宇宙発のストーリーは何処へ? | 裏宇宙からの遺言 -悟りと覚醒のプログラム-

裏宇宙からの遺言 -悟りと覚醒のプログラム-

道の道とすべきは常の道にあらず。名の名とすべきは常の名にあらず。無は天地の始に名づけ、有は万物の母に名づく。

代理人です。
生前のエンライト氏は何人ものスピ実践者と交流していました。
ネット限定ではありません。オフラインでも同じでした。

エンライト氏のA師匠、T師匠、Y師匠との出会いもネットを介さずに実現しています。

しかし、ネットの出会いも興味深い。
友人、同志、意見交換者、弟子等、より取り見取り。タイプが様々でした。
特に私ども代理人チームが面白く感じたのは天下之与太郎さんです。
自ら閣下と名乗っています(笑)。

氏は特異なセンスと知性でオリジナリティあふれる世界観を提示しており、エンライト氏は「もうだめだ。俺、ついて行けねーよ」と降参したらしいですが(笑)
いいんじゃないですか?

エンライト氏はかなり面白がってたし、強い関心を寄せていた。
コメント交流ログからも分かります。
原稿準備用の非公開メモにも記されていた。

教えやメッセージが真実かは焦点に非ず。
言葉は仮のもの。
そのものではなかんべ。

エンライト氏も
「私の教えを信じる必要はない」「信じない方が良い」「貴方のハートが真の道しるべ」「私はヒントを皆さんと共有するだけだ」
と念押しをしてたよね。

彼は天下之与太郎氏を好きだったようですが、ひとつ拒絶反応を示した事があります。
エンライト氏に付けられた愛称です。

「太古戦隊エンライジャー」
「タイコロジー創始者の案内戦隊エンライジャー」


わしは何も創始しとらんぞ、と。
でも本気で嫌がってたわけじゃなく・・・
アメブロの当時のサービス・なうで「与太郎さんが名付け親でーす」と大喜びでした。

与太郎氏の『2種類の「鏡の法則」と0人』という記事にその件が…。
あとでリンク貼っときますわ。

『タイコロジー創始者の案内戦隊エンライジャー(本人はこの敬称を嫌がってましたが)
タイプが違うとのことですが、僕も他のブログでは彼のような厳霊系で、
しかも以下のように共通点も多いので、ツインソウルかと思ってしまいます。

  
①昔バイクのチームを結成していた
②真向法を実践している
③アンチ糖質制限
④でも極端な偏食
⑤麺類が好き
⑥自称変態
⑦生きながら死後の世界に入っている


敬称だったんですか?笑
エンライト氏の2輪チームは超過激だったらしいっす。
妹さんの美雨女史がコメントで証言しとりました。

2輪のホームグラウンドは
奥多摩周遊道路、正丸峠、大垂水峠


エンライト氏は裏宇宙ブログで与太郎氏を名指しで紹介する事は稀だったけれども、意識はしていたはずです。
意見の違いもあった。
でも単なる個性。

道は無数にあるので特大の問題ではないよ。
エンライト氏が本気で嫌ったのは「筋が通らない連中だけ」と思われます。

両者の違いの一例は100%自分原因説です。
与太郎氏は肯定した。
エンライト氏は否定した。

でも正反対ではない。
説いた次元が違うだけ。
エンライト氏の記事は大衆向けが多かった。あえて根源論を避けたのでしょう。

与太郎氏の表現手法もあらゆる面でエンライト氏と対照的です。
記事の中で幾度となくエンライト氏に言及しておりました。
一部を下に列挙します。

『アセンション・ヒーリング』
『潜象界の悟りと5次元の悟り』
『人生最大のテーマ「生死解決」と天流れと直感について』
『意識進化セクササイズ』
『全ては最善の意味と現状打破言葉(与太郎一家の大晦日)』
『運命を変える 閃き即行動』
『2種類の「鏡の法則」と0人』の私
『神道と仏教から観た女性性の時代とロゴストロン【Nigi】パワーUPバージョン』
『6月にアメリカが北朝鮮を攻撃!?』
『主食にするべき米の害(6月5日~6月11日の週間食事日記)』
『ヒーリングの危険性と浄化法③』
『豆撒き禁止令と節分祝詞』
『新・創世記⑭ 大甕神社の御用』
『覚醒者(読者からのメール)』
『コメントの件+アルファ』

