栃木県足利市にある鑁阿寺(ばんなじ)。国宝です。
「鑁阿寺は正式にはvana寺で、バンナ寺でもよく、鑁や阿という漢字の発音を梵語(サンスクリット)に代って当てはめたに過ぎない。したがって鑁や阿に漢字的乃至日本文的意味が含まれているのではない。単なる当て字である。すなわちバンナ寺とは大日如来の寺、大日寺のことである。」
本堂中央にある鬼瓦。下の鬼さんは前向き、上の鬼さんは下向き。
本堂屋根の左右にいた、狛犬っぽいお獅子さん。
本堂の屋根には、右に足利家紋、中央に「菊花紋」、左に「五七桐紋=足利家紋」があります。「菊家紋」と「五七桐紋」は、足利尊氏が後醍醐天皇から賜った紋ですね。
《参照》 『太平記』(暁教育図書)
☆★ 足利高氏(尊氏) ★☆
因みに、日本政府・皇宮警察本部・法務省も「五七桐紋」を紋章として用いています。
本堂の右側に、賓頭盧尊者さんがいました。
他に賓頭盧尊者さんがいるのは、都久夫須麻神社(竹生島)、斑鳩寺、大山寺。
本堂の左隣にある不動堂は、改修工事中で全く見られませんでしたが、この改修工事を請け負っていたのが金剛組だったので、この写真を撮っておきました。国宝のお寺ですからね。
《参照》 『五重塔』 (NHK出版)
【金剛組】
多宝塔の説明ボードには、「徳川氏は新田氏の後裔と称し、新田氏は足利の庄より新田の庄に分家したるが故に徳川氏は祖先発祥の地なるを以て、此の宝塔を祖先の菩提供養のため再建寄付した」と書かれています。つまり、徳川家のルーツは足利家であると。🐭ことは、北関東には、古代ユダヤのルーツがあるということになるんじゃぁ・・・。
《参照》 『キミノ名ヲ。』 3巻 梅谷百 《後編》
【足利家と新田家】
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