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 横帯に「古神道が伝える、衝撃の未来」なんて書かれているけれど、神道には暗い終末思想なんてそもそもないのだから、この本に書かれているのはむしろ明るい予兆による輝かしい世界である。
 この本の最も良いところは、神道的生き方を分かりやすく教えてくれているところ。神道的世界を経て学んできた多くの人々にとって、特に後半の鳳凰の章は多くの深い学びを提供してくれるだろう。仏教的な教えしか知らない人々も、占いに頼ってばかりで生き方に迷っている一般の人々も、この本を通じて日本人としての正しい生き方を学べるはずである。2008年6月初版。

 

 

【女性の生き方】
 古神道の智恵では、男性と女性の立場、役割を明確に区別しています。女性は男性を和らげる存在とされていますが、それは甘えて頼るという意味ではなく、自信をもってその役割を果たすという意味での積極的な、やわらぎのある、優しく癒す存在です。今の女性でも、家庭に入りその立場に徹することができるなら、喜びの中で輝きを持つことはできるでしょう。
 しかし、私は現代の女性は仕事をするという自由があるわけですから、たとえ結婚したとしても自分を活かす仕事に積極的に取り組むべきだと思います。(p.34)
 この記述の付近には、占いの鑑定師をしていた経験上のことが集約して書かれている。仕事中心で婚期を逸した女性の悩み多いらしいけれど、時間は戻せないから、若い人も現代という時代状況を自覚して自分の考え方をしっかりさせておいたほうがいいのだろう。
 繰り返しになるけれど、以下の記述にある「日本の力」はきちんと押さえておいた方がいい。

 

 

【日本の力 “和” 】
 “和” という字についてもいろいろな意味がありますが、男の人の和と、女の人の和、そして神の和、それぞれに意味合いが異なります。 “和” は “祭” が雛型とされ、「間を釣る」という意味での、祭りのように三者がバランスを保つこととしても例えられます。祭りの時の三者の “和” から発展して、男の人は仕事で和(にぎ)わう。女の人はその仕事から帰ってきた男の人を和(やわ)らげる。神様はその両者がにぎわって和らいでいるのを見て和(なご)むという意味になります。この3つの読み方すべてに通じる “和” こそが、日本の力だと言うことができます。(p.257)
 アエラ族とこれを喧伝してきた勢力には、日本の力 “和” に関する基本的な教養が全くなかった。
 これからは、日本人女性たちが日本と世界を輝かせる時代であるけれど、日本の力 “和” という基盤にいささかの変容もあり得ない。変えてしまえば、日本人女性だからこそ付加される神力は消失してしまうのである。
 他者を和(やわ)らげ自らも和(にぎ)わい神々をも和(なご)ませる「大和なでしこ」としての特性を放棄するのなら、ひとりで生きるために「棘を備えた薔薇」になるしかないだろう。進化してゆくアクエリアン・エイジ(宝瓶期)の地球は、大和のスピリットが花開く時代である。「大和なでしこ」以外では世界中どこへ行っても歓迎されなくなるのである。
   《参照》   『アエラ族の憂鬱』 桐山秀樹 (PHP研究所) 《後編》
            【「アエラ族」改造講座】

 

 

【大志をサポートする存在】
 特定の神社のお参りを重ねていると、その神または眷族神がその人を応援するためにやはり指導霊として並んで憑くことがあります。それは、産土の魂との縁以外にも、志が神の認めるところだったりして、助けるに値する人物と思われるからでしょう。代表的な例に、大国主命が国づくりする際に、大三輪の大物主命と、少彦名命が守護霊として助け、一緒に成し遂げたという記紀の記述があります。この場合のように、御魂の縁に加えて、やはり大志をサポートする存在として、自分以外の神が憑く場合があるということです。(p.98-99)
 動物霊や低級霊は欲心の大小に応じて憑依するそれなりの存在だけれど、高級神霊は志の高低に応じて加勢する。何をしたいのか明白な志がないんなら、神様は参拝中の様子をただ観ているだけなんだろう。
 自分の将来に対して何のイメージも持たない人が神社に行っても、効果はあまり期待できません。(p.57)

 

 

