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 横尾さんのアートを初めて見た時は、たいそうサイケデリックというかエキセントリックな印象をもったものである。なもんで、横尾さんのアートにはあまり興味が向かなかったのであるけれど、 『インドへ』 という書籍を読んだ時の印象は今でも強く残っている。だから、この本を最近古書店で見つけて買ってしまった。この本は1994年初版である。

 

 

【直観は神的、閃きは人的】
 直観とは本来神的なもので、天界の願望を素直に感ずることだ。つまり使命を諭すための作用でもある。この場合無意識による自我などというものとも違う。だから直観は受けるものの徳に由来する場合が多い。だから直観と閃きは違うのだ。閃きとは五感を通じて体感するもので、一時的なアイデアを指す人的なものだ。直観は神的、閃きは人的。 (p.17-18)
 直観を徳と関連づけて神的とする解釈は非常に分かりやすい。

 

 

【寂聴さんは、横尾さんの前世の母親】
 前世でワシの母親であった瀬戸内さんは子供の言うことを認めてくれなきゃ困るではないか。(p.38)
 瀬戸内寂聴さんのことである。個人的な関係はどうでもいいことだけれど興味深いので書き出しておいた。その他に、自決した天才作家・三島由紀夫も生前、著者に縁の深い人物として何度もこの書籍に登場している。

 

 

【著者の芸術感】
 ワシのこの両界にまたがる視線によってワシはバランスを取っている。対立する両極の概念こそ宇宙そのものであるからだ。つまり森羅万象を一つにして全てを共存させることがワシにとって美の力になっているからだ。
 ワシの共存すなわち共尊考えは地上の矛盾する事柄や事物だけでなく、地上と天上をも共存させてしまおうとしているのである。それがワシの芸術に対する考え方でもある。 (p.63-64)
 様々な芸術家とのコラボレーションは、内なる他者との共存(共尊)だとも書いている。
 今後のワシは 「自分が横尾忠則であるということを消す」 方向を目指すことになるに違いない。北斎が複数の画号によって自己分解していったように。 (p.65)
 おそらく自ら創作している芸術家でなければ、北斎に関するこういった解釈はできないであろう。

 

 

【マサキ先生】
 マサキ先生には数えきれないほど不思議な現象が起こっているが、その中でも最も驚くのは突然目の前に出現した木材が、見えない刃物によって見る見るうちに削り落されてダイコク様の像をつくってしまったことだ。
 ・・・中略・・・。(p.85)

 マサキ先生の所に顕現した木製のダイコク様の材質は科学的調査の結果、木材ではなく空気が圧縮されてできたもので、およそ地球の物質ではないという結論に達したそうだ。 (p.93)
 文中のマサキ先生とは、政木和三先生のこと。
   《参照》   『「臍」中心のシンプルゴルフ』 政木和三  東洋経済新報社

 

 

【シャンバラ】
 シャンバラは地球の内部に存在するという空洞の中心にあるアガルティという国の首都の名前なのです。このシャンバラには誰でも行くことはできません。本当に選ばれた者だけがアストラル体で行くことが許されるのです。(p.170)
 宇宙人たちは地球の内部に空洞があり、シャンバラの存在も知っています。だけど宇宙人でさえシャンバラには一目置いているようです。シャンバラの指示がない限り、宇宙人たちも地球に対して勝手な行動が許されないようです。それほどシャンバラは地球にとっても、宇宙にとっても大きい存在なのです。 (p.173)
 シャンバラに興味のある人は、三浦関造・著 『聖シャンバラ』 (竜王文庫)<上掲の写真> が参考になる。

 

 

【天と地は相似形】
 人類は太古の昔より宇宙人やシャンバラだけではなく、天界の神仏、天使、霊界などのサポートを受けながら今日に至っています。地上で起こる全ての事柄は天上界とある意味で相似形を成しているといえます。(p.174)
 タイトルを定めた一文がこれなのだろう。これに続いて以下のように書かれている。
 現在、黄道帯のアクエーリアスなどの星々から人類を進化させるための新しいエネルギーがわたし達の地球に送信されているのです。様々な天界の存在たちはこのエネルギーを利用しながら人類の進化を促す工作にかかわっているのです。アクエーリアスのエネルギーは総合、統一、つまり森羅万象の一体化を促す性質を持って、人類を急速に進化させる力でもあるのです。 (p.175)
    《アクエリアス:参照》   『知能と創造のサイエンス』 七田眞 日本実業出版社

 

 

【天界の感応者、ウイリアム・ブレイク】
 わたし達がブレイクの詩や絵画に触れる時、天界と感応するような気持になります。それは彼が天界と感応しながら創作しているからです。真の芸術はこのように、鑑賞者を感応させるものでなければならないのではないでしょうか。 (p.176)
 この記述は、私にとって深く頷けるものがある。映画 『博士の愛した数式』 の最後に、ウイリアム・ブレイクの詩が現れたときの、私自身の中で起った感応が思い出される。
     『星へのプレリュード』 佐治晴夫 黙出版
        【映画 : 『博士の愛した数式』 】

 

 

【やっぱり日本の神様は凄い】
 やっぱり日本の神様は凄い、KENの口ぐせです。 (p.193)
 KEN とは、著者をサポートしてくれている宇宙のメンバーらしい。
 世界の高度なスピリッチュアリストも、日本に招かれる人は、日本の神様の凄さを認識して帰ってゆくはずである。日本の神霊界や文化に見識のない日本人ほど、日本の神様の凄さを認識していない。
 
 
<了>