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 「日本を守る」、そんな言葉が好きな人で著者の事を知らない人はいないだろう。社会人になったばかりの頃は、毅然とした態度で日本の立場を明確に語ってくれている著者をテレビで見ながら、「ダサイおやじの100人力」と思いつつ、いろんなことを学んだものである。2008年2月23日初版。

 

 

【英語教育を始める時期】
 最近は、小学校に入学前、もっと言えば、0歳児から英語を習わせているご家庭があります。何でも吸収しやすい時期に新しいことを覚えさせるためなのかもしれませんが、私は小さな子供には、英語教育の必要はないし、むしろよくないのではと思っています。
 カタコトしか離せないのに、英語混じりの日本語を使う子供は、いったいどの言葉で、深く考え、その考えをきちんと表現できるのでしょうか。(p.81-82)

 子供には、美しい生き生きとした文章を、たくさん声に出して読ませることです。そして書かせることです。お父さんやお母さんが物語を読み聞かせて、いろいろなお話をして、美しい日本語、教養のある日本語で教育することが基本だと思います。
 それができた時に外国語に触れさせると、すぐに理解します。高い日本語のレベルに達した子供には、それだけ高い理解能力が備わっていますから、たとえばある英語表現を聞いた時、それはこういうことを意味しているのだと、すぐに日本語に置き換えることができます。(p.83-84)
 著者が書いている最後の文章を、自分の経験に置き換えて表現することができる。
 チャンちゃんは高校生の頃までろくに本を読まないパープリン人間だったから、受験の英語で長文読解問題に取り組むようになって、「文章の全体的な類推ができないという点で、自分は国語力が劣っている。日頃から日本語の文章や評論を読んでいない自分は、英文読解において今さら長足の進歩など望むべくもないだろう」とハッキリ自覚していたものである。
 言語力が衰えているということは、すなわち、日本語によってものを考える、もしくは感じる、そして解釈する能力が衰えているということです。これは明らかな日本文明の衰えの兆しだと、私は思っています。(p.144)
      《参照》  『日ユ同祖論とミロクの世の真実』 船井幸雄・飛鳥昭雄 (学研) 《後編》

               【日本語を死守する】

 どの国に生まれようと母国語の能力がない子は、外国語に限らず、いろんな場面で進歩向上するのは難しいはずである。国語力はすべての基本である。国語力は読書量に比例する。
      《参照》   『国づくり人づくりのコンシエルジュ』 (土木学会)

               【若い技術者や学生たちに】

 

 

【教育は平等で成り立つのか?】
 最近、親子だけではなく、先生も友達のようになっています。先生といえども生徒と同等で、上から見下ろしてはいけないという理由で、教壇までなくなりました。
 でも先生は人生の先輩です。もっている知識と知恵を子供たちに教え授けるのですから、間違いなくえらいのです。(p.86-87)
   《参照》   『昨日に聞けば明日が見える』 大村祐子 (ほんの木)

             【権威と帰依】

 日本文化とアメリカ文化は全く異なるから、アメリカの水平式のやり方を持ち込めば、日本文化は活きなくなるだろう。日本には垂直式のほうが相応しいのである。しかし、親や教師が、欧米式の概念に洗脳されてしまい、上に立つ意志を持たず知的にも未熟であれば、垂直式は容易に崩壊してしまう。
      《参照》  『恋の守護霊』 深見東州 (たちばな出版)

                【子育て】

 しかし、教師の側にも変な人たちが少なくないのも問題である。知識も智慧もない教師ほど、学生に馬鹿にされないようにという気持ちからか高級車に乗りたがる。知識や教養より高級車を買える経済力が重要という人生観を教育したいのだろう。つける薬がない。
      《参照》  『「逆」読書法』   日下公人  HIRAKU

                【人生反比例法則】

 教師のみならず、地方自治体のトップも相当腐っているだろう。テンコ盛りの赤字財政を抱えながら、運転手つきの公用車を乗りまわし、自らが最高給を得ていることに何ら疑問を感じていないような人間が、まともな地方行政を行うはずがない。人口10万人以下の地方都市なら、日常感覚としての常識があれば、健全な行政なんて当たり前にできるはずだけれど、トップの頭が完全に腐っているから、財政赤字を減らすどころか、働きもせず出勤すらせず平気で給料を貪り続ける行政職員達の呆れた勤務状況を糺すこともできないのである。国が滅びる以前に地方が滅びている。
     《参照》   『人は仕事で磨かれる』 丹羽宇一郎 (文藝春秋)

                【社長】

                【給料返上】

 

 

