《中編》より
【神社の鳥居】
「鳥居ってね、波動調整装置なの」(p.157)
「マジっすか! 勘弁してくれよ~~」
「鳥居は、日本列島に打ち込まれた死に針なの」
「死に針? 何それ?」
「針治療って知ってるでしょ? ・・・(中略)・・・。身体に経絡ってあるのは知ってるわね。ツボとも呼ばれるところ。そのツボ(経絡)に針を刺して刺激してあげることで、エネルギーの流れが良くなって不調も改善するの・・・それが針治療。反対にね、エネルギーの流れをわざと止めることもできるのよ。それが死に針と呼ばれるもの」(p.158)
「日本列島の波動を重くして、日本に住む人々を支配するために作られたものだということ」(p.159)
へぇ~。
だとしても、地球上に144カ所ある主要なエネルギーグリッドと、日本国内にある主要なエネルギーグリッドを賦活してゆけば、死に針など問題なくなるだろう。
【蝦夷と熊襲、アイヌ民族と琉球民族】
「大和朝廷の頃は、まだその朝廷に歯向かう勢力が全国にあったの。その勢力をどんどん北と南に追いやっていった。北に追いやられたのが蝦夷と言われる人々で、南に追いやられたのが熊襲と言われる人々ね」
「蝦夷と熊襲は縄文の人たちなの?」
「縄文の子たちは戦わなかったわ。彼らはね、そのころには北海道と沖縄にいたの。それがアイヌ民族と琉球民族なの。だから本州の戦いには関係ないのよ。蝦夷と熊襲は、同じナーガ系の弥生人達で、ただ考え方や土地の取り合いにおいて弱かったってこと。だから、どんどん中央から追いやられて行ってしまったの」(p.166)
【蝦夷は縄文人か?】
【大陸か半島か:2つの海流】
【蝦夷は、朝鮮半島勢力の弥生人】
【血統重視=世襲制は、所有概念の表れ】
「どうしてどこでも世襲制になるの? 誰かが権力を手にすると、その権力はみんな子供に継がせるよね・・・今もそうだけど・・・」
「それはね、レプティリアンやナーガ達は、血筋を大切にするのよ。自分のDNAに固執するの。それも所有の概念なの」
「どういうこと?」
「たとえばね、一生懸命頑張って作った財産(所有地など)は、いつまでも自分のものであってほしいの。そうでしょう? 誰かの手に渡したくない。でも、命は永遠じゃない。いつかは必ず死ぬ。誰かの手に渡るくらいなら、まったくの他人よりも、自分の子供ならまだ我慢できる・・・ってことよ」
「この考え方から、結婚制度というものが出来たの」(p.193-194)
そう、近年、政界で活躍できるのは、二世議員ばかりというような風潮があるだろう。今や、影響力がある国会議員は、ナーガ族である在日二世三世国会議員ばかりである。イメージ戦略として麗しいことを述べていながら、その正体は、おしなべて貪欲であり、支配者としてピラミッド型社会の頂点に立ちたがっているだけ。そう、内実は「優越への欲求」を露骨に秘めている魂たち。それこそがレプティリアンのDNAに特有な周波数を有する魂たちの特徴である。
【結婚制度と所有概念】
世襲させるためには、「自分の子供」を産んでくれる女性が大切になってくる。
「どうやったら自分の子供だということがわかる?」
「自分の奥さんなら、自分の子供を産んでくれる?・・・」
「そうね、自分とだけSEXをしてくれる女性が大切なの・・・その女性が生む子供は自分の子供だということになるでしょう・・・」
「なるほど・・・そうだよね。確信が持てるよね」
「そしてね、それを言われた女性は・・・わかりました、私はあなたとだけSEXをして、あなたの子供を産みます。その代わり、私の生活の面倒を死ぬまで見てくださいね、という・・・契約、それが結婚制度の始まりなの」(p.195)
結婚をロマンチックに考えたがっても、実態は上記の記述にある通りであり、心理学的に言うなら、支配欲求(S)と依存欲求(M)の組み合わせだろう。
「結婚」を、男女二者間での「安全保障策=共依存策」として割り切って捉えている人々は、「縄文人」たちが実践していたような「本当の自由」を獲得できない。なぜなら、「所有」や「依存」は、「自由」と相容れないものだからであり、そもそもからして、ピラミッド型社会・世襲・血縁・結婚制度、いずれも「所有という概念」をもつレプティリアンやナーガ系統の宇宙人=「弥生人」の特性によって作られたものだからである。
「ワンネスの意識」で生きていた「縄文人」にとって、ピラミッド型社会・世襲・血縁・結婚制度などというものは、まったくありえないものなのである。宇宙には結婚制度などありはしない。あるのは地球だけ。
《参照》 『シリウスがもう止まらない』松久正・龍依(ヒカルランド)《後編》
【結婚という幻想】
【究極の結婚】
現在の地球人は、レプティリアンの考えに則した社会意識をベースに行動している。故に、このような「社会意識に則することが正しい生き方である」と思っているのなら、アセンションなどできようもない。
《参照》 『アセンションの超しくみ』サアラ(ヒカルランド)《前編》
【社会意識(コントロール・グリッド)という檻から出る】
【信長・秀吉・家康とサンカ】
「日本列島が弥生の人達の文化に飲み込まれていく時、その流れに組み込まれないことを決意し、世の中から隠れるようにして生きてきた人々がいるのね。その彼らをサンカと呼ぶの。体制には組み込まれず、表にも出てこず、常に隠れて生きると決めた縄文人たち。信長君はそのサンカなの」(p.199)
競争や争いや所有を嫌い、平等と愛と平和と調和を好むのが縄文人。
サンカ(山窩)は、そのような縄文人のうちの一つ。
《参照》 『古神道入門』吾郷清彦・松本道弘・深見東州(たちばな出版)《前編》
【山窩・マタギ・キジ】
「でも、信長さんは思いっきり戦ったよね。戦三昧でしょ?
