北海道地震の被害が一日も早く回復することをお祈りします。
出会った人々はとても温かく、
1週間も停電や断水の回復見込みがないと言われている現地の方々の方がよっぽど大変なのにもかかわらず、
フェリーターミナルまでお世話になったタクシー運転手さんは、
「それは大変だったね。気の毒だったね。どうかご無事で」と、
自宅に戻ることのできる旅行者のわたしを
何度も気遣ってくださいました。
楽しかった記録は後日また書きたいですが、
地震発生時から旅行者として見聞きしたことを記録しておきたいと思います。
(超長文になります)
わたしは7日夜に帰宅できました。
結論からすると、自分はいろいろな意味でついていたのですが、
「ついていた」という記録にはしたくないので、
そのような印象になっていたらすみません。
9月6日午前3時過ぎ、地震発生。
わたしは小樽市の運河近くのホテルに宿泊していました。
日中の疲れで、その日もテレビと照明をつけたままの寝落ちでした。
小樽は震度4程度の揺れだったため、さほど驚きませんでした。
ただ、地震発生と同時に停電。
ウォールライト、鏡面ライト、フットライトなどムードある照明は消えましたが、
同時に非常用照明が灯ったため、停電の実感はわきませんでした。
情報確認しようとテレビスイッチを入れましたが、つきませんでした。
朝6時。娘からのお見舞い電話で目が覚めました。
のん気にも、地震後も気にせず寝入っていたのです。
数分の通話後、バッテリーを見ると30%台でした。
前夜までは充電を欠かさなかったのですが、
その日に限って寝落ちして充電をしていなかったのです。
11時のチェックアウトまでにしておくことを頭の中で整理しました。
荷物をホテルに置いておける身軽なうちに、コンビニで飲食物を軽く調達したり、
運河沿いのお店で、お土産品も買っておこうと考えました。
でも何より、スマホを充電しなければ。
充電のため、ドコモショップの場所は自分でネットで調べ、
お土産については、ホテルマンに「ターミナルでも買えますか?」
と、のん気なことを聞いてしまいました。
「通常なら。でも今日はどの店も閉店だと思いますよ」
と言われてのん気さが恥ずかしくなりました。
弁解すれば、ネットニュースで見た各地の震度以外、情報をほぼ持たなかったのです。
充電するまではニュースの閲覧も極力控えるつもりでした。
ホテルでは「停電のため、朝食はご用意できません。エレベータは使用できません」
と館内放送があり、真っ暗な内階段を上階から下ったというのに、
地震には慣れ過ぎていて危機意識が薄かったようです。
歩き出すと、ホテルの隣のファミマは閉店で、信号機はどこもすでに消えていました。
これでやっと少し実感がわきましたが、小樽市は停電以外はごく平穏でした。
ネットで調べた場所にドコモショップはありませんでした。
交通整理中の警察官に尋ねると、「この道を5分ほど」という場所を教えてくださいました。
でもそれは車で5分の間違いではなかったかと思います。
10分歩いても15分歩いてもたどり着かず、道行く人に尋ねるとかなり先のようでした。
前日もそうでしたが、半袖姿でも暑さを感じる陽気でした。
汗ばみながら20分ほど歩き続け、ようやくたどり着いたショップは閉店でした。
にもかかわらず10人ほどの行列が出来ていました。
わたしはチェックアウトに間に合わなくなるため、
20分の道のりを再び引き返しました。
来る途中閉店していたローソンの前に行列ができていました。
入口には「2組ずつの入店制限をしています」と張り紙がありました。
猛烈に喉の渇きをおぼえ「並ぼうかしら」と思いましたが、
行列にはほとんど動きが無さそうでした。
自販機でも買えないのだと今さらながら気付いてショックをおぼえました。
小樽駅前のバス乗り場にも立ち寄り、全面運休を確認しました。
台風到来前からストップしていたJRも、引き続き運休とのことでした。
結局、小一時間の散策は、汗をたっぷり流して疲弊するだけに終わりましたが、
若干の状況把握はできました。
後から思うと、旅行者としての被災でわたしがストレスを感じたのはこの1時間だけでした。
ホテルに戻ると、ロビーには水差しと紙コップのサービスがありました。
わたしは部屋の洗面台で空のペットボトルに水を詰め、
11時きっかりにチェックアウトしました。
この時はもう電話も不通になっていて、タクシーも呼べませんでした。
