
JR九州には、女性客室乗務員のいる列車が幾つもあることを、この本で初めて知った。民営化してすぐに、特急電車に客室乗務員を乗せたのもJR九州がはじめてだという。この本は、働く女性シリーズとして企画出版されているんだろうけど、読んだ人は「九州列車の旅」をしたくなることだろう。2008年10月初版。
【かもめに乗る「かもめ族」】
週末に長崎から博多に遊びに来る若者が増え、彼らに「かもめ族」というニックネームがついたほどです。(p.27)
長崎~博多間を走る特急をカモメというらしい。浜っ子に「かもめ族って、知ってる」って聞いたら、「山下公園でデートしている連中ですか・・・」って言いそうなきがする。昔、渡辺真知子が『かもめが翔んだ日』 っていうのを歌っていた。九州のカモメは翔ばないで走る。
【はやとの風で、「百年の旅物語 かれい川」】
JR九州管内なら、駅弁目当ての電車旅ができそう。
JR九州では毎年、個性あふれる九州の駅弁を対象に「九州駅弁ランキング」を実施しています。2007年度に50種類の厳選された駅弁の中から投票と審査で第1位に選ばれたお弁当が、この「かれい川」です。特急はやとの風・・・中略・・・に乗ったら、ぜひ食べてみてほしいお弁当です。
列車は嘉例川駅で6分間停車します。緑に囲まれてしっとりと立つ嘉例川駅の駅舎は1903年に建てられたという、100歳を超える古い駅です。(p.164)
どんなお弁当かは、九州駅弁グランプリ で見ることができる。列車は嘉例川駅で6分間停車します。緑に囲まれてしっとりと立つ嘉例川駅の駅舎は1903年に建てられたという、100歳を超える古い駅です。(p.164)
JR九州管内なら、駅弁目当ての電車旅ができそう。
【いさぶろう・しんぺいで、日本三大車窓を】
日本三大車窓の残り二つは、北海道と長野県にあるらしい。
ちなみに、後藤新平は、満州鉄道総裁や台湾総督もやっていた。
吉松―人吉間を結ぶのが、キハ140形とキハ47形の観光列車、いさぶろう・しんぺいです。
人吉―吉松間は距離にして35キロですが、標高差は430.3m。その道のり約1時間20分かけて、2カ所のスイッチバックと半径300mのループを体験し、日本三大車窓を眺めながらゴトゴトと走ります。絶景と停車駅の古い駅舎の味わいが魅力の路線なのです。旧鹿児島線こと肥後線は1909年に開通しましたが、峠が険しく、その開通は困難を極めました。そのときに尽力したのが当時の逓信大臣・山縣伊三郎氏と、鉄道院総裁・後藤新平氏。そのふたりの名前をそのまま取って、「いさぶろう・しんぺい」というユニークなネーミングとなりました。(p.167-168)
へぇ~。このユニークな路線、乗ってみたい気がする。人吉―吉松間は距離にして35キロですが、標高差は430.3m。その道のり約1時間20分かけて、2カ所のスイッチバックと半径300mのループを体験し、日本三大車窓を眺めながらゴトゴトと走ります。絶景と停車駅の古い駅舎の味わいが魅力の路線なのです。旧鹿児島線こと肥後線は1909年に開通しましたが、峠が険しく、その開通は困難を極めました。そのときに尽力したのが当時の逓信大臣・山縣伊三郎氏と、鉄道院総裁・後藤新平氏。そのふたりの名前をそのまま取って、「いさぶろう・しんぺい」というユニークなネーミングとなりました。(p.167-168)
日本三大車窓の残り二つは、北海道と長野県にあるらしい。
ちなみに、後藤新平は、満州鉄道総裁や台湾総督もやっていた。
【ゆふいんの森】
この「ゆふいんの森」にはⅠ世とⅡ世があって、博多駅から来た列車と、大分駅からきた列車が、大分県の豊後森駅で出会うのだという。そのときの車内アナウンス。
他にも、日付の入ったプレートを持ってもらって記念写真を撮ってあげたり、新婚さんが乗車していたらそのことを車内にアナウンスしてあげたり、いろんな心配りが満載らしい。
特急「ゆふいんの森」の運行開始はJR九州が発足した翌々年の1989年です。・・・中略・・・。以来20年間、変わらぬ人気を誇り、JR九州の観光列車の花形となっています。
列車名がひらがななのは、目的地に「湯布院」と「由布院」というふたつの表記があるからだといわれています。全国的には「湯布院」のほうが知られていますが、温泉の名前は、正しくは「由布院温泉」、駅名も「由布院」です。ただし、温泉の所在地は由布市湯布院町。現在の「湯布院町」は、もとは「由布院町」という名前でしたが、「旧湯平村」と合併したときに「湯布院町」と町名を変え、その後、全国的に有名になったのです。ちょっとややこしいですね。(p.32)
ちょっと、なんてもんじゃない。チャンちゃんの脳味噌は犬並だからもうムリ。列車名がひらがななのは、目的地に「湯布院」と「由布院」というふたつの表記があるからだといわれています。全国的には「湯布院」のほうが知られていますが、温泉の名前は、正しくは「由布院温泉」、駅名も「由布院」です。ただし、温泉の所在地は由布市湯布院町。現在の「湯布院町」は、もとは「由布院町」という名前でしたが、「旧湯平村」と合併したときに「湯布院町」と町名を変え、その後、全国的に有名になったのです。ちょっとややこしいですね。(p.32)
