《1/3》 より

 

 

【脳意識から魂意識へ】

 このことは、スピリチュアルな分野でも同じことが言えます。

 今までの神、エンジェル、アセンデッドマスター、異次元の存在などの教えは、人間の脳を教育するものが殆どでした。

 上から目線で「ああしなさい、こうしなさい」「こうすれば次元上昇できる」「いつまでに〇〇を達成すればあなたも覚醒できる」などといわれ、せっせとそれをすればいつかは幸せになれると信じて従ってきた、ようするに、自分とは別の存在に依存してきたわけです。

 これは低次元の人間から教育を受けるのと大差ありません。

 脳に雑多な情報だけを詰め込んで自分の魂意識を開いてこなかった。それでは魂に従う生き方にはつながらないのです。

 ようするに、これまでのスピリチュアルな教えも、もう時代遅れということです。

 これからは、50次元の神の教えが一気に受け入れられていくでしょう。(p.46-47)

  《参照》 『宇宙につながる第8のチャクラ』 ジュード・カリヴァン (徳間書店) 《後編》

          【記憶を取り戻す】

 

 

【杉のエネルギー】

 平成2(1990)年まで花粉症はなかったのに、なぜだろうと思って私がDNAエネルギーのリーディングをしたら、人類をコントロールしようとした勢力が杉の遺伝子操作をしていたのです。

 それまでは、杉は女性性のエネルギーを持っていたので、台風のエネルギーなどは寄ってきませんでしたが、遺伝子操作によって男性性のエネルギーに変わったことで、花粉症や台風などを引き寄せてしまうようになったのです。

 女性性のエネルギーが奪われてしまった結果、創造のための破壊ではなくて、破壊のための破壊が行われてきたわけです。

 それで、私はフリーメーソンやイルミナティなどの集合意識を書き換えると同時に、レムリアのエネルギーを使って、令和2年の夏に、本来の女性性のエネルギーに書き換えました。

 まず屋久杉のエネルギーを書き換えたことで、日本列島の杉が1時間後に女性性にすべて書き換わり、世界の杉が書き換わったのは3,4日後です。

 これで、一気に花粉症が減って、台風が激減します。(p.55-56)

 スラっと書かれているけれど、これぞ高次元エネルギーを扱うことができる人によるDNAのリーディング&ライティングというオカルティズム秘儀の極致である。

   《参照》   『まもなく世界は5次元へ移行します』 エハン・デラヴィ&中丸薫 (徳間書店) 《後編》
             【魔女の究極の目的】

   《参照》   『高次元DNAコード』 松久正 (ヒカルランド)

             【スペシャルなエネルギーコードを組み込む】

 令和2年の秋も、令和3年(今年)の秋も、日本に大きな台風被害はなかった。

 杉の木のスピリチュアルな事例は、下記リンクにも書かれている。

   《参照》  『レムリアの真実』 オレリア・ルイーズ・ジョーンズ (太陽出版) 《後編》

           【アメリカ杉は西海岸の守護者】

 

 

【「統合」ではなく「融合」型社会】

 50次元の神・大宇宙大和神の教えに従っていけば、人それぞれの魂の個性が発揮されるようになります。・・・(中略)・・・。

 これは、1つの型に統一する「統合」社会とはまったく異なる、自由でユニークな者同士による「融合」型の高次元社会です。

 これを言い換えると、大宇宙大和神が教える社会というのは、いろんな形のピースから成るジグソーパズルと同じであるということです。

 これまでの社会では、同じ形のピースばかりが求められてきました。(p.66)

 角のない丸型のピースばかりだと、どうしたって隙間ができてしまう。丸い石ばかりだったら、石垣などとうてい造れない。いろんなデコボコだらけの石だったら、組み合わせ方次第でウルトラ堅固な高い石垣を造ることができる。

 地球も遠くから見ればマン丸な形をしているけれど、その内実は同系・同質の集合体などではなく、異形・異質の集合体である。

 「自然は神なり」という日本人の根本意識に照らして看ても、同質だけを目指して個性を発揮できない社会は、自然に倣わない不自然な社会ということになる。自然は、異形・異質の個性に満ちたものたちによる集合体なのだから。

  《参照》  『BASHAR ⑧』ダリル・アンカ(VOICE)

          【調和は、ある意味で逆説的】

 

 

【家族や会社という「この世の人間関係のしがらみ」を断つ】

 家族とは、先に生まれた者が、後から生まれてくる者のために「この世での生き方」を教える集団です。

 つまり、宇宙・高次元で羽ばたくための教えではなくて、この3次元(低次元)で生きるための教えを子や孫に伝えていくのが家族の基本的な役割だということです。・・・(中略)・・・。

 しかし、宇宙の教えは、「あなたの魂はすべて答えを知っている」「あなたはあなたの魂に基づいて生きていけばいい」というものなので、ムリに家族の考えに従わなくてもいいし、むしろ執着やしがらみがないほうが魂の望みを叶えやすいのです。

 この世の処世術を学ぶのは、会社の人間関係なども同じです。(p.74-75)

 このように、この世の人間関係は処世術を学ぶ1つの経験に過ぎないのに対して、大宇宙の50次元の教えは、普遍的な生命の原理を伝えるものです。

 生命の原理は、自主独立(自己決定・自己責任)が基本です。

 そして、それぞれが魂の個性(天賦の才・宇宙の叡智)を思う存分に発揮しながら、かつ、多様なもの同士が自由にゆるやかにつながっていくことです。

 もちろん、そこには、依存や執着を生むようなしがらみはありません。(p.76)

