
日本の情報産業発展に多大な貢献をしてきた日本IBMという企業。アメリカの外資系企業として世界中にブランチを有する巨大企業である。日本経済の成長と拡大につれて、今や日本IBMは、世界各国のIBMの中で最も業績優秀な企業となっているのではないだろうか。
【東京オリンピックと三井銀行オンライン】
1964年の東京オリンピックでのIBMコンピューターの活躍に続いて、翌1965年に日本初の銀行オンラインがIBMのコンピューターで実現されたことは当時大きな話題となった。 (p.75)
我々一般人にとってのコンピューターは、パーソナル・コンピュータ(パソコン)が市場に出回るようになった、1985年頃が認識の範囲であるけれど、産業界で稼動していたオフィス・コンピュータ(オフコン)の日本における歴史は1965年ころを起点としていることになる。【新日鉄君津製鉄所】
当時君津製作所のシステム開発室長であった伊藤さんの語り。
「椎名さんには大和魂がある。我々が日本IBMと一緒になって、世界初のあの難しいプロジェクトを完成できたのも、日本人同士として共に共感しあう夢があったからだと思う。・・・(中略)・・・。もし、日本IBMに椎名さんがいなかったら、君津のシステムは実現しなかったか、違った方向に動いていたのではないかと思う。もっと大きな立場から言えば、日本の鉄鋼産業の発展のために多大の貢献をしてもらったのだと思う」 (p.79)
この製鉄所の生産管理システムが稼動したのは1968年とある。世界で始めてのシステムとして完成し、対外的に大きなアドバンテージとなったらしい。このプロジェクトを完成させた椎名さんという方が、後に日本IMBの代名詞とも言われるような社長さんになる方で、御本人が書いた書籍の中でも、「新日鉄君津のプロジェクトでは、殆ど現場に泊り込んで働く日々だった」 と書かれていたのを記憶している。世界初のシステムを完成させるまでに生じたであろう数多の緊急事態は、想像するだけでも恐ろしい世界である。これをやり遂げた人というだけで、限りなく、いや、果てもなく尊敬に値する。
ちなみに、鉄鋼生産に関する世界の需給バランス関係から、新日鉄も生産削減せざるを得ない状況にあるけれど、減産やむを得ぬ状況下において新日鉄の社員さんたちは、IBMマシンを基幹としたシステムエンジニアへと転身している。つまり、新日鉄という社名でありながら、今日では高度な技術力を持つITシステム会社のような部門を持っている。チャンちゃんは、恵比寿のジャックスのシステム改変プロジェクトに関わった時、新日鉄システムエンジニアの皆さんと一緒に作業をしたのだけれど、みんなとてつもなくハイレベルな技術を持っている。つまり、新日鉄のシステムエンジニアさんたちは、日本IBM社員並みの技能集団であるということ。
【胸に日の丸】
椎名は米国のバックネル大学に留学し、学生食堂でアルバイトをしている時代でさえも、胸に日に丸の旗を縫い付けて働くほどの日本人魂の持ち主であったし、日本IBMの社長としても常に国益を念頭に置くことを幹部社員に呼びかけていた。 (p.87)
日本におけるIBMはあくまでも外資系企業なのだから、日本人社長とはいえアメリカ本社のサーバントなのかと思いきや、それが全然違っている。椎名さんご本人の著作には、「日本のためにアメリカ本社と戦った」 というような表現があったと記憶している。この本にも、こう書かれている。
時として、アメリカから来訪した上層部マネジメントを向こうにまわしての椎名の激論は関係社員をハラハラさせることが多かった。 (p.94)
アメリカの大学に在籍経験のある人々は、感情と切り離して激論することができる。だからこそアメリカ人から信頼されるのである。そんな大和魂を有する椎名さんではあるけれど、IBMの優れた経営理念をことあるごとに賞賛している。
【本当に優れた経営理念は、国や文化を超える普遍性を持っている】
日本IBMの成功の秘密について聞かれるたびに、椎名はIBMの優れた経営理念をその一つに上げている。
また、松下幸之助の考え方・実践とIBMの創始者ワトソンの理念・実践の限りない類似性に触れ、本当に優れた経営理念は、その本質において国や文化を超える普遍性を持っていると主張していた。 (p.88)
具体的には、以下のようである。
また、松下幸之助の考え方・実践とIBMの創始者ワトソンの理念・実践の限りない類似性に触れ、本当に優れた経営理念は、その本質において国や文化を超える普遍性を持っていると主張していた。 (p.88)
ホワイトカラーとかブルーカラーとかの身分上の区別はアメリカ産業界において常識であった時代からIBMにおいては廃止されていた。ステイタス・シンボル的な考え方も排除されていたから、どこの国のIBMにも会社の中に社員食堂以外に役員食堂等はなく、社長も新入社員も同じカフェテリアで食事を取っていた。
