
誰もが安価で購入できる電子書籍なのだけれど、内容は崇高である。巷に氾濫している自己啓発書なんかとは比較しようもない。これぞ理屈を超えた日本武学の粋というべきかもしれない。
これだけの内容を開示するのは、「全人類のあり方が問われる大転換期が近づいているからです。(1242)」 と、あとがきに書かれている。
紙媒体では出ていない電子書籍なので、本文からの引用個所は、ページ数ではなく(位置№)を記しておいた。
【タイトル解題】
5秒の習慣とは、「礼法」のことで、正しい姿勢で行われる「礼法」は、人体に秘められている38億年の叡智につながっている、という意味。
故に、「正しい礼法」を行うなら、人体内にある「内なるフォース(力)」が覚醒することになる。
【礼とは何か】
礼とは何なのか? どのような意味があるのか?
まず、そこから解説していきましょう。
もともと日本語は「大和言葉」といって、・・・(中略)・・・一音一音に意味が込められています。(230)
「あ」、「ま」、「あま」の例が挙げられているけれど、日本語を話している日本人でも、日本文化の基礎である言霊の意味は、本書のような神道系の著作を通じて、できるだけ多く知っておいた方が、後々役立つことが多いだろう。
では「れい」は、どのようになるのでしょうか?
「れ」:わかれて伸びていく母音「え」の活用形
「い」:躍動・前向き・積極的な強さ
(漢字にすると、息・生きる・命などに使っています)
つまり「強さを分けて伸ばしていく」=「強さを分かち合う」という意味になります。(230-242)
【「禮」と「靈」と「零」】
「れい」という大和言葉に、先人があてた漢字が、
「礼」と「霊」です。 (245)
それぞれの旧字体は、「禮」と「靈」。
「禮」には、神々に豊かさを示すという意味が込められており、
「靈」には、雨(あめ)=天から、身体の口・心の口・魂の口で巫女が高次のメッセージを降ろす、という神聖な意味が込められていることが記述されている。
いずれも、古来の日本人の高い精神性、なかんずく高度な霊性が見て取れるけれど、「礼法」という場合の「れい」には、「禮」と「靈」の意味まで含まれているのだということを、きちんと理解すべき。
《参照》 『周公旦』 酒見賢一 文芸春秋
【礼】
さらに、
「れい」には、礼・霊のほかに、「零」をあらわしています。 零、つまりゼロです。
零とは無の状態のことではありません。
「無でもなく、有でもない」 仏教でいうところの「空」です。
「ありとあらゆるところに満ちているが、姿を捉えることはできない」ということであり、その存在は無限大です。(274)
いにしえの先人たちは見えないエネルギーを“霊”と表現していました。その霊は、「無でもなく、有でもない」無限大の存在、つまり空であり“零”です。(295)
【「礼(零・靈・禮)法」とは】
とどのつまり、「礼(零・靈・禮)法」とは、「無尽蔵のエネルギー空間から、無限大のエネルギーをダウンロードする技法」と言える。
「礼に始まり、礼に終わる」と言われる日本の武道や、礼節を重んじる武士道の背後にあるものが何なのか、よくわかる。
【侍の礼法】
その「見えないエネルギー」へアクセスする入り口が、実は「侍の礼法」なのです。(304)
侍(サムライ)と武士は違う。
武士はいうなれば、藩主や大名に仕える軍人であるのに対し、侍は公家出身の宮中人であり、しかも、天皇から名を受けた者だけを指すらしい。
であるならば、侍は、シャーマニズムに関わる技能を体得しているはず。
故に、侍の「礼法」の元は「霊法」であったことが容易に推測できるというもの。
これ即ち 「ワザヲギ」 の世界であって、礼法の基本体型(背筋を立てた状態)で演じられる「能」は、それそのものの世界。
侍の礼法は基本だけでも9段階あるのですが、本書ではその基礎中の基礎となる「正体礼法」についてお伝えします。(313)
【夢を叶えるコツ】
夢を叶えるコツがあります。
結論からいいましょう。
夢を志しに昇華することで、あなたの夢は叶いやすくなります。(885)
夢は、私的な願望として、
志は、私心を離れた願望として、語られる場合が多い。
つまり、
