【かくしごと】【ミステリーと言う勿れ】親の権利 | マンガ心理学って何だろう

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サブカルチャーを中心に心理学と結びつけた話を書きます。
「マンガ心理学」の確立に向けて頑張りたい。

お疲れ様です。
 

気圧のせいか寝不足のせいか・・・

少し体調が思わしくなく。

 

天候不順ですので、皆様もご自愛ください。

 

東京・・・どうなりますかね。
この状況、まだまだ皆で乗り越えていきましょう!
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さて、本日は「かくしごと」「ミステリーと言う勿れ」に共通して出てくる親子関係についてです。ちょっと長くなります・・・

 

 

「かくしごと」は以前に以下で取り上げました。

 

 

 

「ミステリーと言う勿れ」も下記の通り。

 

 

どちらも、取り上げる内容が豊富なマンガです。

「かくしごと」・・・アニメは終わってしまいましたね(泣)

2期はなさそうな・・・大胆な終わらせ方でした。

 

何が共通かと言いますと、「親の権利」ということについてです。

 

「かくしごと」3巻第11号に、子どものランドセルを買うことについて一悶着ある場面が出てきます。

 

娘の姫は小学4年生ですが、毎年「だてなおと」なる者から、高級なランドセルが送られていきます。

姫は知らないのですが、これは母方の祖父が贈っているもの。

この祖父の存在を姫は知りません。

 

毎年のことで、可久士は嫌気がさしているのですが、その勢いで、

世間の「だてなおと」は勘違いしていると語り出します。

 

「『ランドセルを買ってあげた』とかおこがましくないか?

ランドセルを『買わせていただきました』だろ!

ランドセルを買うのは『権利』だろー

親にしたって周囲に買い与えたい人がたくさんいる中 

争奪戦を勝ち抜いて買う権利を得ているというのに 

他人が勝手に買い与えていいものではない!」

かくしごと3巻第11号「可久士様は盗聴器を探している。」より

 

と豪語します(笑)

よくニュースで紹介される児童福祉施設の子ども達にランドセルを贈ってくださる「だてなおと」さんとは買う意味が異なります(苦笑)。

 

言いたいことは、子ども(孫)が可愛くて、ランドセルをみんなが買ってあげたい中で、誰が買うか、誰に買ってもらうかという「買う権利」を得て初めて買えるものなのだ、ということですね。

愛されていますよね。

 

言い換えれば、子どもに喜んでもらい、自分がそうしたいための「権利」を親や周囲が欲しがっている、というようなことでしょう。

 

「買ってあげる」は「買い与える」になるので、上の者が下の者に対して行う施しであったり、義務であったりして、主体が親だということでしょう。

 

一方、「買わせていただきます」は「そうしたい」「そうさせてもらいたい」と相手(子ども)に対して、自らが何か行うことを願う気持ちや行動であり、主体は子どもであると考えることができます。

 

そして、それは自分にとっても大切なことであるということ。

子どもにとって特別な場面に、自分が関わりたいから行うということですね。

 

コミックでも何でも、「買ってやる」ではなく、「買わせていただきます」の優しい精神の世界観であるとその後に示しています。

 

親バカと言われても、子ども(孫)を愛する気持ちが現れています。

 

 

そして、「ミステリーと言う勿れ」1巻episode2でも親の権利について言及されています。

刑事の池本が、大学生の久能整に相談に来る場面です。

 

結婚してパートナーがいるわけでもなく、子どももいない大学生の整に、池本は夫婦と子育ての問題を相談します(笑)

 

池本は、以前のとある事件と関わりの中で、整の洞察力や見識に一目置いており、何かアドバイスを言ってくれそうだと思い、相談するのです。

 

内容は、最近、子どもが産まれ、パートナーは変わったと。

毎日ピリピリして、イライラして当たれるということ。

刑事なので、忙しくて帰れない日もあるけれど、「警察官の妻」としてわかって欲しい。

なるべく育児に参加しようと手伝っているつもりで、ゴミ出しやおしめを替えることもしているけど、うまくいかない。

「どうしたらヨメとうまくいくかな」と相談します。

 

個人的には「ヨメ」という言葉が出た時点で、「あー、そういう人ね」と思ってしまうことがありますが(笑)

(方言的に用いられることもあるので東京から西方面の方々はよく使われると思います。方言的とわかれば良いのですが、東京人の私にはちょっと引いてしまう言葉なのです。

だから、明らかに「あなた関東生まれだったわよね?」と思える方が使うと・・・・ね)