【人々が輝いている富山市八尾町】
 富山県に八尾という町があります。この町に行くと、男の人も女の人も子供もお年よりも実に輝いています。そして、結婚して30年、40年経った方々が、「私ね、うちのダンナに惚れ直したの」「うちの女房もなかなかで惚れ直しちゃった」と言うのをよく効きます。
 なぜ、彼らは惚れ直してしまうのか、それは、毎年恒例の「おわら風の盆」にあるような気がします。(p.100)
 それぞれが、この祭りのために、芸を磨き、また若い世代に教え伝える過程で尊敬され、年配者の威厳が保たれ、すべの人々が、それぞれに輝くのだという。
 神秘的でやや幽玄な昔の日本の情景を想像させる「おわら風の盆」の町を、このような視点で記述している文章に始めて出会ったので、ちょっと意外に思いつつ、書き出しておいた。
 アラスカのユーコン川を女一人で下った下記リンクの体験記を読んだ時、著作内に八尾の出身の方であることが書かれていたけど、アラスカの大自然より、日本神霊界の高峰として立つ地元の立山連峰に秘められた文化の奥深さを理解できるようになっているなら、日本人として成熟した証拠だろう。
      《参照》  『ウーマンアローン』 廣川まさき (集英社)

               【船上生活】

 なお、「おわら風の盆」 は9月1日から3日間。

 

 

【読書指導】
 昔の旧制高校がそうだったそうです。・・・(中略)・・・。一定の方向を目指したわけでもなく、ひたすら乱読したように思えても、振り返ってみると、なんとなく、みんなが同じようなものを読んでいました。(p.128
 しかし現代は、出版量が膨大過ぎるから、それぞれが乱読していたら、到達してほしい地点にたどり着けない。
 だからこそ、今の時代は、かえってきちんとした読書指導が必要な時代だと思います。(p.129)
 正直なところ、読書指導したとしても、多分若者は、大人たちが期待する方向に向かないような気がする。
 なぜなら、近年の人類の意識は、宇宙次元のエネルギー遷移につれて、急速に変化しているからである。この変化は、ホッケースティック曲線のような形状を描いて世界を変革させるだろう。
 時代状況や経済状況や社会状況が変化してしまえば、過去のそれぞれの地点で著された価値ある書物であっても、急速に陳腐化してしまうのである。「いつの世でも、いつの時代でも、人生の基本は同じ」と言いたいところだけれど、そうでもなくなりつつあるんじゃないだろうか。こんなこと書くべきじゃないとは思うのだけれど・・・。
 しかし、地球人類が、宇宙文明から切り離されているという事実を知り、本当の情報が開示された場合を想定すると、現在の地球人類のの価値基軸は大きく入れ替えなければならなくなる。それは不可避である。

 

 

【日本の底力を支えるために】
 著者は、『きょうの出来事』という高い視聴率をほこる報道番組のキャスターを長いことやっていた。チャンちゃんは、綺麗なおばちゃんが、美しい姿勢で、簡潔かつ綺麗な日本語で伝えてくれている映像を見るのが心地よくて、いつもその番組を見ていたものだった。でも、その番組を1995年に辞めてしまったという。
 「辞めたい」と言ったときは、本当にみんなびっくりしていました。 ・・・(中略)・・・ 。
 国民一人一人がどんなに真面目に働いていても、国民の総体としての日本国の力が衰えているとしたら、あまり意味がありません。私は日本の底力を支えるために、この国の改革に、言論活動を通じて貢献したいと思ったのです。(p.181)
 1995年頃って、バブル崩壊後の楽観論が、もうありえない状態であるという共通認識に達した頃だろう。そして官僚の腐敗が叫ばれるようになったのもこの頃だろう。著者と同じ志の方々は大勢いるにもかかわらず、その後の日本社会の衰退基調は全く変わっていない・・・・感じ。どうしてそうなのか? 経済的に日本を封印している国際的な仕掛けなら、下記の著作を読めば良くわかるはずである。
   《参照》   『経済大国なのになぜ貧しいのか?』 苫米地英人 (フォレスト出版) 《前編》

 

 

【夢の確認】
 食べ物に関しては基本的なニーズさえ満たしていれば、大丈夫でした。私は自立した女性であり、署名入りの記事を書く記者なのだという誇りが、衣食住のつましさを補って余りあったのです。物質面で満たされていなくても、好きな職業で身を立てていける幸せで充分でした。(p.173-174)
 翻訳の仕事を引き受けたときのこと、
 収入は手段であって、銀行に預金することが目的ではないのです。 ・・・(中略)・・・ 。
 そのことに気づき、私は翻訳の仕事を基本的に止めることにしました。
 預金通帳の額を見ると同時に、「記者になりたい」「ペン一本で生きていきたい」という夢の確認をしたおかげで、今の私があるのだと思います。(p.175)
 著者は今も、若者達に期待してシンクタンクを運営していると書かれている。
 今の私ならできると思い、前々からこういうものが必要だと思ってきたシンクタンクを立ち上げました。
 これをあと10年、20年かけて、本当にしっかりした良いものに育て上げていきたいと思っています。それを、これからの時代を担う日本の若者に置いていきたい。彼らにそれをうまく活用してほしいというのが今の私の願いです。(p.184-185)

 

<了>