政治と相撲と忖度と | ricky321のブログ

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 政治の空気はチッソとサンソとウソからできている、と揶揄したのは池澤夏樹だが、まさに先日二階幹事長が新内閣に関して「適材適所、各々の部署にスペシャリストが配置できた」と言ったのはあきらかに建前。自民を賞賛する右寄りのマスコミでもとうに承知の上。適当に派閥勢力を斟酌ながら当選回数などに応じ大臣席を分配したに過ぎない。政策ではなく、人事体質が保守的なのである。
 保守的なのは相撲界も同じ。「年寄が存在する五つの一門のいずれかに属することを義務付ける」という規則は何かおかしい。おかしいような気もするが、相撲取りはどこかの部屋に所属しなければならない。そうでないと稽古はもちろん、しきたりを学ぶことも髷を結うこともまわしを締めることもできないようになっている。自民の初当選議員も似たようなものだろう。
 前置きが長くなったが、(力士を束ねる相撲界とは別に)相撲社会から、一般人が学べきことはないだろうか?

 熊本には「華花(はなはな)」という居酒屋のチェーン店がある。そこで働くK君は身体が普通の人に比べ、二回りは大きい。かといって脂肪で太った身体でなく、筋肉質だ。身のこなしも敏捷で元力士だったことはうかがえるし、本人も出羽海部屋に居たと、客に訊かれれば答えている。暇そうな時に、刺身盛り合わせを持ってきてくれた K君に、相撲部屋のことについて話を聴かせてもらった。
 「親方は気さくでしたが、目の前にいらっしゃると迫力があって緊張します。一年くらいはまともに口がきけませんでした。それよりも近くにいる兄弟子たちが恐くて、また力も強いし、口答えするなんてとんでもないです。食事の片付け、雑用を済ませて床についても『明日またどんなことで叱られるのかな』とドキドキして眠れません。『相撲で強くなろう』というより『どうやったら怒られずに済むか』ということばかり、稽古場でも部屋でも考えていました。少し慣れてくると、自分より一年早く入門した先輩やおかみさんが、とてもいい相談相手になってくれるんだと気がつき、やっと少し気が楽になりました。床山さんも、僕のことを観察?してくれていて、小さい決まりごとを教えてくれました。『あの時、あんたが○○しないから怒られたんだよ』と諭してくれることも度々で。その床山さんがよく口にされていたのが『忖度しろよ』でした。最初は何のことか分かりませんでしたが、『周りのことを考えなさいよ』という意味だと、段々分かってきました。例えば本場所で自分が勝ちます。でも同じ日に兄弟子が負けたら、その前で喜ぶわけにはいきませんよね。自分だって次の土俵で勝つか負けるかは分かりません。結局、部屋の力士全員が勝ち越して初めて喜ぶことが出来るんですが、まずそんな場所はありません。そもそも自分に負けた相手が怪我したかもしれない。それを最後に相撲を辞めるかもしれない。御家族が見に来られているかもしれない。だから勝っても負けても淡々としているのが一番なんだと思いました。」
 「普天王関の付け人にもなりましたが、自分の相撲が終わるとすぐに頭を切り替えて関取のお世話です。忘れ物はないか、関取は汗をかいていないか、どこか怪我をされていないか…それこそ忖度の連続でしたね。とにかく普天関が取組のことだけに集中していただけるようにしていました。自分が勝った時より普天関が勝った時のほうが嬉しくて…。」

 
 読んでくださっている方には申し訳ないが、太字のところは、小生が勝手にこさえた嘘である。華花というチェーン店は確かにあるが入ったことはない。K君という人も居ない。熊本出身力士ということで普天王こと稲川親方に御登場していただいた。ごめんなさい。ただ、小心な小生が入門したらこんな感じになるんじゃないかと想像してみた。
 相撲は他の競技(という言い方が適当かどうか)と違って封建的な身分の上下がある。関脇が通るときは幕下力士は避けなければならない。強いやつがエラいという反民主主義の世界である。だが、その強い上位力士が威張ってばかりでもいられない。付け人をこき使うのは構わないが、小遣い銭をやるとか相撲を教えるとか、そういうこともやっていかないと人心を失う。つまり忖度することが大事なんじゃないかと。我々一般人も然りである。
 国会の答弁で忖度ということばが出てきて以来、もてあそばれてしまった感じがある。政治の嫌らしさむき出しの場面で運悪く使われただけのことである。あるコメンテーターが「忖度って嫌なことばですね」と、のたまわっていたが、忖度はそもそも悪いことばではない。言っている当の本人だってアナウンサーの話の流れを切らさないようにとか、視聴者に不快な思いをさせまいとか忖度しているのではないか。

 繰り返すが忖度ということば自体に罪はない。それどころか我々は大いに忖度すべきなのである。