しかし先ほどの散策でタクシーの姿だけはたくさん見掛けていましたから、わたしには余裕がありました。
ただ、その日のフェリーの運航状況を確認したくてもできませんでした。
小樽フェリーターミナルまではタクシーで10分ほどです。
出航の17時まではまだ途方もなく時間がありました。
チェックアウトしてしまったら居場所もなくなります。
ふと、先ほどのローソンの行列に並んでみることにしました。
時間つぶしも兼ねてちょうど良いように思えたのです。
しかしたった10分でギブアップしました。
10分で2組の入れ替わりがあっただけでした。
入場制限はあっても、買い物の品数や時間の制限は無いようで、
出てくる人の手にはたっぷりの飲料や食料品が袋ごしに見えました。
さて、どこでどうしましょう。
あてどもないとはまさにこのことです。
街から離れるのは不安でしたが、街にいても飲食物の調達が難しいと確認できたため、
フェリーターミナルに行くことしました。
やはり、タクシーはすぐにつかまりました。
元気に飛び回っている(ように見えた)タクシーの姿が頼もしく思えました。
行き先を伝えると、運転手さんは「でもフェリーは動くのかな?」と不安なことをおっしゃいます。
そうか・・・なぜその可能性を少しも疑わなかったのでしょう?(だから能天気だというのです)
やさい「でもいいです。どっちみち居場所はないので、雨風がしのげる場所で安心したいです」
と、もはや避難所の感覚です。
ホテルのチェックアウトを延長しても、エアコンと照明の切れた部屋では憂鬱なばかりです。
その2日前の4日から、関西国際空港では台風被害の影響で約3000人の旅客などが足止めされていました。
その後、千歳空港などでも同じことが起こりました。
台風前からそこここで交通網は完全に麻痺状態です。
わたしも当初は1日目にJRで札幌に行き、
2日目はレンタカーで積丹半島に行くことを漠然と計画していました。
交通網が麻痺したおかげで、小樽にとどまることを余儀なくされましたが、
結果的にそのことが負担を最小限に抑えてくれました。
「暑い」「寒い」「行列などで長時間立ちっ放し」が自分にとっての苦難ですが、
その3つを避けられれば、足止め状態などは(現在無職だからですが)案外平気なのです。
後ほどニュースでも知りましたが、この時運転手さんから、
北海道は電気供給が火力発電なため、停電は数日程度では回復しないこと、
水は電気を用いたポンプ式なため、停電中は断水も続くことなどを教えてもらいました。
温和な方で、ご自身を含めた地元の方々の今後の方がよっぽど大変でしょうに、
わたしの身の上の方を懸命に慮ってくださいました。
ターミナルの入口には「17時の新潟行きは出航します」の張り紙があり、
心からホッとしました。
ところが窓口カウンターには長蛇の列ができており、何かと思うと同便のキャンセル待ちでした。
わたしは往復のチケットを持っていました。
キャンセル待ちの長い行列を見ていると、「(自分は)取っておいて良かった」とホッとするのも不謹慎なことのように思えました。
待合席は空いていました。
海の見渡せる特等席を確保し、「ここなら5時間くらいは楽勝で待機できる」と思ったのも束の間・・・
蒸し暑さに5分も我慢できませんでした。
トイレに行きかけると、入口に「断水のため使用禁止」の張り紙がありました。
「今後、5時間もトイレを我慢しなければいけないの?」
・・・わたしは街から早々に移動して来てしまったことを、早くも後悔していました。
蒸し暑さから逃れようと、ターミナルの外に出ました。
日陰には時折風が通っていました。
人の出入りの多い玄関脇のコンクリートに開き直ってしゃがんでいましたが(非常時なので 汗)
「もっと良い場所があるのでは?」と思い、建物の周辺を探りました。
理想の場所が見つかりました。
足を投げ出し、わたしはここでくつろぐゾ…っと。
ポシェットからウォークマンを取り出し、海を見ながらイヤホンごしの大音量で音楽を聴きました。
セレクトは北海道の歌姫=中島みゆきさまです。
思えば、きれいな景色に興奮して写真にバシャバシャ収めても、
肉眼でじっくり眺めることはしていませんでした。
この時、初めてじっくりと北海道の海を眺めました。
潮風は50代女の肌にはダメージが大きそうでしたが、
心には効きました。
わたしはなぜ一人なんだ。どこまでも一人なんだ。
人生のミッシングピースはどこに?
