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 著者は社員研修を職業とする方。この手の本では、とりたてて特徴があるとは思えない一般的な内容である。2009年6月初版。

 

【辞めてしまう若い社員】
 最近の社会現象のひとつでもありますが、かなりの大手企業、俗に一流企業といわれる会社に入っても3年以内に30%以上の若者が退職するというデータもあります。(p.4-5)
 ゴールデンウィーク明けの五月病とともに、最近では、夏場を超えた時期に九月病という“辞めたい病”に罹る人が増えています。(p.139)
 タイトルに関わることだけれど、近年の若い世代は、企業のネームヴァリューや、人生=仕事というような価値観を持っていないことについては、なんら言及されていない。著者は社員研修会社の社長さんであって社会学者などではないのだから、それも当然と言えば当然かもしれないけれど、そんな若者世代の社会学的視点を踏まえた社員研修側の工夫は、特に何も記述されていない。

 

 

【管理者側に求められるもの】
 若い人たちを育てる上で求められるものは、即ち「管理者側のコミュニケーション能力」なのです。・・・中略・・・。新人にとってビジネスの基本である「報・連・相」の大切さを認識させるとともに、早く仕事を理解・吸収し、身につけていくためには「報・連・相」の基礎ともなるのがコミュニケーション能力なのです。新人にもこのようにコミュニケーション能力が求められるのであれば、彼らを指導・育成していく管理者にとって、新人以上にコミュニケーション能力が求められるのは言うまでもありません。(p.15)
 本のタイトルにあわせれば、こういう表現にならざるをえないのだろうけど、「なんで新人なんかに、迎合せにゃならんのだ」と思う人は多いような気がする。でもまあ、会社の戦力となってもらうためには、忍耐強く構えて、成長してもらわなければならない。
 「報・連・相」というビジネス標語が不明の方は下記。
    《参照》   『耳学問のすすめ』  鎌田勝  日本実業出版社
              【Leader】

 

 

【新人選抜の共通項】
 幹部の方々は新人を選抜する共通項をお持ちでした。
 ひとつは、新人の声が大きくハキハキしていて、力強いことだそうです。・・・中略・・・。
 そして次は目の輝きです。・・・中略・・・。
 そして3番目に「指先がキチンと伸びている人間」だそうです。・・・中略・・・。
 そして最後に。審査のときに講師のコメントに一つ一つ頷きながら、コメントを受け止める人です。(p.40-42)
 3番目の理由として、「緊迫感や緊張感を求められている時に、わずか3分間、その姿勢がキープできない人はやはりどこか心の弱さを持っているのでしょう」、と書かれているのだけれど、体験的に、ピンとこない。

 

 

【気持ちよく仕事をする】
 気持ちのよい挨拶をされて、気分を害する人はいないはずです。・・・中略・・・。
 人が気持ちよく仕事をする ―― これはすばらしい経済活動です。(p.55)
 人事部から研修養成の中で特に“社会人らしい礼儀・礼節を身につけさせてほしい”との要望がありました。(p.67)
 職場によっては、出社・退社の時間をあやふやにさせるために、あえて挨拶不要にしているところがいくらでもあるだろう。公務員ならこのような慣行でも倒産などないから平気だろうけれど、民間企業なら企業の存亡がかかっているからそうはいかない。民間企業の場合、キチンとした挨拶ができるかどうかは、「モラル」というより「経済活動」であると捉えた方が適切かもしれない。常なる杜撰に狎れきった公務員との違いもそれで説明がつく。

 

 