トップ・マネジメントの個室等も同レベルの米国企業のそれに比べて驚くほど質素なものであった。 (p.89)
IBMこそが例外的に日本に親和性のある経営理念を持っていた、とも言えるのではないだろうか。トップ・マネジメントの個室等も同レベルの米国企業のそれに比べて驚くほど質素なものであった。 (p.89)
【ヘッダーシップではなくリーダーシップ】
椎名は・・・(中略)・・・日本IBMにおいては社長も新入社員も、(肩書きを使わずに)さん付けで呼び合うという慣行を確立したのである。 (p.89)
例えば、海外出張である。
椎名は当然のことのように一人で出かける。見送りも、出迎えも不要である。「そんなことは社員に要求する仕事ではない」 という考え方が日ごろから態度ににじみ出ていた。時に、社員がその旨の申し出をしても、「ありがとう。自分で動けなくなったら頼みに行くよ」 と断るのが常であった。 (p.98)
職務上の地位・権限で組織の人を動かすのをヘッダーシップといい、理解と信頼で人を動かすのをリーダーシップという、ときいたことがあるが、椎名のリーダーシップの本質を表す一例である。 (p.99)
例えば、海外出張である。
椎名は当然のことのように一人で出かける。見送りも、出迎えも不要である。「そんなことは社員に要求する仕事ではない」 という考え方が日ごろから態度ににじみ出ていた。時に、社員がその旨の申し出をしても、「ありがとう。自分で動けなくなったら頼みに行くよ」 と断るのが常であった。 (p.98)
職務上の地位・権限で組織の人を動かすのをヘッダーシップといい、理解と信頼で人を動かすのをリーダーシップという、ときいたことがあるが、椎名のリーダーシップの本質を表す一例である。 (p.99)
【明るさと・・・】
「椎名の強さの根源は何といっても、持って生まれたあの明るさだ。あれだけの人物であるのに、あのこぼれ落ちそうな、でかい両目のせいか、存在自体に滑稽感がある。客観的に見て、すごい実績をあげていながら本人はそのような気配すら感じさせない。意識さえしていないんじゃないかと思わせるところが魅力だ」 (p.128)
【企業内の改善努力】
これら不動産の購入は1970年前後のこと。この頃の日本人は、現在の日本人より外資系企業に対する見方は、社員であってすら、かなり冷然としていたらしい。
彼は、いかなる場においても、積極的に自己の意見を開陳することを奨励し、「タブーのない会社をつくろう」 と訴え、「沈黙は金」 に代えて、「栄光ある不満」 の発信を奨励し続けた。 (p.142)
待遇面においても、他の一流企業を遜色ない状態に至りながらも、外資系企業であるということが心理的な要因となって、社員の会社に対する満足感は向上しなかったという。そこで、
「多くの社員に具体的に見える形で、IBMが日本という国・市場にかける決意を感じさせなければならない。百の議論より一つの実行である」 (p.147)
ということで、町田市の総合グラウンド、箱根社員保養施設など、不動産や諸施設を購入し、日本社会に根を下ろした事業活動を続ける意思表示をしたところ、社員の意識は改善したのだという。これら不動産の購入は1970年前後のこと。この頃の日本人は、現在の日本人より外資系企業に対する見方は、社員であってすら、かなり冷然としていたらしい。
【IBM産業スパイ事件】
日立と三菱の社員がIBMの機密を盗み出そうとしたという、アメリカで起きたおとり捜査事件 (1992年) が日本の報道を賑わしたことがある。日本IBMは直接には何の関与もしていなかったにもかかわらず、この報道による日本IBMのダメージは少なくなかったらしい。
日立と三菱の社員がIBMの機密を盗み出そうとしたという、アメリカで起きたおとり捜査事件 (1992年) が日本の報道を賑わしたことがある。日本IBMは直接には何の関与もしていなかったにもかかわらず、この報道による日本IBMのダメージは少なくなかったらしい。
ある財界人が忠告してくれたんです。
「おい、椎名、言いたいことはたくさんあるだろうが、黙っておけよ。いくら、おまえの言い分が正しくても、今言えば必ずたたかれる。日本というのはそういう国なんだ」
結局、椎名はこの友人の忠告にしたがって時期が来るまで沈黙を通すことを決意し、これを忠実に守ったのである。 (p.152)
ソフトウエアーのスパイ事件に関することを書いておけば、IBMの作成したソフトウエアの中には、処理上まったく必要のないダミーロジックが埋め込まれている。著作権を侵害(複製)していないと言い張るなら、そのダミーロジックの存在の有無を証拠として挙げるのである。ダミーロジックを外して運用してもシステムは正規に稼動するから、言い逃れは出来ないようになっている。これは、別のビジネス書の中に書かれていたことである。「おい、椎名、言いたいことはたくさんあるだろうが、黙っておけよ。いくら、おまえの言い分が正しくても、今言えば必ずたたかれる。日本というのはそういう国なんだ」