この「ゆふいんの森」にはⅠ世とⅡ世があって、博多駅から来た列車と、大分駅からきた列車が、大分県の豊後森駅で出会うのだという。そのときの車内アナウンス。
「・・・中略・・・、さあ、そろそろすれ違います。Ⅱ世にお乗りのお客さまにどうぞ手を振ってください!」
お子様などは満面の笑みで、本当に一生懸命に手を振ってくれます。ほんのちょっとしたことですが、そういったふれあいがとても嬉しいなと思います。(p.56)
観光列車だから、こういった遠足気分の演出も楽しいだろう。お子様などは満面の笑みで、本当に一生懸命に手を振ってくれます。ほんのちょっとしたことですが、そういったふれあいがとても嬉しいなと思います。(p.56)
他にも、日付の入ったプレートを持ってもらって記念写真を撮ってあげたり、新婚さんが乗車していたらそのことを車内にアナウンスしてあげたり、いろんな心配りが満載らしい。
私たちの仕事は体力的に決して楽ではなく、ストレスの多い仕事です。しかし、こういったお客さまとの出会いやふれあい、そして感動が、次のやりがいを生んでいるんだなと、つくづく感じます。列車は、ただの移動手段ではありません。ひとりでも多くのお客さまに、「列車ってこんなに楽しいんだね」と思っていただくことが、私たち客室乗務員の喜びなんだなと思うのです。
そう、それはこの会社が生れたときからの精神でした・・・。(p.62)
そう、それはこの会社が生れたときからの精神でした・・・。(p.62)
【単に夢を追っていただけの頃】
著者が、客室乗務員になるまでのことが書かれている。
博多駅近くの一流ホテルでアルバイトをしていた頃、駅で見かける客室乗務員さんに見とれていたという。
著者が、客室乗務員になるまでのことが書かれている。
博多駅近くの一流ホテルでアルバイトをしていた頃、駅で見かける客室乗務員さんに見とれていたという。
「JR九州の客室乗務員になる!」
私の目標が決まったのはその頃です。しかし、目標が定まって改めて見直してみると、なんて自分は未熟なのでしょう。笑顔はない、お化粧はきちんとできていない、スーツもぜんぜん着こなせていない。敬語もきちんと話せず、思いやりもない。もちろん家族や友達にはやさしく接しているつもりでしたが、それ以外の人には無愛想でかたくなな感じだったと思います。
これでは受けた会社、すべて落ちたのも当たり前です。短大時代は、自分の実力を見ず、努力もしないまま、単に夢だけを追っていたんですね。(p.94-95)
目標が決まってからは、アルバイトで稼いだお給料の半分を、自分を高めるために注ぎ込んだという。私の目標が決まったのはその頃です。しかし、目標が定まって改めて見直してみると、なんて自分は未熟なのでしょう。笑顔はない、お化粧はきちんとできていない、スーツもぜんぜん着こなせていない。敬語もきちんと話せず、思いやりもない。もちろん家族や友達にはやさしく接しているつもりでしたが、それ以外の人には無愛想でかたくなな感じだったと思います。
これでは受けた会社、すべて落ちたのも当たり前です。短大時代は、自分の実力を見ず、努力もしないまま、単に夢だけを追っていたんですね。(p.94-95)
【教える側になって】
客室乗務員になって経験を積んでくると、今度は教える側になる。
客室乗務員になって経験を積んでくると、今度は教える側になる。
母、娘、孫娘という呼び方をして後輩を育てているらしい。
まず苦労するのが言葉です。みんな学生言葉が抜けないのです。
いちばん最近教えた「娘」に「今日、コーヒーはどのくらいでましたか?」と質問したら、「出たっちゃー、出ましたけどね」と言われたときは衝撃的でした。
「これはいけない。言葉づかいから教えていかないと」
携帯メールの文章からチェックすることにしました。・・・中略・・・。
後輩を指導していて、「私もそうだったなぁ」と新人社員当時を思い出すこともあります。(p.130)
こういうのって、職業に関わりなく、みんな経験している。いちばん最近教えた「娘」に「今日、コーヒーはどのくらいでましたか?」と質問したら、「出たっちゃー、出ましたけどね」と言われたときは衝撃的でした。
「これはいけない。言葉づかいから教えていかないと」
携帯メールの文章からチェックすることにしました。・・・中略・・・。
後輩を指導していて、「私もそうだったなぁ」と新人社員当時を思い出すこともあります。(p.130)
OJTで、「あっ、やっちゃった!」って自覚しているのに、きっちり指摘されて、凹みながら成長していくものだろう。
【荷物にならないお土産】
