年末に小腸イレウスになってしまい、
1月の出展が出来なくなってしまいました。
新作をいっぱい準備していたので、残念でたまらなかったです。
1月だったら行ける、という方もいらっしゃったので、
本当に申し訳なく思いましたし、わたしも残念でした。
ですが、2月2日にはまた出展が叶うので、
もっと新作を作りました。
今日も、委託店舗さんにピアスを納品したくて、
そろそろ作業をスタートしようかな、と思っていた時に、
夫からメールが入りました。
わたしは後妻で、夫の家族とは、別棟に住んでいます。
夫はもちろん鍵を勝手に開けて、いつでも自分の好きな時に、
いきなり入って来ます。
それ以外に、母屋の玄関には、わたしの部屋の鍵がかかっていて、
娘ちゃんたちも、入ることができます。
で、メールは、「またお母さんが転んだ。」という内容でした。
実は、昨日の時点で、お姑さんは転倒していて、
足が痛くて、引きずりながらどうにかトイレに行っている、
といった状況でした。
お姑さんは92歳で、認知症です。
夫は嘱託ですが、まだ働いているので、
デイサービスやショートステイ、ヘルパーさんを駆使して、
夫が管理をし、夫が朝と夜の世話をして、
何とか自宅で介護している状況です。
お姑さんとは、わたしは数カ月一緒に暮らしただけなので、
もう、わたしが誰だか、わからなくなっています。
世話を一緒にやってくれている長女のことはわかるけれども、
何も手を出していない次女ちゃんのことは、ちょっとわからないようです。
わたしが一度、夕飯のお世話をしたら、
お姑さんは、怖くなってしまわれたようで、
わたしが帰ってから、家じゅうの鍵をめちゃくちゃにいじってしまったので、
今は、お世話には加わっておらず、
衣類を選んで通販で買ったり、
呼ばれたら行って、夫の愚痴を聞いたりという、後方支援しかしていません。
今日、二度目、お姑さんが倒れて、痛くて動けない、と言っていて、
夫は、リビングの椅子に座らせて、途方に暮れています。
長女が今日は留守で、次女ちゃんが不安げに立っていました。
「そもそも、立てるの? それによるよね。」とわたしが言ったら、
夫は前からお姑さんを抱えるようにして、立ち上がらせようとしましたが、
「痛い、無理。」とおっしゃるので、
立てない人を、自宅で介護はできないし、その痛み方だと、
また二年前みたいに骨折している可能性が高いので、
「救急車だね。で、骨折した時のあの病院に行くしかないね。」と
わたしが決めました。
夫が救急に電話して、「向かいます。」と返事をもらったので、
わたしは部屋に戻って、着替えをし、猫の餌を用意しました。
それでまた、母屋に取って返して、
次女ちゃんに、宵の口に、猫に餌をやってもらえる?とお願いをしました。
救急車に同乗するのは、次女ちゃんではなくわたしです。
お姑さんはわたしをもうわからないので、不審な顔をしていますが、
わたしが行くのは、お姑さんのためではなく、
夫の気持ちに寄り添うためなのです。
夫は末っ子ですし、孤独にすっごく弱い人です。
頭はいいのですが、精神年齢は、5歳児程度といったところでしょうか。
なので、一人で何もかも背負うとなると、
駄目になってしまうんですね。
非常に、一人であることに弱い人なのです。
だからわたしと再婚したがったわけです。
死ぬときに、看取ってもらいたいそうで。
わたしは、夫とは真逆で、孤独に非常に強いです。
というか、そうせざるを得ない育ち方でした。
一人で過ごすことが好きで、寂しいと言う感覚もないし、
むしろ、人とずっと居ることの方が苦痛なのです。
なので、同居が無理なんですね。疲弊してしまって。
救急隊の人がお姑さんを救急車に乗せて、
夫とわたしが同乗して、発車しました。
10分ほどの近い病院です。
二年前に、お姑さんはやはり転倒して、大腿骨を骨折していますが、
その時も日曜日で、
夫が、抱きかかえて近所のクリニックに何とか行く、というのを、
日曜日にそんな小さいクリニックに行ったって、看護師さんもいないし、
レントゲン技師さんもいなくて、
結局そこから救急搬送されて大きな病院に行かされるんだから、
もう、救急車呼んで、〇〇病院に行こう!と決めて、
わたしが119に電話をしたのです。
その時は手術をして、大腿骨にチタンの棒が入っています。
今回も同じく左足の付け根が痛くて立てないとのこと。
そのチタンの棒があるために、逆に他に負荷がかかったのでは?と、
わたしは思っていました。
救急車で、その病院の救急外来に行くと、
先に、小さい女の子を二人連れた若いパパと、