結局、椎名はこの友人の忠告にしたがって時期が来るまで沈黙を通すことを決意し、これを忠実に守ったのである。 (p.152)
【企業のイメージアップ戦略】
上記のような企業イメージを損なう事態が沈静化するまでじっと待ち、その後、メディアを通じて、著名人を使って、企業のイメージアップ作戦を行ったのだという。
テレビを持っていなかった大学生時代のことなので、壇ふみと渥美清を採用していたと書かれているのを読んでビックリしている。両者ともかなり日本人的である。現在もそうなのであろうけれど、外資系企業ほど進出先の国の文化を強く意識して前面に押し出している。企業戦略としては、意外というよりは当然といえる。
上記のような企業イメージを損なう事態が沈静化するまでじっと待ち、その後、メディアを通じて、著名人を使って、企業のイメージアップ作戦を行ったのだという。
テレビを持っていなかった大学生時代のことなので、壇ふみと渥美清を採用していたと書かれているのを読んでビックリしている。両者ともかなり日本人的である。現在もそうなのであろうけれど、外資系企業ほど進出先の国の文化を強く意識して前面に押し出している。企業戦略としては、意外というよりは当然といえる。
【バトンタッチ】
「困ったな、と思ったときに幸いにも後継者が育ってきていた。そこで1993年1月に、社長を北城(恪太郎)さんにバトンタッチした。彼は、最初の役員会で 『椎名さんが18年社長で出来なかったことを、私は1年で達成しました。赤字決算です』 なんて、平気な顔で言える。本当はものすごくつらいんです。そんな男にバトンタッチできて私は幸いだし、会社にとってもプラスだと思います」 (p.172)
バブル崩壊の余波で、情報産業は押しなべてマイナス(弱小企業はあらかた倒産)だった時期の社長交代である。
【社員のマナー】
マナーの基本は 「姿勢」 から訓練される。日本の言霊では、姿勢 = 至誠 である。姿勢の乱れ、服装の乱れは、言って成すに至らぬ人物 (信用できない人物) と見られてしまう。そして、姿勢 = 死生 ともなりうる。武士道的極点であろうけれど、死を怖れず命をかけて生きているか、ビジネスに一心不乱か否かが姿勢に現れると、暗黙のうちに日本人は判断している筈である。
「お前がマナーを語るな」 と日本人の知人に言われそうであるけれど、銀座に支店を出している台湾企業の経理担当者に、「せめてワイシャツの襟のボタンはかって、ネクタイはきちんとした方が、毎日行く銀行で大切に扱われますよ・・・」 と助言したことがある。その効果を体験して以来、その台湾人の日本語の言葉づかいも、下手なりに心なしか丁寧になり、人間的なランクが上がったように感じられたから不思議である。
北城が注目するもう一つの分野は社員のマナーである。中年以上のビジネスマン、ビジネスウーマンが集まると必ず話題になるのが最近の若者の基本的な礼儀作法・マナーのお粗末さであるが、議論の最後はほとんどの場合歯切れの悪い締めで終わる。
北城はあきらめない。顧客満足度の向上に取り組んで、製品・サービスの質的向上を進めながら、全社員の日常のマナーが顧客サービスの重要な構成要素であることを確信しているのである。 (p.177)
優れた会社ほど全ての社員のマナーが優れている。これは東京でビジネスを経験している人々なら誰でも経験上、首肯できることである。マナーという点に関する国内外の違いはない。外資系企業であろうと日本企業であろうと、である。北城はあきらめない。顧客満足度の向上に取り組んで、製品・サービスの質的向上を進めながら、全社員の日常のマナーが顧客サービスの重要な構成要素であることを確信しているのである。 (p.177)
マナーの基本は 「姿勢」 から訓練される。日本の言霊では、姿勢 = 至誠 である。姿勢の乱れ、服装の乱れは、言って成すに至らぬ人物 (信用できない人物) と見られてしまう。そして、姿勢 = 死生 ともなりうる。武士道的極点であろうけれど、死を怖れず命をかけて生きているか、ビジネスに一心不乱か否かが姿勢に現れると、暗黙のうちに日本人は判断している筈である。
「お前がマナーを語るな」 と日本人の知人に言われそうであるけれど、銀座に支店を出している台湾企業の経理担当者に、「せめてワイシャツの襟のボタンはかって、ネクタイはきちんとした方が、毎日行く銀行で大切に扱われますよ・・・」 と助言したことがある。その効果を体験して以来、その台湾人の日本語の言葉づかいも、下手なりに心なしか丁寧になり、人間的なランクが上がったように感じられたから不思議である。
<了>
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