾圧が始まろうとしている。苦労して手に入れた自由でも腐敗が根付けば、たちどころに失われてしまう。(15日)

 ウイルソン大統領は国際連盟という高邁な理想を掲げたが、上院でロッジ氏らの反対によって加盟を果たせなかった。ロッジ氏は米国第一主義と、移民受け入れに反対の立場を取った中心的存在で、これを100年後の今日、トランプが受け継いで、ナショナリズムに回帰している。(8日)

 25日の文化欄、僧侶で芥川賞作家の玄侑宗久の寄稿も興味深い。
 地方出身の孤独な若者たちのコミュニケーションの場であった寺院や教会がネット社会の登場で不要になってきた様だ。宗教は外部との遮断によって内部に霊的なものが生まれ育つ部分が否定できない。昭和においては、美空ひばり、石原裕次郎、長嶋、王といった個人が巨大化していったのだが、ネットが普及した平成では小粒になり、SMAP、嵐、AKB、モーニング娘。のようにグループと化した。アイドルグループには宗教的意味合いもある。スマップの解散と、天皇の譲位が重なって見える。
 これは私の見解だが、一遍上人の踊り念仏や、江戸末期の「ええじゃないか」に通ずるものがあるのではないか、と思う。