宿坊の朝は、勤行から始まります。
希望者は30分弱の朝の御祈祷に参加することができ、
宿坊の御師さんの祝詞を聞きながら、朝からスッキリ。
そして楽しみの精進料理は・・・

こごみやイタドリといった山菜、
なめこや舞茸などのキノコ、
そして栃の実の餅が入ったぜんざいなどなど。
ご神域である山から採ったものを、
昔ながらの方法で保存、加工、料理して
こうして体に摂り入れることができる。
体の内側からパワーをいただくことができますね!
宿坊体験、良かったです!

宿を出てバスで海抜1400メートルの月山八合目まで向かいます。
好天に恵まれ、遠くに見える鳥海山も美しい!

ここから3時間かけて登山をすると、
頂上の月山神社本宮に行くことができるのですが・・・。
八合目にある中之宮から遥拝するに留めます^^

月山は、月読命を祀っているように、
「あの世」になります。
古来、日本人は、人が死ぬと「山の向こう」に行くと
考えられていました。
月山を登った人は、「あの世」を感じたのかもしれません。
弥陀ヶ原という湿原が広がっているのですが、
アザミやりんどうやいろいろな花が咲き乱れていました。


そして、死んだら・・・生まれ変わりです。
三山の最後、湯殿山神社を目指します。

出羽三山のHPによると、
「三山が神仏習合であった時代、三山を抖擻(とそう)する修行を「三関三渡」といった。羽黒山は観音菩薩(現在)、月山は阿弥陀如来(過去)、葉山や薬師岳は薬師如来(未来)とされ、それらの加護と導きにより現在・過去・未来の三関を乗り越え、湯殿山の大日如来(三関を超越した世界)の宝窟に安住し、即身成仏(生きたまま悟りを開く)の妙果を得るというものである。裸足になってご神体に登拝するのは、大日如来と一体になって感得することである」
とありますが、
裸足になってご神体に登拝するのは、大日如来と一体に、とは???
ですよね(笑)
けれど、松尾芭蕉が
「語られぬ 湯殿に濡らす 袂かな」
と詠んだように、ご本尊のことは
「語るなかれ」「聞くなかれ」と戒めらていますので、
ご参拝されるときの楽しみにされてくださいね^^
いにしえの人が、この山の奥に来て、
神の世界、仏の世界を感じ、
その感動と畏敬の念が今もなお続いていることが
本当にすごいことだなと思います。
二日かけて、羽黒山、月山、湯殿山とお参りし、
清々しく生まれ変わった・・・はず(笑)
そして最後は、神社ではなくお寺、湯殿山総本寺 大日方瀧水寺へ。
こちらは、春日局が、乳母をしている竹千代君の
身体健固と将軍跡目の祈願をしたと伝えられるところ。
その祈願は叶ったのですから、湯殿山すごい!(笑)
さらにこちらには「即身仏」がいらっしゃいます。
即身仏とは、五穀、十穀を断ち、
木の根やキノコなどの木食をすることで
体の脂肪や水分を抜くという断食の行を経ることで、
朽ちない体を後世に残す行を達成した方のこと。
ミイラは、亡くなった人に防腐処理を施すことですので、
生きながら断食死をする即身仏とは違います。
即身仏になる理由は諸説あるそうですが、
飢饉などが多く起こっている、この世の苦悩を背負い、
この身を引き換えに衆生救済を一心に祈願するため、
というのも胸に迫りますが、
もう一つ、お釈迦様が入滅した五十六億七千万年後に、
いまだ苦しむ人々を救いに弥勒菩薩が下生するときに
その手助けをするために即身仏となってその身を保つため、
というのも、どれだけの思いと覚悟で
この行を始められたのかと、胸に迫ります。
そして、何百年もの間、あまたの人々のどれだけの思いを、
その小さくなったお体で受け続けてきたかとを思うと、
自然と手が合わさります。
この日の宿泊は鶴岡市。
藤沢周平の小説に出てくる「海坂(うなさか)藩」の
モデルとなったところです。
本も読んでいますし、
「隠し剣」シリーズの映画も見ていますので、
「うおー!海坂藩!!」
盛り上がるわたくし(笑)。
そして夕食は、「山形イタリアン」として名のある、
アル・ケッチャーノへ。
「稚鮎と茄子の田楽風」といった、
鮎の肝を田楽の味噌に見立てて・・・というような
「おお!?」というものなど、
驚きや楽しみのあるお料理をいただき、
皆さまと楽しい時間を過ごしました。

二日めも、もりだくさんな旅でしたよ~^^
あと1回続きます!