前回からの続きで「歯の不思議な話」をお送りします。
これは「陰陽五行」に合わせて歯と教育の話を書いたものです。ご期待ください。
【龍と蛇】
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なんだかSMとかヤクザ映画のタイトルみたいになってしまったが、ここはその手のサイトではないのであしからず。れっきとした真面目な話をしたい。
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「木」(もく)というシンボル
棒状のものが陽であるという話を前回した。そしてそれがそびえ立つのは陰なる大地。
棒と地の接点こそが陰陽の交わりであり、相対世界という我々の世界の始まりとなる。
そして歯はその棒状の陽のシンボルのひとつとして時には扱われる。未開地の原住民が歯をネックレスにして首に飾るのも一種のお守りとして扱われている証であろう。
お守りといえば、神社で売っているのが日本では正当なお守りであるが、神社でお祀りしている神々のことを一人、二人とは言わないで一柱、二柱と呼ぶのはご存知だろうか?
なぜか神の数は「柱」で数えるのである。柱すなわち棒状のものであり、陽の象徴なのである。
こういう棒状のものを前回紹介した「陰陽五行説」では「木」(もく)というグループ名で扱う。棒状であるということは長いということでもあり、たとえば背の高い人などは、背丈に注目すれば「木」のタイプという事になる。おもしろいことに風も「長いもの」として「木」にあてがう。実際に目に見えるものではないのだが、フーッと吹いていくそのイメージは長さを感じるゆえであろう。電気も同じく目に写るものではないが、イメージとしては長さを感じるので「木」に配当されることが多い。電気と言えば、歯の痛みはまるで電気が走るような神経の痛みなので、神経も「木」となる。ここで再び歯を舞台にして「木」がバッティングした。
だから私のような歯科医が歯を扱う時は、相手が「木」(もく)であることに注意しなくてはならない。
陰陽五行説にはまるでジャンケンのような勝ち負けの関係があって、「木」は「金」(きん)に弱く、「土」(ど)に強いことになっている。「金」というのは金属一般も指すので、歯を削るビーンと音のするあれに「木」たる歯が弱いのもうなづける。
さて、今回のタイトルである龍とか蛇というのも長いという点に注目すると「木」そのものである。古風に表現すると竜(たつ)と巳(み)である。方位の表現に辰巳(たつみ)というのがあるが(「巽」とも書く)、これは東南を指し、やはり「木」のグループに入る。
龍とか蛇は日本では神のお使いとして扱われることが多いのも、おもしろい。ここで、思い出していただきたい。棒状の長い柱とは、天という本当の陽の代用としての(人間にとってわかりやすい代理としての)陽であった。だからこそ、龍とか蛇は神の「お使い」となるのである。お使いであるということは、時には道を誤ることもある。そんなとき、武力をもって正さねばならないこともある。武力すなわち刀は「金」である。「木」は「金」に弱い。だから神話のヤマタノオロチという龍は須佐之男命(すさのおのみこと)の刀でずたずたに切られてしまう。
歯も同じことで、神のお使いとして扱うのは大切なのだが、時にはムシバやその他の理由で削らねばならないこともある。歯を削らねばならない時はこの話を思い出して欲しい。
ところで、前述の神話のつづきだ。須佐之男命は、ずたずたに切られたヤマタノオロチの尻尾のあたりにカチンとあたるものがあることに気づく。見ると刀だ。須佐之男命はこれを叢雲の剣(むらくものつるぎ)と呼び、大切に収めることになる。
このあたりから、「木」と「金」の関係について、もう少し話をすすめてみたい。