 この記述を読んで、「そりゃぁ分かってんだけど・・・」と思ってしまうのは、経済的な問題が全く言及されていないから。

 2001年の小泉改革以降、終身雇用制が有名無実化している今日、会社の人間関係になど一切とらわれない人々はおのずと増えている。人間関係の形式的かつ儀礼的な縛りをアホみたいに今でも墨守し続けているのは、小泉改革の煽りを全く受けていない公務員くらいだろう。

 地球社会における家族の人間関係は、生存を維持するための形式智として連綿と伝えられてきたものだけれど、今日における家族関係は法的(即ち経済的)に(安全)保障されているからこそ、結婚制度と共に長短の表れは露骨になっている。 即ち、親の面倒を見ようがみまいが子どもには一律均等に財産分与され、婚姻届けを出さない事実婚のみであるなら配偶者としての財産分与には全く預かれない。

 ベーシックインカム制度は遅かれ早かれ必ず実施されるけれど、ある程度の高額支給で実施されない限り、家族や会社のしがらみから出られない人は多いに違いない。

   《参照》  “ベーシックインカム”に関する引用一覧

 

 

【自分の本心を抑えて相手に合わせる見せかけ】

 友達に自分のことを好いてもらったり、評価してもらうために、本当の自分をごまかしたり、本音を隠して上手につくろうパターンです。

 これは、自己犠牲というギブを与えて他者からの承認を得る、典型的なこの世の処世術です。

 しかし、それは魂から出たものではなく、上部だけのごまかしです。・・・(中略)・・・。このパターンは大人になってからもSNS上でもよく見受けられます。

 脳がつくり出したきれいごとばかりを並べたて、自分の魂が感じたことを素直に表現できなくなっていて、お互いに「いいね!」をもらいたくてギブアンドテイクを求めているのです。

 このような、自分の本心を抑えて相手に合わせる見せかけの予定調和は、宇宙の教えではありません。(p.80-81)

   《参照》  『6と7の架け橋』 辻麻里子 (ナチュラルスピリット) 《後編》

           【ゆがみのない魂の言葉】

   《参照》  『22を超えてゆけ』 辻麻里子 (ナチュラルスピリット)
           【地球との音程のズレ】

   《参照》  『願いをかなえる「縄文ゲート」の開き方』 保江邦夫 (bio) 《後編》

           【縄文ゲートを開く秘訣】

 

 

【年長者には要注意!】

 年長者は「これまでの次元の中で、ただ脳を膨らまして生きてきただけの人」ともいえるわけです。

 3次元的などうでもいい知識やこの世の処世術がうまい、つまり、出世やお金儲けには長けていても、高次元とは全然つながっていない、そんな人の方が圧倒的に多いのです。

 そんな人たちのいうことにいくら素直に従っても、自分の次元を上げることはできないし、あなたの魂意識が目覚めることもありません。・・・(中略)・・・。

 それとは反対に、社会的な評価や体裁はよくなくても、「自分だけの世界を確立している人を尊敬しなさい」というのが大宇宙大和神の教えです。(p.83)

 チャンちゃんのように、長年プー太郎であることをエバっているノー天気なタコ野郎がこういうことを書いたら、圧搾機から吐き出されたような嘲罵の鼻息と共に「ザケンナ!」の一言で、年長者から一蹴されるだけだろう。

 しかし、これを書いている著者のドクター🐬先生は、東大の理三より偏差値が高いといわれている慶応の医学部を出た、ウルトラ切れ~~るお医者さんなのだから、世間体や肩書で人を評価するドン臭い年長者さんたちも、おいそれと無視するわけにもいかないだろう。

 

 

【葬式というバカげた儀式】

 大宇宙大和神の観点から見ると、他にも地球にはおかしな習慣があって、葬式もその1つです。

 前述したように、死は魂が肉体を去るだけなので、葬式は無意味で、そもそも必要はありません。

 なぜ亡くなった人の遺体=魂の抜けた着ぐるみの周りに集まって、わざとらしくみんなで悲しい顔をしながら、どうしてお金を集めないといけないのか?

 宇宙的にいえば、これはかなりバカげた儀式です。

 死んだら魂が抜けて宇宙へ帰るだけなのに、「ちゃんと葬式をやらないと魂は浮かばれないだろう」と思い込んでいる、つまりそこには無知があるのです。

 魂は形には捕らわれない自由体です。しかも、葬式をしないと世間体が悪いとか、死んだ人に恨まれるなどとはき違えているのは、地球人だけ。(p.94-95)

 あちらこちらの葬式に出て、全部きっちり涙を流せる人というのは、本心を偽って見せかけに徹することができる完璧な偽善者であること間違いなし。そいう人は、低次元な地球世界における処世術に長けているというだけではなく、実際に魂が濁っている。葬式をされる方の魂は、葬式にやってくる連中の魂の濁りがマル見えなのでただただ不愉快に感じているだけである。但し、葬式をされる方の魂もまたコテコテに濁っているなら、香典にいくら入っているかを逐一確認しているのである。

 葬式や法事などの儀式は、後世の信者たちが勝手にやり始めただけです。

 では、死んだ人に対してどういうふうにしたらいいか? というと、

 ブッダにいわせれば、

 「何も祈らなくていい」「亡くなった者に干渉するな」です。 (p.98)

 人類の意識進化の方向性が分かっている人から見たら、冠婚葬祭をビジネスにしようとセレモニーホール等を建てている人々って、“ド壺に嵌っちゃうほど愚かさの塊”である。

 

 

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