【大きな志のある人は・・・】
 もし志のある1人の人が、将来、この国を立て直すようなことになったら、その人が1人いるだけで日本の国は救われるかもしれません。神は一人の力でも物事を変えられることがわかっているため、少数でもやる気のある人をどんどん応援して、日本の国を強くしていく方法を選ぶとも言えるでしょう。
 だからこそ、大きな志のある人は神社へ行き、そして神の恩恵をどんどん受けるべきではないかと思います。(p.59)
              【ワシ、『希望』集めてんねん】
 日本の神社にはそれぞれ役割の違う神様が祭られているから、志や目的に合った神社に参拝した方がいい。この本にも、主要な神社に関して簡略に書かれているけれど多くは書かれていない。
 参考にするなら、小泉大志命先生から後事を託されたと言われている深見東州先生の 『全国開運神社案内』(たちばな出版) がいいだろう。
              【小泉大志命先生が深見先生に言ったこと】

 

 

【感謝と自信】
 基本的には感謝の気持ちがあり、自信を持って行動していれば、主護神と一体となっているので、他の存在は先祖神や守護霊のみで、憑依霊の類はまったく姿を現わさないと言ってもよいでしょう。しかし、そのバランスが崩れると迷いが生じ、恐れたり、怖がったり、弱い気持ちが悪想念を引き込んでいき、その結果憑依霊がついてしまいます。(p99-100)
 基本となる「感謝」の大切さはどこでも教えてくれるけれど、「自信」の肯定的な側面はあまり語られない。「慢心」という否定的な側面に移行しやすいからなのだろう。だったら「慢心ならぬ自信が大切」と自覚すればいい。
 感謝なし、自信なし、目的不明、意志薄弱な人生を過ごしていると、テンコ盛りの浮遊霊に憑かれてしまいド壺に嵌ってしまう。自分の生き方が、浮遊霊を引き寄せているのである。ヤバ過ぎ!

 

 

【光を生み出す生き方】
 魂というものは感動するたびに輝くので、何かに感動するということも大事です。芸術でも、映画でも何でもいい。何かを見て感動すると、魂にみずみずしいハリが出るのです。魂が凝り固まっている人は何に対しても感動できず、輝くこともできません。ですからいつも柔軟性を持って、輝くことを意識しながら感性を磨き、それによって光を生み出すことが大切なのです。その光についても、中でずっと光を生み出していなければ密度が濃くなりませんから、“輝いて生きる”ためには、そうしたとこを前向きにやり続けるということが大切なのです。特に幸魂(たちみたま)は「幸せになりたい」という喜びの機能を持っていますから、それによって大きく成長することになるのです。
 つまり、端的に言えば、魂は喜びを感じた時にこそ、最も光輝きます。(p.106)
 「幸せ」を実感するとき、幸魂(さちみたま)は自ずから光り輝くものだけれど、祈っているときにだって、魂は大いに光り輝いている。
   《参照》   『天使のメッセージ③』 中森じゅあん 大和出版
             【50】祈り
   《参照》   『光の旅』  愛鈴  知玄社

 神様が光を与えてくれるのではない。自ら光を生んで生きる。だから神様が寄り添ってもくれる。
 密度の濃い光であれば、少々の逆境でも輝きを失わない。神様はそんな人に常駐しやすい。神様ってけっこう日和見主義者かも・・・なんて、そんなことないんだろうけど、神様だって「類は友を呼ぶ」という「波動の法則」の内側にある存在だから、そうならざるを得ないのである。
 ゆえに「自分で光を生み出し、自分で自分の魂を輝かせる」という生き方。古神道の基本はここにある。

 

 

【古神道の命】
 古神道の考え方では“キ” は、樹木の“木” の意味もありますが、パワーを意味する“気”や、生きるという字の “生”でもあり、人の寿命を司ると言われているイザナギノ命の「キ」でもあります。自分の魂を輝かせることを光華明彩という言葉で表すならば、古神道の命は、“キ”と言ってもいいでしょう。(p.120)
 著者は、この本の中で、自のテーマを 光華明彩 という言葉で繰り返し何度も表現している。
 古神道の神々が日本人に伝えたいのは、
 「自ら輝いて生きよ」
 「自ら心を持ちあげて歩け」ということだろう。
 神徳を敬うのは大切だけれど、私事に関して依頼心を肥大させるのは基本として間違っている。
   《参照》   『アーリオーン・メッセージ』 アートライン・プロジェクト (徳間書店)
             【自立】

 

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