愛と平和と調和を好む人には思えないけどなぁ~」
「だから、鬼になることを決意したのよ。平和な世の中をつくるために、自分は鬼になるって決意したの・・・(中略)・・・。そしてね、それはひとりでは成し得ないということも知っていた。だから絵を描いたの」
「それが、前に言っていた秀吉さんと家康さんと組むってこと?」
「そう、秀吉君も、家康君も、信長君と同じサンカだったのよ」(p.200-201)
「信長君はサンカだって言ったでしょう。・・・(中略)・・・。だから超感覚を持っていた縄文の子たちの感覚も受け継いでたってこと。・・・(中略)・・・。だから普通にしてたんだけど、それは信長君だけの普通で、周りの人たちから見れば奇行に映ったってこと」
「そういうことだったのかぁ~」(p.210)
🐭ことで、戦国時代に興味がある人が、本書を読めば、ぶっ飛んじゃうかもしれないけれど、納得もできるだろう。
戦国時代の覇者として君臨したサンカの異能者3人は、略奪し奴隷化しすべてを奪いつくすことを当然の価値観として秘めている舶来レプティリアン達(F・ザビエルやL・フロイス)の野望を看破していたからこそ、朝鮮出兵をしたり、江戸時代の鎖国政策へと繋げることで日本を守ったのだということを。
【サンカによる戦国時代のインサイドワーク】
「若い頃から信長君、家康君、濃姫、光秀君の4人でよく話をしていたの。もちろん、信長君の理想の国づくりの話も知ってたわ。だから、ずっと信長君の側近としてそばにいたの」(p.252)
これを読めば、本能寺の変ですらサンカたちによって計画されたことであり、また、光秀君が天海と名を変えて家康君の参謀になっていたという話も、すんなり腑に落ちるだろう。
《参照》 『世界支配者vsライトワーカー』サアラ×玉蔵(ヒカルランド)《4/4》
【比叡の人脈】
《参照》 『経営者よ すべて超一流を目指せ! 深見所長講演録16』(菱研)
【気学はメイド・イン・ジャパンの占い】
《参照》 『なぜ日本中枢の超パワーは「天皇」なのか』中丸薫・ベン・アミー・シロニー《後編》
【明智光秀と徳川家康】
【秀吉君の蹉跌】
「ホントに信長殿には申し訳ないことをしたと思っておる。だが可愛くてなぁ、自分の子供があんなに可愛いものだとは思わなんだ。自分が今まで創ってきたもの、もう何もかもすべて子供にやりたいと思った。やっとほかの大名たちの気持ちがわかったのじゃ」(p.274)
縄文のエネルギーを受け継ぐサンカたちは、先に書き出しておいたように、世襲を良しとしない。ところが、秀吉君はそれに順じなかった。
現在の地球で生きているライトワーカーたちは、この秀吉君のわが子に対する愛着(=執着)を知って、それぞれにどう思うのだろうか? ライトワーカーなら、縄文・サンカ寄りの波動を持つ人々のはずなのだから、「世襲」に拘ったり「自分の子を、地球上に残したい」という思いは希薄のはず。
チャンちゃんなんかは、「地球上に自分のカルマを連鎖させる子どもなど、はなから残したくない」とすら思っている。だから、秀吉君のわが子に対する執着を、「蹉跌」と言うよりは、単に「ヘン」と思うだけである。
縄文人の生き方に順ずる人々なら、血縁家族ではなく地球家族(アース・ファミリィ)という生活形態に移行していくだろう。共に助け合って生きていこうとする人々同士が集うのが縄文家族なのであって、何の交流もないのに血縁を根拠に財産分与を主張するような破廉恥さは、“所有” を当然とする弥生人の魂が醸し出す生き方そのものである。
新生・地球を主催し維持するのは、縄文意識なのであって、弥生意識ではない。
<了>