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を読んで、そういえば、
最近人に言われる事に対して
「責められた!」
「否定された!」
と思うことが、ほとんどなくなっている事に気づきました。
なぜか??って
考えてみました。
さきこさんの記事を
抜粋します。
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「好きだから」
「一緒に居たいから」
「この先もできれば一緒に居たいから」
「こう伝わっているよ」
「そういう言い方は傷つくよ」
と育みたくて言っているのかもしれないのに
それを2極世界だと
怒られた!
責められた!
としか捉えられない。
やられたもん勝ち技!
犠牲技!
せっかくの世界創造の考え方である
「鏡の法則」「投影の法則」も、
「責められた!」という「負けベース」で使ってしまい、
「勝ち」に持って行くために
「傷つくのはあなたの中に傷があるから!」
「そう受け取る方が悪い!」
の封じ込め技!
延いては
「ありのままの私を愛してないんでしょ!」
「じゃあ居なくなれば!!」
の斬り捨て技!
・・・それが本当の願い?
本当にどうしてもそんな「言い方」が心地よい?
本当に?
それはどうして?
一緒に居たいから、言うんだよ。
大好きだから、言うんだよ。
分かり合いたくて、言うんだよ。
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この部分を読んで、
思い出してきたのは、
勝ち負け世界・正しい間違いの世界だと
「謝る」=「負け」って
なるから謝れなかった。
相手を、お互いの関係性を
大事にするって視点がなくて
自分が負けないかどうか
自分が損しないかどうか
自分の正しさが通るかどうか
外側からの私の評価や
すごく見られているか
そんな感覚で人を測ってたと思います![]()
で、今はそうはならない。
謝れるし
相手の意見を聞くことができるし
じゃあどうするか。
という視点が持てている。
関係性を大事にすることができる。
この違いは何か??
って言ったら
私が等身大の自分で生きるようになったから。
今まで、できないことは
頑張って我慢して克服しなくてはダメ。
一人でやることが自立。
克服して完璧にならないと
幸せになれない、大人とは
そういうものって思ってたから
どんどん「できる私」を目指して
バーっと大きく羽を広げて
出来ないところもハリボテで
大きく見せて、できる風
知ってる風で取り繕っていました。
すごい人に見せる事に必死だったし
そうじゃないとこの世の終わり
くらいに信じてたから、
その状態の時に、例えば
「出来ないことは、出来ないって
言ってくれたらいいですよ♡」
のようなニュアンスで
優しく言葉をかけてもらったとしても
出来ない=ダメ
になりたくないし、指摘・
見破られたら困るから、
バレるのがやましくて
「責められた!」
「否定された!」
「ダメ扱いされた!」
って相手のせいにした方が
都合が良かった感じがしています。
私は、もうそのできる風に
疲れてしまって、
勝ち負け的には負け扱い
になると思ったけど、
世間的に完璧でない自分を認めたら
出来ないことは「できません」
と言えるようになったし
素直に謝れるようになって
怒られたとしても自分を
「ダメだ」と責めないし
それでも怒ってくる人がいたら
距離を取るなり人を紹介するなり
自分や相手に矛先がいかない
「対処」をするかな、と思います。
そうして、自分の輪郭
できる事できない事を把握した
上でのお付き合いは
裸の付き合いのようなものだし
それは誰かに攻撃されるから
危険!と思ってたけど
それは勝ち負けにいたからでした。
本当に今は楽チン♡です。
自分をそのまま認めることが
さきこさんの新刊p.67にある
絶対的な肯定感かあれば
人に合わせられるのです。
この言葉につながるのかな、
と思っています![]()
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参考記事
完璧主義からの設定変更③正しい・間違っているを超えた先にあるもの
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