
1960年代から、企業人として日米間にまたがって活躍していたビジネスマンのお二人。ビジネス書だけれど、体験談ならではの面白さがある。
IBMの後藤さんの記述より、YHP(横川ユーレット・パッカード)の中司さんの記述の方が面白い。IBM関連の情報は比較的多く出回っているから新鮮味がないということが原因かもしれない。
《IBM関連》 『日本IBM』 竹中誉 経済界
《横河関連》 『エクセレント・グローバリゼーション』 上之郷利昭 ダイヤモンド社
IBMの後藤さんの記述より、YHP(横川ユーレット・パッカード)の中司さんの記述の方が面白い。IBM関連の情報は比較的多く出回っているから新鮮味がないということが原因かもしれない。
《IBM関連》 『日本IBM』 竹中誉 経済界
《横河関連》 『エクセレント・グローバリゼーション』 上之郷利昭 ダイヤモンド社
【日本人も徴兵登録】
70年から71年はベトナム戦争がその極限状況にあったため、日本国籍の私でさえ徴兵登録させられたのだった。米国籍を持つものは当然であるが、当時は1年以上居住する外国人も徴兵登録の対象となっていた。(p.42)
こんな話はかつて聞いたこともなかった。無理もない。アメリカ人でさえ驚くというのだから。
当時の手続きを行った記録カードは記念に今でも保管しており、時々アメリカ人に見せると、一様に驚き、「お前までがこんなことをさせられたのか」 と言われ、夜のビールの話題には事欠かない貴重な体験であることを印象づけてくれた。(p.43)
【パーフェクト】
基本的に、いかなる訳語であろうとそれ自体に、日本人が想定するようなコンプリートやパーフェクトは決して存在しない。
《参照》 『新・日本イソップ物語』 江崎玲於奈 日刊工業
【日米比較】
HPで私たちが常に叩き込まれたことのひとつに、エイティ・ツェニー・ルール(80-20 rule)というのがあった。要は80%できれば大勢は決まる、ということであろうか。英和の辞書で complete や perfect という言葉を引くと、完全とか完璧という訳語が当てられており、私たちが連想するのは “常に100%” であろう。だが、アメリカ人にとっての complete や perfect は80% なのではないか。日常の生活でもそうであるが、やはりコトバからくる微妙な差が巻き起こす問題を感じることが多かった。(p.175)
だから日本人はQCをTQCにまで高めたのだし、欧米人や日本以外のアジア人は、そんな完璧さなど思いもしないのである。基本的に、いかなる訳語であろうとそれ自体に、日本人が想定するようなコンプリートやパーフェクトは決して存在しない。
《参照》 『新・日本イソップ物語』 江崎玲於奈 日刊工業
【日米比較】
【親分子分】
《参照》 『ジャパン・ハンドラーズ』 中田安彦・副島隆彦監修 (日本文芸社)
【アメリカはコネ社会】
日本は安定した農耕社会が長く続き、生活上の安全が保障されてきたから、日本人の仲間意識には、欧米やアジア諸国のような排他的様相はそれほど強くないのである。
アメリカ企業にも、いやアメリカの企業の方に日本の企業より強い親分子分、仲間意識というものが存在することであった。たとえば、ボスが新しくなると、たちまち部下の主要なポジションに昔の子分を連れてきて置き換えることなど日常茶飯事であった。(p.47)
普遍的な信頼関係が成立しがたい大陸の諸民族は、どうしても仲間意識を必要とする。狩猟型で移動の激しい欧米社会の場合はそれが血縁を超えた同胞意識(フラタニテ)であり、農耕型のアジアでは血縁意識がその結束の紐帯となっている。《参照》 『ジャパン・ハンドラーズ』 中田安彦・副島隆彦監修 (日本文芸社)
【アメリカはコネ社会】
日本は安定した農耕社会が長く続き、生活上の安全が保障されてきたから、日本人の仲間意識には、欧米やアジア諸国のような排他的様相はそれほど強くないのである。
【アンチジャパン】
かつて、お人よしだった日本人も、アジア諸国の一部に残っているアンチジャパンの感情を知るにつけ、近年は技術を出すにしてもブラックボックス化している傾向があるように思う。
当時、YHPの実績は、アジア地域では名手的な存在だったが、残念なことに・・・(中略)・・・パソコンについても、技術的な開発能力は日本にしかないという状況にありながら、主導権は常に台湾HPにとられていた。(p.95)
当時というのは1980年代の初頭のこと。HPは日本とも台湾とも技術提携していたということだろう。
日本側は日本での生産を望んだが、台湾に攫われた。生産工場を誘致しようという台湾HPのHP本社に対する、時には仲間であるはずのYHPの中傷さえ辞さない我田引水の売り込みは強烈かつ露骨なものだった。・・・(中略)・・・。
それまで外国人といえば人のいいアメリカ人しか知らなかった私にとって、このプログラムはアジアの現実、パワーゲームの恐ろしさを実感させてくれた。同時に日本人とはなんとお人よしなのか、ということを再認識させてくれ、またアジア諸国の一部に依然として残っているアンチジャパンの感情を探りあてた一年間だった。(p.96)
このような露骨な台湾人の意欲があったからこそ、今日の台湾は、日米の三角構造を利用して、高度なハイテク製造能力を備えた国家になっているのだろう。数年前、台湾中部で大地震があったとき、最も青ざめたのはアメリカのIT業界だった。アメリカで販売されているほとんどのハイテク製品は台湾で製造されているのである。それまで外国人といえば人のいいアメリカ人しか知らなかった私にとって、このプログラムはアジアの現実、パワーゲームの恐ろしさを実感させてくれた。同時に日本人とはなんとお人よしなのか、ということを再認識させてくれ、またアジア諸国の一部に依然として残っているアンチジャパンの感情を探りあてた一年間だった。(p.96)