【メンター制度】
 いま企業の中に<メンター制度>なるものを取り入れているところがあります。これは御存じの通り、新人の育成・指導に役付きの管理者だけがあたるのではなく、1年先輩、2年先輩が2~3人の新人グループのメンターとして、あるいは新人一人に一人のメンターがマンツーマンで指導に当たるという制度です。
 この新人育成の支援活動全体をメンタリングと言いますが、これは管理者からの指示、命令だけではなく、メンターとの会話による気づきや助言によって自発的、自立的成長を促すものです。(p.66-67)
 下記リンクに、JR九州の<メンター制度>の事例が書かれていた。
    《参照》   『九州レール・レディー』 奥村美幸 (メディアファクトリー)
              【教える側になって】

 いかなる組織でもメンターはいないよりいた方がいい。昔は飲みにケーションでそれをやっていたらしいけれど、近年は核家族化によって社会性の乏しい個人が増えているから、特に制度としてのそれが必要らしい。
 大きな企業なら、<メンター制度>の要部分を企業の一部署として研修会社にアウトソースするようになるのかもしれない。
 小さな企業や組織なら、そんな資金的余裕はないだろうから自力でやらなければならない。その場合は、個人のコミュニケーション能力・人材活用に関する自発的学習意欲に期待するしかないだろう。

 

 

【「話す力」と「挨拶」の関係】
 特に今の若い人が苦手とするのは、話す力と考える力ではないかと思います。
 話す力(表現力)が乏しい人は、概して挨拶ができません。・・・中略・・・。この定形化された言葉さえ十分に表現できないのですから、定形化されていない言葉を自分の言葉で表現することは非常に難しく、苦手とするわけです。(p.78)
 この相関関係は確かにあるだろう。
 長年、誰にも挨拶することなく生きてきた人って、ダンマリ人生に慣れきっているのだろう。それで本も読まないともなれば、驚くほどに語彙力がないし話題がないから、一緒にいる時間がつまらないだけである。育成する側の人材としては期待できない。

 

 

【厳しさと優しさ】
『厳しさと優しさ』というテーマのディベート研修を行いました。・・・中略・・・。論争の中で、自分が優しいと思っていたことが実は甘さであり、あるいは自分は厳しい係長と思っていたが、職場では冷たい係長であったとか、多くの研修生は自分自身の現況をさまざまに浮き彫りにされました。(p.107-108)
 境目の判定基準なんて人によって違うのだから、そんなの当然のこと。全ての人々に共通する境目などはありえない。生まれ育った家庭環境・地域・世代が違ったら完全に異文化の住人である。下記にある中国人とのすれ違いと同じようなことが、日本人同士でも起こっているだろう。
     《参照》   『日本人には言えない中国人の価値観』 李年古  学生社
               【すれ違い】

 対策とすれば、充分なコミュニケーションがとれる関係になっていること。
 それができていないなら、できるだけ多くのすれ違い事例を学んでおいて活かすくらいしかない。
 どちらもしないのなら、その人・組織は発展しないことが確定する。

 

 

【和気あいあいとした上限関係の是非】
 和気あいあいとした上限関係こそが良きチームワークの基と、錯覚している管理者が実に多いのです。(p.193)
 近年多いらしい友達のような親子関係を引きずって、企業内でも上下が不明確な友達関係であるというのは、多分上手く行かない。企業社会は友達関係ではないから。
 友達関係でないなら厳しいと感じてしまうのは、企業社会の現実に沿わないから馬鹿げている。上下関係を保ったまま発言・発想の自由を許容する集団をつくることは容易である。
    《参照》   『江戸の知恵』 養老孟司・徳川恒孝 (PHP)
              【礼儀と多様性】

 

 

【研修手法の2大別】
 現在日本の企業教育研修の会社は、3千社とも4千社とも言われています。・・・中略・・・。この数の多さは諸外国に比べて圧倒的だと思います。(p.116)
 ところで、数多くの日本の研修会社の研修手法は大きく分けて2種類に大別されます。
 ひとつは「知識集約型研修」です。お分かりのように、これは知らないことを知るための研修です。(p.117)
 敬語の使い方とか挨拶の仕方とかいうのが主たる研修内容で、机上で学べるように、紙に印刷された資料が受講者全員に渡される。
 もう一つの研修手法は、著者の会社がやっている「行動習得型研修」だという。
 なぜ上司や先輩に挨拶しなくてはいけないのかという理屈よりも、自分がきちんとした挨拶や返事の仕方を身に付けたことによって、周りの人達がどのように受け止め、評価してくれるかという体験を積み重ねていくことによって、自ら気づき、体感したことは必ず習慣化されます。(p.122)

