
犬の子分は、金子みすずの童謡集をテーマにうじゃうじゃやっている猫の親分の下働きをしていたから、今日は本を読んでいない。だから代用として、下働きの中身を抜書きしてしまおう。親分に文句は言わせない。
全512編の詩の中から、私が気に入ったのを5つ抜書きする。
写真掲載の書籍には、金子みすずの全ての詩が掲載されているのではない。63編が掲載されているだけである。
全512編の詩の中から、私が気に入ったのを5つ抜書きする。
写真掲載の書籍には、金子みすずの全ての詩が掲載されているのではない。63編が掲載されているだけである。
【金子みすゞ】
掲載写真の横帯裏側に書かれている、金子みすずのプロフィール。
掲載写真の横帯裏側に書かれている、金子みすずのプロフィール。
明治36年(1903)、山口県仙崎町(今の長門市)に生まれる。大正末年に優れた作品を発表し、西条八十に 「若き童謡詩人の巨星」 とまで賞賛されながら、26歳の若さで自ら命を断つ。死後、その作品は散逸したが、50余年を経て、童謡詩人・矢崎節夫の努力によりその作品の全貌が顕かにされ、天才詩人として注目される。
【蜂と神さま】
この 「蜂と神様」 は、クラインの壷的な世界認識の表現が、多くの自然科学者からも賞賛されている。
蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。
そうして、そうして、神さまは、小ちゃな蜂のなかに。
最も多くの人々から賞賛されるのが、「私と小鳥と鈴と」 であるとすれば、お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。
そうして、そうして、神さまは、小ちゃな蜂のなかに。
この 「蜂と神様」 は、クラインの壷的な世界認識の表現が、多くの自然科学者からも賞賛されている。
【波】
すっかり子供心を忘れきっている重症の大人は、海岸に出ても、潮風のメロディーすら感じ取ることなく、「髪が汚れる」 とか 「帰ってシャワーしなくちゃ」 とかサイテーなことを言うから絶望的である。
そんな大人の中にあったはずの無垢なハートは、もうもう、とおの昔に死滅している。
波は子供、手つないで、笑って、揃って来るよ。
波は消しゴム、砂の上の文字を、みんな消してゆくよ。
波は兵士、沖から寄せて、一ぺんに、どどんと鐵砲うつよ。
波は忘れんぼ、きれいなきれいな貝がらを、砂の上においてくよ。
同じものから、 “子供” と “消しゴム” と “兵士” と “忘れんぼ” が出てくる、この発想の柔軟さ!!!波は消しゴム、砂の上の文字を、みんな消してゆくよ。
波は兵士、沖から寄せて、一ぺんに、どどんと鐵砲うつよ。
波は忘れんぼ、きれいなきれいな貝がらを、砂の上においてくよ。
すっかり子供心を忘れきっている重症の大人は、海岸に出ても、潮風のメロディーすら感じ取ることなく、「髪が汚れる」 とか 「帰ってシャワーしなくちゃ」 とかサイテーなことを言うから絶望的である。
そんな大人の中にあったはずの無垢なハートは、もうもう、とおの昔に死滅している。
【山と空】
もしもお山が硝子だったら、私も東京が見られましょうに。お汽車で行った、兄さんのように。
もしもお空が硝子だったら、私も神さまが見られましょうに。天使になった妹のように。
もしもお空が硝子だったら、私も神さまが見られましょうに。天使になった妹のように。
【数字】
二つと三つで五つです、五つと七つで十ニです。
一年生になりたては、浜の小石を拾って行って、それで算術習います。
何萬、何千、何百を割ったり、掛けたり、加へたり、そんなお算用する今は、
サンタクロスの小父さんほども、小石背負はなきゃなるまいに。
軽い鉛筆一本で、書ける数字は、嬉しいな。
一年生になりたては、浜の小石を拾って行って、それで算術習います。
何萬、何千、何百を割ったり、掛けたり、加へたり、そんなお算用する今は、
サンタクロスの小父さんほども、小石背負はなきゃなるまいに。
軽い鉛筆一本で、書ける数字は、嬉しいな。
【浜の石】
浜辺の石は玉のよう、みんなまるくてすべっこい。
浜辺の石は飛び魚か、投げればさっと波を切る。
浜辺の石は唄うたい、波といちにち唄ってる。
ひとつひとつの浜の石、みんなかわいい石だけど、浜辺の石は偉い石、皆して海をかかえてる。
少女マンガを読んでいて、草原で両手を広げてうつ伏せになっている絵に、「私、地球を抱きしめてる!」 というセリフがあった。浜辺の石は飛び魚か、投げればさっと波を切る。
浜辺の石は唄うたい、波といちにち唄ってる。
ひとつひとつの浜の石、みんなかわいい石だけど、浜辺の石は偉い石、皆して海をかかえてる。
「地球を抱きしめる」とか、「海を抱える」のような発想って、理知的に考える癖がついてしまっているアホ男には難しい。
妙なる心(=少女の心)をもつ人は “世界の宝物” である。