どうやら脳梗塞を発症したらしい、60代か70代の男性と奥さん、
それと、一人で車いすに座っている、
わたしと同じくらいの女性がいました。
お姑さんはストレッチャーに移されて、救急外来に入って行き、
わたしたちは外の待合室で待機。
脳梗塞っぽい男性が先に呼ばれ、
そのあと、車いすの女性が呼ばれましたが、
彼女は一人で、車いすを押してくれる家族がいないことに気が付きました。
それでわたしが立って行って、車いすを押して診察室まで連れて行きました。
たったそれくらいのことなのに、
すごく感謝されてしまいました。
出ていらして、こちらはまだ呼ばれず、
看護師さんがその女性に、「どなたか、ご家族か、連絡できる方は…?」と
尋ねていました。
すると、「いないんです。わたし、一人暮らしで…。」
と答えていました。
わたしはそこに、どうしても引っ掛かるものを感じました。
一人暮らしでも、別に暮らしている子供や、
自分の兄弟はいないのだろうか。
親しくしてて、手伝ってくれるお友達はいないのだろうか。
そのことは伏せて、話しかけてみると、
出掛けていて、駅の階段、数段を踏み外して転んで、
タクシーに乗って、この病院に来たとのこと。
タクシーの運転手さんが、救急外来に連れて来てくれたそうでした。
左の足首が骨折しているそうです。
それはさぞ痛いでしょう、と言ったら、とても痛いんです、と。
まさか自分が怪我をするだなんて、とおっしゃっていたので、
そうなんですよね、誰もが、自分が怪我をするだなんて考えてないですものね、と
少し話しました。
何かお手伝いできることはありませんか?と聞いたら、
いいですとのこと。
そこで、わたしたちが呼ばれ、お姑さんの状態がわかりました。
CTを撮った結果、恥骨の左の方が骨折しているとのことでした。
転倒して恥骨骨折はなかなかないと思うので、
足に頑丈なチタンの棒が入っているのも、良し悪しなんだなあと思いました。
ただ、手術の必要はなく、痛くて歩けないうちは静養し、
治癒して来たら歩いて構わない、
ダイレクトに退院して自宅が難しければ、
リハビリ専門の病院に転院でもいい、というお話しでした。
とりあえず、今日はこのまま入院です。
明日から、どうしたらいいのかと、夕べ夫は頭を抱えていたので、
入院させてもらえたことで、一回クリアになるので、
それは、安堵した、と言っていました。
それからまた採血やら採尿やらあるので、わたしたちは外に出されましたが、
しわしわのお婆さんなので、採血がどうにもできないらしく、
いる限りの看護師さんが入れ替わりたち替わりトライするのですが、
駄目なようで、「いったん休憩!」という声が聞こえました。
夫が席を外した時に、その車椅子の女性が、
足首をグルグルに固定されて、まだ待合に放置されていたので、
また声をかけて、
「何かやれることはありませんか? お飲み物とか、買ってきましょうか?」
と言ってみたら、いえ、大丈夫です、とは言ったものの、
「じゃあ、何か、飲み物をお願いしてもいいですか?」と言われたので、
お金を預かって、わたしはお茶を買って来て渡しました。
「一人暮らしである」ことと、「一人きりである」というのは、
違うと思うんです。
きっと色んな事情がおありなんだと思うんですが、
わたしも、もし、夫がいなかったら、「一人暮らしですので。」と言って、
一人で救急車を呼ぶでしょう。
夫の娘ちゃんを、利用することはしないと思うし、
息子夫婦をすぐに呼ぶこともしないと思うんです。
どうしても、どうしても、あの方のことが気になって仕方がありません。
綺麗で、品が良くて、とても感じのいい方でした。
何かできないものでしょうか。
それより、自分の体調の管理や、
夫の気持ちのケアをすべきとはわかっていますが、
かたくなに、「一人なんです。」と言い続けたあの人が、
わたしは気になって仕方がありません。
帰り際、エレベーターの前で出会ったら、看護助手さんが車椅子を押して、
一杯の買い物をしていらしたので、
ちょっと安心しましたが、それでも、なぜこんなに気になるのかがわかりません。
凛として、
「一人なので。」と微笑みながらおっしゃる姿に、惹かれたのです。
わたしは、どうすればいいのでしょうか。
心が震えるのです。
帰宅して、お粥を作って、夕べ煮ておいた煮物と梅干しで夕飯にしました。
わたしはわたしで、体調を管理しなくてはなりません。
この、心が震える現象の、意味がわからないのです。
どういうことなんでしょうか。
お読みくださり、ありがとうございました。
「ゆきのひ。」