皆様は、
今月は、どんな、ひとつきでしたでしょう。台風後にすっかり秋めいてまいりましたね。
前回のブログで「始末」について書かせていただきましたが、
今月は、その言葉とも関係するようなひとつきでした。
今月の一日に
藤沢に行ったんです。
その時に主人がこう申していたんです。
「この九月一日は、ぐるっと一回りして、
はじめに戻ったきがする」と。
つまり、何かを終えたという事は、
始末に関係しますよね。
そして、その何日か後にも
ぐるっと一回りして
もとに戻る現象がいくつかありました。
それが幾重にも重なってるんです。
わたくしも、少しスピチュアルノな体験?も、あったので、
あわせて聞いていただきたいです。
今回のブログは、
《「ぐるっと一回り」そして、元に戻った》(アガサクリスティの本の題名のようですね(^-^ゞ)
では、
はじまり、はじまり
九月の一日に、
私と主人とある方と三人で
藤沢に行きました。
前にも、ブログに書かせていただいたとおもいますが、
藤沢は、堀内家の所縁の土地です。
江戸時代から、
いえ、もっと昔に
堀内家のご先祖さまのいた土地。
先祖代々の江戸時代ころからの
お墓もあります。
藤沢市の「名主」というのかしら?
藤沢の宿場町をまとめてた家らしい。
陣屋じんやというのをやっていて、
大名行列をお泊めするのだそうです。
その他に、藤沢の町の取締役をするのだそうです。
主人の祖父が、横浜の港の仕事をしていた関係で、
後継ぎの方にお墓も藤沢のおうちも、
お任せして横浜にきました。
ですから、
祖父の代からは、
墓も他の土地にあります。
しかし、
この、夏なぜか、
藤沢にフォーカスしました。
そのはじまりは、
暑い七月のある日でした。
いつも通りに
午前中の診察を終えて、
片付けをしているところに、
一人の男性が尋ねていらっしゃりました。
大手建設会社の方です。
「なに?マンションの営業かしら?」
でも、営業マンらしくありません。
むしろ、学校の先生みたいな感じの方です。
お話をうかがうと、
今度、藤沢の堀内家のお墓の辺りに
児童会館と老人施設を建てるのだそう。
お墓は、そのままにして
おくけど、
祖父の父親
(堀内松麿さんと言うのだそう)は、
その昔、藤沢市発展に尽力した人だったので、
松麿さんの墓にお参りしてから
工事をしたい。
という話でした。
そして、その事がらみで今回イロイロと堀内家についての歴史を調べているのだとか。
藤沢の堀内家の説明をしますと、
江戸時代から、陣屋を営んでいたくらいなので、本家と分家があります。
いまでも、藤沢には、
本家堀内さんと、
分家堀内さんがいらっしゃるそう。
うちは、どちらにも入りませんけね。
その墓が、ちょっとした小高い山というか、自然林のなかにあるのです。
規模は、小ぶりのちょっとした霊園墓地ですね。
15年前くらいまでは、私も墓参りに行ってました。
「そこに、松麿さんの墓もあるはずだが、よく、わからないので、
どのお墓か教えてほしい」
との事でした。
墓石見れば、分かるのにとおもいまして、
とにかくその件は、
義母にバトンタッチすることになりました。
その日は、義母がいなかったので、
また、出直してもらうことになりました。
帰りがけに、
八月の三日に元町の町内にある
厳島神社の祭があると知ると、
「こうして堀内歯科医さんとも、
ご縁ができたのだから、
建設会社としては、祭に寄付をしないわけにはいかない。
寄付を持参して祭までに、
また来ます。」と言ってお帰りになりました。
藤沢の堀内家の墓ですが、もう少し詳しく説明します。
江戸時代くらいからのお墓の
墓石がずらりと並んでいて、ちょっとした
霊園墓地みたいです。
何十も墓石があります。
墓の土地が
本家と分家(最近は、死語ですね)に別れるように、なっていて、
戦後つくったのでしょうけど、
ブロック塀で囲まれています。
入り口には、鉄の門もついてます。
その、二つのお墓の区画の外に、
ただの漬物石くらいの石が、
墓石のように置かれているエリアがあります。
これも、ご先祖さまのお墓かしら?と以前にお参りに来たときに気になりました。
だれも、お参りしていない感じ。
その時に、その外のエリアの墓について、
義母に聞くと、
「昔の従業員さんのお墓」とのことでした。
江戸時代に藤沢宿で、
陣屋をしていたのなら、
奉公している人も、そりやゃあ大勢いたにちがいありません。
そのときは、「そうなのね」と思っただけでおわりました。
話を戻します。
だるまんの取材の時に、
神社巡りをするときや、
神社でなくても、どこかに出かけるときには、
必ずといっていいくらい晴れになります。ある方に、聞いたところ、
神様が導いてくれているからだそうです。
《この事は、よし!》みたいな太鼓判を押されている感じといったら、良いのでしょうね。
しかし、
神社巡りをするときに、
邪念が入ってしまったり、
ついで詣でをしたりして
これは、どうかしら?というときには、晴れにならないのです。
じつは、九月一日は、その建設会社の方が
堀内家について、調べてわかったことや、
関係のあった神社を案内してくださり、藤沢巡りをしました。
その日は、雨になりました。
どうして?と
主人は、この日の雨が、
少し気になったそう。
そして、その雨に、
ある日の雨を連想したのだとか、
一昨年の暮れに
暮れは、暮れ12月30日に大船の田谷の洞窟に行ったときの雨をはっと、思い出したのだそう。
取材にいくときに、
雨ってないのでその取材も
これが何か、よくないのかも?と感じたそうです。
「その時の雨と、すごく似てる」と思い出したのだとか。
あの洞窟の取材に
良くない事があったのだとおもったそう。その取材の二日後の新しい年は、反転のあった年でしたから、
そのプロローグになってしまったのでしょうね。
そういう、感覚的に、
はっと思い出すというのは、
カレーの香りを嗅いで、
ああ、あのカレーと気づく感じといえは、お分かりでしょうか?
私もあの暮れの雨は、なぜかよく覚えてますね。冬なのに、あんまり
冷たくない雨だったのを
体感として覚えています。
その大船の洞窟の事は、すっかり忘れていたけど、
この九月一日の藤沢とぐるんと一回りした、
と感じたそうです。
つまり、何かが間違ったであろう一昨年の暮れから、一回りして九月一日で、一周したという事になります。
わたしも、どちらの雨もソックリな感じはよくわかりました。
この後に、わたくしは不思議体験をします。
その後の話しというのは、
建設会社の方が今回調べてわかった
堀内家ゆかりの小さな神社に行った時の話。
長くなりましたので、その話しはまた、明日に
持ち越させていただきますね。
では、また明日。
堀内紀子

大船駅のホーム。大船は、我が家の第2のふるさとといっても良いくらいのところ。
私の守護神の御一人は、大船の観音さまと
言われたことがあります。白衣観音というのだそう。