
昔、足袋の生産で栄えていた埼玉県の行田で “おんちゃん” という呼称で親しまれていた女の先生の足跡を辿りつつ、教育について思いを巡らせている。
【「継続は力なり」】
おんちゃん先生の時代を辿りながら、戦争前の日本の教育がどんな様子だったのかわかるのが、この本のいちばん興味深い処だった。
なお、「継続は力なり」は、英語の Success と Succeeding 二つの単語の語源から考えやすいけれど、それはこの著作の主旨ではない。
たいてい文脈の最初に置く格言。しかも誰も出典に触れずに使う格言。・・・(中略)・・・。
この言葉を誰が言い出したのか。東小学校が行田市民から「碑文として希望する言葉」を公募したところ圧倒的にこの言葉が多かったと聞いて、私は、もしやと思い、さまざまな職業・年齢・階層の人に「誰の言葉ですか」という質問を続けた。しかし、その出典を特定することはできなかった。が、その過程で意外な人物とめぐり合うことができた。
「さあ、よくしりませんが、おんちゃん先生のことばじゃないんですか。よく色紙に書いていましたから」
おんちゃん先生。本名を須郷園子(旧姓・柳瀬)。本編の女主人公である。 (p.34-35)
明治44年生まれで、昭和47年に校長を定年退職。42年間の教員生活をおくったという。この言葉を誰が言い出したのか。東小学校が行田市民から「碑文として希望する言葉」を公募したところ圧倒的にこの言葉が多かったと聞いて、私は、もしやと思い、さまざまな職業・年齢・階層の人に「誰の言葉ですか」という質問を続けた。しかし、その出典を特定することはできなかった。が、その過程で意外な人物とめぐり合うことができた。
「さあ、よくしりませんが、おんちゃん先生のことばじゃないんですか。よく色紙に書いていましたから」
おんちゃん先生。本名を須郷園子(旧姓・柳瀬)。本編の女主人公である。 (p.34-35)
おんちゃん先生の時代を辿りながら、戦争前の日本の教育がどんな様子だったのかわかるのが、この本のいちばん興味深い処だった。
なお、「継続は力なり」は、英語の Success と Succeeding 二つの単語の語源から考えやすいけれど、それはこの著作の主旨ではない。
【心】
白隠恵鶴禅師の「永劫名なし、錯まって、名字を安着す」 という言葉に救われた。「心」 なんてあるものか、誰かが間違えてつけてしまったんだよ、と喝破したのである。いまでの参禅に来たビジネスマンが 「自分の心を見つめようと思います」 などというと、「ホウ、自分の心とおっしゃるが、心とはどんなものか、ここへ出してごらんなさい。私も一緒に拝見しましょう」 という禅師がいる。禅宗では 「心」 などといわずに、「本来の面目」 というのである。真言宗では 「阿字不生」 という。 (p.80)
“心の教育” という安易な表現に対して、著者が書いていることである。
【「一乗相即」】
『源氏物語』 という何千万人の読者に読み継がれてきた大文学は、その出発の当初においては、一人の作家が一人の読者のために書いた作品なのである。一人の読者の、それもありていにいえば「つれづれの慰み」のために差し出された作品が、なぜ、長い時代を生き続け、幾千万もの人の心をつかんだのか。
これは文学の永遠の課題であろうが、今東光氏(故人・作家・中尊寺管主)は、作家と読者の絆となったのは天台宗の「一乗相即」であるとしている。詳しくは同氏の 『毒舌説法』 などにあたられたいが、要するに迷悟不二、迷いも悟りも裏表になっているのが人間だという解釈である。 (p.149)
これは文学の永遠の課題であろうが、今東光氏(故人・作家・中尊寺管主)は、作家と読者の絆となったのは天台宗の「一乗相即」であるとしている。詳しくは同氏の 『毒舌説法』 などにあたられたいが、要するに迷悟不二、迷いも悟りも裏表になっているのが人間だという解釈である。 (p.149)
【戦前の教員の知性】
かつての先生は秀でた人々ばかりだったのであろうけれど、現在の先生はほとんどその実態は公務員なのだから、いかなる職業の人々と比較しても、おそらくそれほど秀でてはいないのだろう。
【変容すれど変化せず】
