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 読みたい本がなくって、手近にあったこの本を読んだ。

 

 

【アクセサリーを必要としない着物】
 今でも着物を着る時にアクセサリーは控え目に、できたらつけないほうがよい、という美意識にその影響を見出すことができます。言い方を変えると、伝統的な着物の美は、結果的にはアクセサリーを必要としない美を作り出しているのです。つまり、着物のもつ色や柄、文様あるいは絵画性がアクセサリーの役割を担っているからです。 (p.26)
 ここに書かれていることは、着物に関しては余りに当たり前のことだけれど、草柳大蔵さんの本では、着物を通じて日本人の行動様式にまで言及していたように記憶している。この本には日本文化論という程の深みはない。

 

 

【エステの醍醐味】
 エステティックの楽しさ、醍醐味は、まさに<触れられる>ことの快感といえます。 (p.33)
 何たってエステになど行ったことなどない私には、この発想、意外な盲点だった。経験してないと当たり前のことが思いつけない。なるほど、スキンシップの快感が心理的に美を促進するということになる。

 

 

【「おしゃれ」と「アクティブ」】
 女性の場合は、「おしゃれ度」が高いほど「アクティブ」であるという相関を示したのに対し、逆に男性の場合は、「アクティブ度」が高いほど「おしゃれ」であるという相関を示したことになります。 (p.54)
 急速に発展している企業の経営者なのに、余りにも服装に無関心なので、周辺の社員に苦情というか意見を言われて、漸くマシなスーツを着るようになった、というような話をビジネス書の中で何度か読んだことがある。
 最近の男性は女性化しているから、まずは立派なスーツから入るらしい。

 

 

【おしゃれ時代】
 「おしゃれ着」がかっては晴れ着であったように、<ハレ>の世界にあった「おしゃれ」が、今、日常的な<ケ>の世界に浸透しつつあります。言い方を変えますと、「おしゃれ感覚」がファッションから生活全体に拡大しているということです。
 その意味で、これからは「おしゃれ時代」、と言えるでしょう。  (p.3)

 

 

【「おしゃれ」も書き方でニュアンスが違う】
【お洒落】は 「落ち着いた」 「優雅な」 「上品な」 「知的な」
【おしゃれ】は 「親しみやすい」
【オシャレ】は 「都会的」 「センスがいい」 「スマートな」 「カッコいい」
【オッシャレー】は 「軽い」 「派手な」      (p.78)
 外国人で、ここまで日本語の使い分けができていたら、相当な上級者。

 

 

【前後(正面)の日本 vs 左右(横)の外国】
 正面の美と背面の美を中心に横の美を避けた伝統的な美意識は、帯の結びが後ろになり、結び方が着物の後姿を美しくしたように、首から上においても、髪飾りだけでなく、襟足の美、つまり小股の切れ上がった美をよしとし、背面からの美を完成させたと考えられます。
 このようにみてくると、襟化粧をした美人画が歌麿だけでなく英泉、国定など多くの浮世絵師によってしばしば描かれ、美人画とされた理由が納得できます。 (p.152)
 Profile = プロフィール に 横顔、人物紹介の意味があるように、欧米人にとっては、視覚的に前後より、左右のほうが人物を特定し易かったのは言うまでもない。昔の日本人はのっぺりした横顔で、特定しにくかったのだろう。
 欧米人は顔立ちがハッキリしていて、しかも表情が大きい。日本人はそれほど顔立ちがハッキリしてはおらず、しかも大袈裟な表情は忌む傾向があったようだ。
 際立たない顔立ち、そして乏しい表情の日本人は、欧米人からみると個体識別が容易ではないという。しかし日本人は、そのような際立った違いのない人物の僅かな違いを感じ取ることができる。しかも日本人は、世界で最も繊細な表現力をもつ言語である日本語を使いこなすから、僅かな違いを戸惑うことなく表現できる。
 繊細表現識別、感性識別、霊性識別、これらは日本人の得意技である。
 技術、文化、宗教、いずれも日本が世界の中心となり推進してゆくことになる。
 横槍を入れたり、横車をおしたり、横流しするなど、自己主張の激しい、わがままな諸外国を統率して世界に平和をもたらす役割を担えるのは、日本だけである。
 
<了>