 

 

【管理者の品格】
 自分を支配する人の品格に部下の気持ちは非常に敏感です。部下は決して口にはしませんが「管理者になってもあの程度か?」「上司とはあんなレベルか?」と見ています。若い人達の眼には管理者が輝く存在ではないのです。(p.128)
 今やインターネットで多くの情報入手が可能な時代に生きている若者達は、尊敬を前提として管理者(≒上司)を見てなどいないだろう。人間として煌めくものが何もなくて経験年数だけを根拠に威圧的であるのなら、やっぱりちょっと引く。

 

 

【入社45日目の男の言葉】
 著者の社員研修会社内でのこと。
 「なにをいつまでも甘えたことを言っているんだ! 講師技術を上げるためにどんな勉強をしたんだ? どんな本を読んだんだ? 今日一日会社にいて、君は自分から営業の人に何回話しかけた? どんなコミュニケーションをとったんだ? それが君の研修技術なんだ!」
 入社45日目にこんなことを言う人って、“凄すぎ”。言われた方はビビリマクリだろう。
 でもまあ、学んで実践して効果を確認しつつ向上するのが普通であるプロとしての自覚がある人なら、“ごもっとも”と、真摯に受け止めるかもしれない。
 単にビジネス関連の著作はおもしろいと思って時々読んでいるだけのチャンちゃんの読書記録の中に、社員研修の講師さんなら参考になるものがいくつかあります。経験年数だけを誇って不勉強を棚上げにしていた方は、それでそこそこ補えます。

 

 

【共感:本音・善悪の判断・嘘つかない】
 私の体験では研修の休息時、講師から語られる、自分の子供時代の出来の悪さ、学業成績の低さ、あるいは新入社員時代の礼儀のなさ、仕事への取組みのいい加減さ、こんなことが研修生の共感を呼ぶことがありました。
 講師にとって大切なことは、決して「講師様」になることなく、真正面から研修生と向き合い、本音で語り、善悪の判断が正しくでき、人にも自分にも嘘をつかないことです。そうして、これができない人は、決して講師の仕事をしてはいけない人なのです。(p.187-188)
 講師に限らずマネージャーに限らず、全ての職業において言えるだろう。
 要は、“真摯さ”である。
    《参照》   『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』 岩崎夏海
              【マネージャーに必要な根本的な資質】

 

 

【一応、課長です】
 「○○さんの役職はなんでしたっけ?」・・・中略・・・。私の質問に対して「一応、私は課長です」と答える方がいます。「部下の方は何人いらっしゃいますか?」と重ねて聞くと「部下は一応4,5人いますが」と答えてきます。(p.188)
 謙虚を装ってそういう表現をするのかもしれないけど、曖昧な表現は現実を曖昧にしてしまうという欠点がある。表現の明確さと結果は連動する。脳はそういうふうに機能するのである。そうでなくても、日本語は繊細であるがゆえに謙虚でもあり曖昧でもあり、同時に裏側では、推進力が高くないという短所を持ってしまう。
    《参照》   『フェラーリと鉄瓶』 奥山清行 (PHP) 《前編》
              【言語と考え方の関係】

 不明確な表現は避け、曖昧語をすべて省いて、否定文は使わず、停滞語を用いないようにするだけで、考え方は前向きで明確になる。
    《参照》   『ギブ&ギブンの発想』 佐々木かをり (ジャストシステム) 《後編》
              【肯定文で考える】

 

 

<了>