朝日新聞は、人間の本質に向かって頭を巡らせたことのない人間集団企業なのだろう。
この坂詰先生の回相談によると、大正末年から昭和初期にかけて、小学校教員のプロ意識はそうとうなものだったらしい。師範学校を卒業するとき、「5年経って芽が出ないようなボンクラでは駄目だ。この学科では俺が、というようになれ」が餞の言葉だった。それだけによく勉強した。「教育思潮」は毎号読んでいたし、講演会があると必ず足を運んだ。生徒ひとりひとりの自主性を出すダルトン女史(アメリカの教育学者)の方法にも耳を傾けた。
読書も並大抵ではなく、倉田百三の 『出家とその弟子』 『愛と認識の出発』、西田幾多郎の 『善の研究』 などは必読書で、教員室の中で議論が始まると、空気が殺気立つふうであった。ときには、女の先生が泣きじゃくりながら反論するという光景も見られたが、このような知的緊張から脱落しないために、忍南小学校の教員たちは給料の半分は書籍の購入費にあてていたという。
いまなら、ウォークマンを聴き、ガムを噛みながら漫画本を読んでいる年齢である。・・・(中略)・・・終戦の年まで教鞭をとっていた先生は、「戦争とともにその傾向(勉強第一)がなくなり、鍛錬の方へ重点がいってしまった」と締めくくっている。(p.155)
昔の人々は、先生をたいそう尊敬していたけれど、尊敬に値するだけ先生も真摯に学んでいたということである。読書も並大抵ではなく、倉田百三の 『出家とその弟子』 『愛と認識の出発』、西田幾多郎の 『善の研究』 などは必読書で、教員室の中で議論が始まると、空気が殺気立つふうであった。ときには、女の先生が泣きじゃくりながら反論するという光景も見られたが、このような知的緊張から脱落しないために、忍南小学校の教員たちは給料の半分は書籍の購入費にあてていたという。
いまなら、ウォークマンを聴き、ガムを噛みながら漫画本を読んでいる年齢である。・・・(中略)・・・終戦の年まで教鞭をとっていた先生は、「戦争とともにその傾向(勉強第一)がなくなり、鍛錬の方へ重点がいってしまった」と締めくくっている。(p.155)
かつての先生は秀でた人々ばかりだったのであろうけれど、現在の先生はほとんどその実態は公務員なのだから、いかなる職業の人々と比較しても、おそらくそれほど秀でてはいないのだろう。
【変容すれど変化せず】
おんちゃんは、戦争中も “日の丸先生” にはならなかったが、戦後も “赤旗先生” にはならなかった。
母親としても “軍国の母” にはならなかったし、戦後は “教育ママ” にならなかった。
変容すれど変化せず。・・・(中略)・・・たえず、人間の本質に向かって頭をめぐらせている人は、周囲の状況の変化に柔軟に対応しながら、本質そのものは変えようとしない。 (p.185)
戦前・戦中に最も軍国主義を煽った朝日新聞が、戦後、最左翼に転じたのはよく知られている。母親としても “軍国の母” にはならなかったし、戦後は “教育ママ” にならなかった。
変容すれど変化せず。・・・(中略)・・・たえず、人間の本質に向かって頭をめぐらせている人は、周囲の状況の変化に柔軟に対応しながら、本質そのものは変えようとしない。 (p.185)
朝日新聞は、人間の本質に向かって頭を巡らせたことのない人間集団企業なのだろう。
【俗なれども卑しからず】
そして常に人に囲まれていた。
むべなるかなである。
講演がうまかった。事例が豊富で、わかりやすくて、気取らない。といって、聴衆に阿ることもないし、手垢のついた政治批判もしない。「俗なれども卑しからず」を地でゆくようなものだった。
菜の花という平凡を愛しけり
富岡風生の句が好きだった。講演にも使ったし、色紙にも書いた。平凡は平凡で力いっぱい生きている。それが好きだった。だから飾らなかった。 (p.234-235)
おんちゃん先生は、趣味も多く、しかもどれも相当な水準に達していたという。菜の花という平凡を愛しけり
富岡風生の句が好きだった。講演にも使ったし、色紙にも書いた。平凡は平凡で力いっぱい生きている。それが好きだった。だから飾らなかった。 (p.234-235)
そして常に人に囲まれていた。
むべなるかなである。
<了>