 

整は、困惑しながらも、メジャーリーグの中継をたまに観ていることを話し始めます。

 

メジャーリーガーや監督はときどき試合を休むと。

パートナーの出産は勿論で、子どもの入学式や卒業式、家族のイベントで休場している。

 

彼等は一生に一度の子どもの成長の記念日に「立ち会いたい」のだと、行きたくて行くんだと整は言います。

 

試合を中継している日本側のアナウンサーや解説者は、決まって

「奥さんが怖いんでしょうね」という。

そう言っている人たちには、メジャーリーガーや監督が「行きたくて行っている」ことが理解できないのだと。

 

「なぜなら、自分がそう思ったことがないから

ムリヤリ行かされてると考える 大切な仕事を休んでまで と

メジャーリーガーは子供の成長に立ち会うことを

父親の権利だと思い 日本側の解説者たちは義務だと思ってる

そこには天と地ほどの差があるんですよ

池本さんはどっちですか?

 

池本さんはお子さんを奥さんの付属物だと考えていないですか

だから ”参加する”とか”手伝う”なんて

言葉が出るんじゃないですか

 

子供を産んだら女性は変わると言いましたね 当たり前です

ちょっと目を離したら死んでしまう生きものを育てるんです

問題なのは あなたが一緒に変わってないことです」

「ミステリーと言う勿れ」1巻episode2「【前編】会話する犯人」より

 

タジタジになり、よくわかっていない池本の姿があります(笑)

 

その後、したこともしなかったことも自分に還ってくることであり、かまって欲しい子どもがグレるのはドラマの話で、実際は無関心になるだけだとも付け加えます。

 

なかなか的を射ていますよね・・・現代的です。

たまに私も、カウンセリングの中で、親の方も子の方も家族に関心がない様子をみて・・・唸った覚えがあります。

 

整の言うことは、これまでの日本を象徴しているかもしれません。

最近は、男性サイドも「育メン」なる言葉が出てきて変わりつつあるのかとも思いますが・・・

まぁ、まず「育メン」とか言っている時点で違うなとも思っています(笑)

 

出てきましたね、「権利」という言葉。

子どもの成長に立ち会うことを父親の権利と思うか

子どもの成長に立ち会うことを父親の義務と思うか

 

「かくしごと」の可久士が言いたかったことと似ていませんか?

「そうしたいからする」

「そうすることが自分の喜び」

「そうしないと人生の損だと思う(子どもの成長場面にいないことが)」

 

「子ども」をどう考えるか。

親の付属物なのか、自分の唯一無二の「子」なのか。

 

「仕事が忙しくて休めない」は、働く母親も感じること。

だけど、周囲の認識が女性なら仕方ないと思うけれど、

最近は女性でも「子どもいる人は休めていいね」などと言われてしまいます。その他の人に負荷がかかるからですね。

男性だと尚更許されない。

 

実際、12年くらい前ですが、私の弟が制度があるので育休を申請したら、「産んでない人が休むのは・・・」と言われましたが、3ヶ月間の休みを取り(もっと取りたかったと)、その後に職場イジメにあったことがあります。

 

男性の育児休暇率は2018年度で6.2%。

女性は82.2%です。

もう少し前の男性の取得率は3%前後だったので、少し上がりました。

 

法律や制度が出ていても話は別なんですよね。

認識の中で、子育てで男性が会社を休むことを良しとする感覚はまだまだ薄いと思います。

女性に至っても同じ。

制度化と認識は別物なんですよね。

 

因み、私は育児休暇があることが羨ましい!

当時、フリーランスだったので産後1ヶ月で仕事復帰でした(苦笑)。
 

可久士や整の言うことは、「価値観」のお話です。

本来、「善し悪し」の問題ではない。

問題は、その価値観によって、周囲との差異が出ること。

 

家族や職場・会社・社会と、個人の状況と価値観には、差異がでる。

それを許容しない状態であれば、どちらも困る。

 

だけど、自分の価値観が信念であるならば、行動に現れて、周囲を動かすかもしれない。

コミュニケーションの取り方が変わるかもしれない。

つまり、キャリアの拓き方、歩み方が変わってくるのです。

 

今回の話の中で言えば、

子どもの成長に立ち会うことを親の権利と思うか

子どもの成長に立ち会うことを親の義務と思うか

 

皆さんはこの2つならばどちらでしょうか。

 

では、また。

心燃やして取組みます。