かつて、お人よしだった日本人も、アジア諸国の一部に残っているアンチジャパンの感情を知るにつけ、近年は技術を出すにしてもブラックボックス化している傾向があるように思う。
【グローバリゼーション】
しかし、かりに語学に秀でた日本人がいたとしても、そんな日本人が中心になるとは限らない。
HP自体が大きくなったため、香港にアジアパシフィック本部という地域管理部門ができ、組織形態としてYHPがその下に入るようになったが、そこのマネジメントはほとんどが香港、シンガポール在住の人間に偏ってくる。(p.105)
何故そうなるかと言うと、コミュニケーション能力だという。つまり、技術力より語学力がものをいう。しかし、かりに語学に秀でた日本人がいたとしても、そんな日本人が中心になるとは限らない。
アメリカ人と話していてすぐ気がつくのは、彼らがアジアといった時にまず想起するのは香港でありシンガポールだということだ。(p.137)
早くからアングロサクソン文化に染まった地域だけが、アジアの中のアジアということらしい。
【エンプロイーサーベイの国際比較】
アンケートの微妙な設問表現の仕方ひとつであっても、結果が変わってしまうのが日本人である。よほどザックリしたアンケートでもなければ、国際比較などあまり意味がない。
HPでは古くから、人事や組織、社内コミュニケーションに関する意見の吸い上げをめざして、エンプロイーサーベイ(従業員意識調査)をやってきた。・・・(中略)・・・。 その結果、「YHPのマネジメントの質はHPの標準を満たさない」 というありがたくない評価を得てしまった。(p.133)
日米両国の現場を知っている中司さんにとっては、実態と違った評価結果である。何故こんなことになるかというと、
一つは、日本人は 「自分の考えを数値化せよ」 といわれると、決して極端な数字を書かないことである。1点から5点までといわれると、たとえ1、あるいは5と思っていてもそのまま書く人はまれで、大体が2とか4にする。その結果、どうしても数値的には真ん中に収斂してしまって、問題が透けて見えてこない。(p.134)
あいまい領域での意識活動が多い日本人は、どうしてもこうなってしまう傾向がある。アンケートの微妙な設問表現の仕方ひとつであっても、結果が変わってしまうのが日本人である。よほどザックリしたアンケートでもなければ、国際比較などあまり意味がない。
【会社への帰属意識】
つまり、経費節減は経営者サイドの目標であって、労働者サイドは関係ないという意識なのだろう。
【Total ではなく Together】
HPは、アメリカの優良企業の中では例外的に従業員の会社への帰属意識が高く、離職率が低いということを自慢していた。(p.172)
こういった話はIBMに関するビジネス書の中でも必ず語られている。
しかしその会社ですら、私たちからすれば、組織への帰属意識の中身は異なっていた。(p.172)
その体験的理由として、HP本社から経費節減という指令がでれば、日本人なら全員が組織の目的に合わせて行動するけれど、アメリカでは、人のいないフロアですら電気が煌々とついているような状態だったという。つまり、経費節減は経営者サイドの目標であって、労働者サイドは関係ないという意識なのだろう。
会社に見切りをつけて転職することが当たり前の社会では、個人を犠牲にして組織を立てるという発想は基本的に存在しない、ということを再確認した。(p.173)
アメリカ発のQC(品質管理)をTQCに高めてデミング賞を受賞したYHPが、これをアメリカ本社に逆輸出したときの記述にも、以下のように書かれている。
HP本社や事業部にQCサークルを紹介するという段になって、私はこればかりは無理だと思った。理由は簡単至極、アメリカ人(たとえそれがパートナーのHPの従業員でも)には、会社そのものに対する無条件の忠誠心というものが原理的に存在しえないからである。(p.97)
《参照》 『デンソー』 大河滋 (マネジメント社)【Total ではなく Together】
【コミュニケーションとチームワーク】
社員間のコミュニケーション、チームワークが必要だということは経営の教科書に書かれているが、それはあくまで強者が弱者を効率よく管理するためのツールとしての位置づけにすぎず、日本のように全社一体、広くいえば一億層中流階級存立のための不可欠なマナーであるという考え方が前提にはなっていない。ことの善悪ではなく、この点をよく理解しておかないと、人事制度の根本的な部分を誤解することになるだろう。(p.180)
《参照》 『サハラの果てに』 小滝透 (時事通信社) 《後編》
【定着社会の富と遊牧社会の富】
《参照》 『あと3年で、世界は江戸になる!』 日下公人 ビジネス社
【自分で働く日本人、他人を働かせる中国人】
企業の前に社会構造というものがあり、欧米社会には、狩猟社会・略奪社会というのもが根底にあるから支配・被支配関係が根強く残っており、ゆるぎない階級社会を形成している。
日本は戦後になって階級が潰され、たまたま右肩上がりの経済成長が長らく続いてきたから、一億層中流が実現してきたけれど、現在は、露骨な格差社会に移行している。日本の美質が永遠に続くという保証はない。
<了>