JR九州には、客室乗務員だけで運営する委員会やインストラクター制度など、さまざまな組織運営が有効に機能しているらしい。子供用に列車のお面を作ってプレゼントしたり、見どころ食べどころのファイルやフォトパネルを作って車内に置いたり、停車時間に橋梁を見に行ったりということを、みな自発的企画してやっている。他のJR各社が研修や視察にくるほどだという。
JR九州の客室乗務員さんたちが自分たちで決めたスローガン。
でも、客室乗務員さんは、笑顔の返りがなくても最善を尽くしていたらそれでいいんじゃないだろうか。微笑み返しを期待しすぎるのは執着というもの。終着駅で執着を残したら次の始発に支障が出てしまう。
愛も着したら愛着という執着である。本当の愛は手放すだけ。太陽はひたすら輝くだけで、人間が「暖かい、ありがとね」って言ってくれなくても100%無関係に輝き続ける。
《参照》 『アミ3度目の約束』 エンリケ・バリオス (徳間書店) 《前編》
JR九州には、客室乗務員だけで運営する委員会やインストラクター制度など、さまざまな組織運営が有効に機能しているらしい。子供用に列車のお面を作ってプレゼントしたり、見どころ食べどころのファイルやフォトパネルを作って車内に置いたり、停車時間に橋梁を見に行ったりということを、みな自発的企画してやっている。他のJR各社が研修や視察にくるほどだという。
JR九州の客室乗務員さんたちが自分たちで決めたスローガン。
「愛とeyeで伝えたいレディのまごころ 荷物にならないお土産です」
客室乗務員の使命感(スローガン)です。
客室乗務員の使命感(スローガン)です。
この使命感は1995年、客室乗務員の全リーダーが集まって会議を行い決めたそうです。
ちなみに、その前は「気品と愛嬌」だったとか。
「どんな使命感にするか?」を徹底的に話し合い、みんなで意見を出し合って決めたのが、この言葉。後に、使命感を補足する文章も決まりました。
「愛する人をお迎えするような気持ちでお迎えしたい。
愛する人を見つめるような優しい瞳で微笑みたい。
愛する人の希望をかなえる素直な気持ちでお答えしたい。
愛する人を呼びかけるような積極的な心でいたい。
愛する人のいることを感謝できる人でいたい。
これらのお客様に対する真心と誠意を、旅の1ページの、心にしまえるお土産としてお持ち帰りいただくこと。それがわたくしたち客室乗務員の願いであり、使命です」 (p.75-76)
こういうのを、上から指示されたのではなく、自分たちだけで決めるって素晴らしいことである。
「どんな使命感にするか?」を徹底的に話し合い、みんなで意見を出し合って決めたのが、この言葉。後に、使命感を補足する文章も決まりました。
「愛する人をお迎えするような気持ちでお迎えしたい。
愛する人を見つめるような優しい瞳で微笑みたい。
愛する人の希望をかなえる素直な気持ちでお答えしたい。
愛する人を呼びかけるような積極的な心でいたい。
愛する人のいることを感謝できる人でいたい。
これらのお客様に対する真心と誠意を、旅の1ページの、心にしまえるお土産としてお持ち帰りいただくこと。それがわたくしたち客室乗務員の願いであり、使命です」 (p.75-76)
お客様から「ごくろうさん」と言われたり、ワゴンの商品を買っていただいたわけでもなく、特にサービスをしていないときに「お疲れさま!」と言われたりすると、鳥肌が立つくらい、嬉しくなるのです。(p.137)
サービスに満足してくださったお客さまは、帰るときに必ず目を合わせて下さいます。そのお見送りで、乗務中にどのくらいの方と心が通じたかを再確認するのです。・・・中略・・・。
もしかして満足なさってないかも? と思っていたお客さまが、にっこりと笑顔で返してくださることもあります。
そんなときは鳥肌が立つほど嬉しい。「よし、今日も頑張れた!」と達成感を感じ、明日の糧になっていくのが自分でも分かります。(p.150)
サービスに鈍感な、おっさんや、ビジネスマンのおじちゃんや、お兄ちゃん達は、このように頑張っている客室乗務員さんの配慮に対して、せめてアイコンタクトで謝意を伝えるくらいのことはしないとね。サービスに満足してくださったお客さまは、帰るときに必ず目を合わせて下さいます。そのお見送りで、乗務中にどのくらいの方と心が通じたかを再確認するのです。・・・中略・・・。
もしかして満足なさってないかも? と思っていたお客さまが、にっこりと笑顔で返してくださることもあります。
そんなときは鳥肌が立つほど嬉しい。「よし、今日も頑張れた!」と達成感を感じ、明日の糧になっていくのが自分でも分かります。(p.150)
でも、客室乗務員さんは、笑顔の返りがなくても最善を尽くしていたらそれでいいんじゃないだろうか。微笑み返しを期待しすぎるのは執着というもの。終着駅で執着を残したら次の始発に支障が出てしまう。
愛も着したら愛着という執着である。本当の愛は手放すだけ。太陽はひたすら輝くだけで、人間が「暖かい、ありがとね」って言ってくれなくても100%無関係に輝き続ける。
《参照》 『アミ3度目の約束』 エンリケ・バリオス (徳間書店) 《前編》
【愛と依存】
<了>