日本人の場合、夢は自分のため「for me」、志は他者のため「for you」として表現している。
ここで、
「夢vs志」の体感ワークの動画が提示されており、
その結論として、以下のように記述されている。
実際に体験していただくとわかりますが、夢よりも志をいった人のほうがパワーアップして勝ちます。
パワーアップといいましたが、正確には、・・・(中略)・・・自分の意図(力)を通しやすくなったということです。(1056)
ということは38億年の叡智を持つ身体は、
「for me」 個人的な願望よりも
「for you」 世のため人のためのほうが
エネルギー状態が整うようにプログラムされていることがわかります。(1066)
ということは、「世のため人のため」は単なるキレイゴトのお飾り表現ではなく、人間の身体は「世のため人のため」のほうが、本来自分の持っている潜在能力を発揮できるようになっている、ということになる。
脳機能学者である苫米地さんも、「志の高さ」=「視点の高さ」=「抽象度の高さ」という表現で、これと同じことを言っている。
【コンフォートゾーンを上げるというのは・・・】
【A次元】
【A次元には、「自分だけが幸せになる」なんて命題はありえない】
『脳を味方につける生き方』 苫米地英人 (三笠書房) 《後編》
【抽象度を上げる(視点を高くする)】
【礼法と志】
1.正体礼法
2.志を奏上
3.正体礼法
この手順で確実にあなたのエネルギー状態は大きく変化します。 (1201)
礼法と志で自分がクリーンな状態になれば、相手との分離がなくなり、ムスビ(同化)を起こすことができます。「あなたは私・私はあなた」という状態です。・・・(中略)・・・。
悟りとは「差取り」ともいいます。自分のエゴをなくし、他者との差を取るという意味で「サトリ」です。(1211)
「あなたは私・私はあなた」という状態は、ホ・オポノポノを行うときの状態と全く同じ。
【ホ・オポノポノ】 ~
【ゼロの状態で全体を生かす】
侍の礼法では、「志」が「ゼロの状態」を創出する上での重要なトリガー(ゼロポイントの設定)になっているのだということ。
志を奏上する(私心を離れる)ことで、零の場(無尽蔵のエネルギーフィールド)にチューニングしやすくなるのである。
神社などの秀でたパワースポットに詣でた場合であっても同じことだろう。私ごとのお願いをタラタラ述べるより、私事を離れた大きな志を奏上するほうが、胴体(導体)に流入してくるエネルギー量は遥かに多くなるはず。
神霊界の実相をよく知っている方々は、志の大切さを明確に記述している。
『女神と鳳凰にまもられて』 暁玲華 (アメーバ・ブックス) 《前編》
【大志をサポートする存在】
【大きな志のある人は・・・】
仏道修行において言われる 「請願なきは、菩薩の魔事なり」 を、弥栄を基とする神道的な表現で言い換えるなら、「立志なきは、人(ひと・霊止)にあらず」 だろうか。
日本人は、すべからく “人(霊止)” であるべきなのだけれど・・・。
チャンちゃんは妖怪。
【「元服の儀」と「立志」】
日本では元服といって、古くは奈良時代から元服の儀というものがありました。
当時の子ども、特に武家の子どもは必ず14~15歳の間に元服の儀で立志をします。
立志とは志を立てることです。
元服の儀では「何のために生き、何のために死ぬのか」という志を神仏に奉納します。そして、はじめて「大人」として認められます。(897)
志を立て、その志を「神仏に奉納する!」
現代人のように、単に「自分で目標を立てるだけ」という程度の安易なものではないところが、ウルトラ凄い。
この人生で、何を成し遂げたいのか?
この人生で、何を成し遂げたら死ぬことができるのか? (930)
「一度きりの人生、一番大切なことに自分の命を使う」
それが大和の国のシステム「立志」だったのです。 (951)
【 「価値ある人生」 とは何か】
【希薄になった 「死計」 】
【月性の詩:根性と志がモノをいう】
『響きあう脳と身体』 茂木健一郎×甲野善紀 (バジリコ) 《後編》
【二つとない命を何かにかける】
<了>
【追記】
著者のレノンリーさんは、武学のオンライン講座を無料で(!)行ってもいるようです。