ルシファーの謎 | だるまんブログ

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生きる知恵である陰陽五行についてだるまんと語るブログ。『だるまんの陰陽五行』(三冬社)より発行。

堀内信隆です。
このところ、家内にブログを任せっぱなしで申し訳有りません。
そんなわけで、本日はちょっとマニアックなひとりごとを。
マニアックすぎてよくわかんない方は適当に流してください。

先日、シュタイナー展というのがありまして、行って来ました。シュタイナー研究家で著名な高橋巌先生と坂口恭平さんの対談があって、それにも行って来ました。もともと高橋先生とは懇意にさせていただいてるのですが、久々に鋭い高橋先生を拝見できまして、感銘いたしました。
そのシュタイナーに関してなのですが
昔から疑問に持っていたことが有りました。その答がなんとなくわかってきたのです。
今回の対談にヒントがあったわけではないのですが、シュタイナーの黒板絵を堪能させていただいり、高橋先生の気に打たれたのかもしれないのですが。

疑問というのは、シュタイナーはその初期ではルシファーを人間の自覚を促す象徴として明確に支持していたのに、後期ではアーリマンと並ぶ悪魔的なもの、悪の象徴として表現することも多いのは、なぜなんだろう?ということです。

ルシファーは人間のアストラル体に関わって自覚も促すし、現実から逃避させるという悪の道にも関わるという話なのですが、人間に関わるということは、陰陽の二分化が起きるという原則を忘れていました。具体的に言うとアストラル体に関わるということは、その陰陽の関係にあるブッディ体にも関わるということです。しかし人間は低次の存在なのでブッディ体には気づきません。従って、ルシファーのその高次の働きを崇めると、低次にしか目のいっていない人間にとっては、悪の要素であるルシファーを崇めることになってしまいかねない…ということなのです。低次と高次のルシファーがあるのに、低次にしか目に入らない、つまり悪しか目に入らない。だからルシファーを崇めるということは悪を崇めることになってしまう…という意味です。だからこそ、シュタイナーはルシファーへの発言には注意をはらったのではないか…ということです。

『だるまんの陰陽五行』ではルシファーは「墜ちる神」つまり役目上、墜ちて人間を導く存在であると説明しています。しかし一般的にはあいからわず悪魔崇拝というキーワードにはかならずルシファー崇拝という言葉が出てきます。このあたり、誤解されがちだと思います。
小保方さんがマスゴミによって悪のレッテルを貼られたように、本当の悪によって悪でないものを悪とされている…ということ、たくさんあるのですね。

そのあたり、死後の世界に関する話を今度の日曜日、4月13日に横浜で講演会を致します。
興味のある方はぜひおいでください。以下を参照下さい。

http://plaza.harmonix.ne.jp/~theo/za_yok.html