これでも全部じゃないんだよな(笑)。
中身も面白い。
示唆に満ちた情報が盛り沢山。

でも何が役立つかは個々別別でしょう。
私には無意味だった…と感じる人がいてもノープロブレム。
与太郎氏は自分の信者を作ろうって人物ではない。

エンライト氏も「貴方のハートに基づいた自分教を生きよう」と述べていたね。

なお、上に列挙した記事群において、ひとつ引っ掛かった記事がありました。
モヤモヤした…。
ですが、私が感じただけです。エンライト氏の本音は判りません。

『2015年、ユミレンジャーが「ありのまま」に関する記事を書くと、エンライジャーがそれを何度も取り上げてバッシングしていました。
僕はユミレンジャーを擁護したかったけど、エンライジャーとも仲が良かったので、
「魂の覚醒剤」(エンライジャーが読んでいない当時のメインブログ)で、ユミレンジャーを擁護する記事を書きました』

このあと与太郎氏はユミレンジャー女史のコメントを批判的に検証する方向へと筆を走らせます。
私はその中身を批評しません。
内容が奥深いので、私ごときが検証するのは無理だ。不可能っすよ。

私のモヤモヤは
「エンライジャーがそれを何度も取り上げてバッシングしていた」のトコです。
私の検索ではドンピシャの記事を発見できなかった・・・

一度か二度はあったかもですが、当時のスピ界は「ありのまま」「あるがまま」「ノージャッジ」がすんげぇ氾濫していた。
洪水状態だった。

ですのでエンライト氏の検証対象は「ありのまま」を唱える大勢のスピラーでした。
誰か1名を何回も検証した事は無かったと思います。

著名な大物メッセンジャー相手の検証記事は多かった。
けれども、他の人物への集中的検証は(トラブルがない限り)なかったと思います。

ちなみにですが
エンライト氏が全力で批判した人物は阿部敏郎氏、大和田菜穂氏、雲黒斎氏、賢者テラ氏、九八氏です。

ひん曲がった「ありのまま」を検証した記事もあります。
ざっとこんなトコです。

『ジャッジに対するジャッジ』
『仏陀は非二元スピリチュアルを否定した』
『何もしなくて良い…の意味』
『覚醒には2種類ある』
『道元が悟れなかった理由』
『無条件の愛は無い』
『ノージャッジの欺瞞と犯罪』
『全てが等価ならば、吠えずに黙ってろ』
『今のままでもいい?』
『観照者はノージャッジです』


削除済みの記事も入れた記事リストです。
 再アップする可能性はあります。
 今ここで「観照者はノージャッジです」から抽出コピーしてみましょか?

『観照者である真我はいかなるジャッジもしない。
流れゆく事象に気付いているだけだ。
もしジャッジしてしまったら、その時点で純粋な観照ではなくなる。

ジャッジとは特定の価値基準 (物差し・尺度)に基づく行為だからである。
では観照者は何に気付いているのだろう?
行動する自我である。

我々は日常生活で様々な思考や感情が働いている。
自分なりの基準に基づいて判断(ジャッジ)し、物事を選択している。

すなわち日常生活の次元では、必ずジャッジの意識が働いている。
そうでなければ判断や決断が出来なくなる。
故に選択も不可能となる。
チャクラの次元では上腹部のマニピューラ・チャクラが機能不全を起こしてしまう』



与太郎氏の記事もリブログさせて戴きます。「ありのまま」「あるがまま」の違いについても解説中のシリーズ。
意表を突かれました。
まさか「ないがまま」というワードが飛び出すとは・・・