淋しいけど…でも悲壮ではない・・・
非常時に潮風に吹かれながら海を眺めながら音楽に浸っていた謎の優雅な瞬間は、
一生忘れられないだろうと思いました。
にほんブログ村50歳代のカテゴリーですっかり話題(有名人)になられている、
車中泊を主体に北海道を2カ月以上も旅行されている春子さんというブロガーさんがいます。
(わたしも他のブロガーさんにも紹介したりしていました)
春子さんのような旅に憧れていましたが、
わたしには1日だって真似できそうもありません。
ただ、思いがけず与えられたスローモーなその瞬間に、
春子さんのことを思い出していました。
その後待合席に戻り、隣にいた女性に
「トイレに使用禁止とありましたが、どこか近くに使える施設ってあるんでしょうかね?」
と話し掛けてみました。
京都から札幌へ仕事関係者と落ち合って来たという女性でした。
行きは飛行機でしたが、地震後、札幌からタクシーで小樽まで出て、
今朝、フェリーのキャンセル待ちチケットを手に入れたとのことでした。
札幌~小樽は車で45分くらいです。
わたしは日常ではタクシーは極力利用しませんが、非常時は長距離でもためらわずに乗った方がよさそうです。
運転手さんから情報を聞くことも出来そうです。
お仲間の男性が「かなり歩くけど、この先にイオンがあって、そこならトイレも使えるし、
行列を待てば食料も買えるようですよ」と教えてくださいました。
イオン・・・強いですね。
食料は先ほどのローソンのイメージが強烈で並ぶ気はしませんが、
トイレのために歩くことにしました。
朝と昼のご飯を食べていませんでした。
荷物が重くなるからと、お土産類は最後に買うつもりだったため、
手元にはお菓子類などもありません。(マルセイバターサンド買いたかった)
食いしん坊のわたしがこの時に限って飴の1個も持っていないのは珍しいことでした。
途中、少しだけ雨にあいました。
小樽に着いて早々、折りたたみ傘とイヤリングを失くしていました。
到着すると、まず入口の自販機のライトが灯っていることに感動しました。
早速サイダーで渇きを潤しました。
そして用もたしました。
まず視界に飛び込んできた果物・野菜売り場の品ぞろえは完璧でした。
地震、停電、どこ吹く風です。
トマトの赤、レタスの緑、かんきつ類の黄色がみずみずしく積み上げられて、
今のこの非常時においては逆に非日常過ぎました。
しかし大半の買い物客の優先順位は、パン、おにぎり、飲料、カップ麺などのようです。
わたしもパンが欲しくなりましたが、棚はすでに空っぽでした。
パンに準ずる物を探していると、ショートケーキがありました。
パンが無ければケーキを食べればいいのです(by マリーアントワネット)
焼き鳥、パイシュー、大判焼きなどの独立したコーナーにも行列ができていました。
もう、何をどのくらいの分量買ったらいいのか判断もつかなくなっていました。
朝・昼食を抜いている当座の食欲を満たせばいいのか、
船内レストランの営業状況がわからないことから、
翌日の朝の分まで用意しておいた方がいいのか・・・
自分は何が食べたいのかの嗜好も判断力も麻痺したまま、苺のショートケーキ(2個入り)、丸ごとチョコバナナ、和菓子5個パック、ところてん、微糖ヨーグルト、グレープフルーツ、ピザポテト、炭酸水を買いました。
15分の道のりを再び戻るには、ずしりとした重さでした。
この時、気分は甘い物<しょっぱい物だと気付きましたが、それ以上は買い足しませんでした。
船内ではお湯が使えるのですから、カップ麺などを買うのが食欲的にも正解だったと思いますが、思いつきませんでした。
空腹、喉の渇き、トイレと全て用事は果たせましたが、
すぐにはターミナルに戻りませんでした。
戻ってもまたトレイに行きたくなるでしょうから、ギリギリまでイオンで過ごすことに決めました。
イオンさんには絶大なリスペクトがわきました。
その時のイオンモールはまるでユートピアでした。
大変な時に頼りになるということは、人でも企業でもかっこ良過ぎます。
今回他に強かったのは、タクシーとフェリーでした。(あまりにも偏りのある自己都合判定です)
そんなことを言い出したら、自衛隊、行政、NPO、ボランティア、心ある法人・個人・・・とキリがないのですが。
クローズしている店もあると思えば
さらに進むと・・・なんと・・・ドコモショップが営業していました。
その向かいにはauショップ。
ドコモユーザーのわたしはドコモショップへ。
朝から求め続けていたコーナーでは、10人程の人々が充電中でした。
スタッフの方に「ここで順番待ちをしていれば充電できますか?」と確認すると、
わたしの差し込み口に適した充電器を持って来て、すぐに設置してくださいました。
あまりの嬉しさに、朝、1時間も別店舗を探して彷徨ったことや、
現在感謝でいっぱいなことを口走っていました。
ふだん「ドコモ(料金)高過ぎ」などと不満を感じていてごめんなさい。
これまでは惰性で契約を続けていましたが、
これからは感謝の気持ちとリスペクトから契約を続けます。
北海道旅行はほんの内々にしか伝えていませんでしたが、
心配してくれていた家族や会社の仲間、
息子の彼女のMちゃん(息子は夜になってやっと・・・)などに詳細な返信ができました。
必要最低限に抑えていた検索も、安心して出来ました。
実は息子の住む町で時間調整をしていた時、
旅行ではスマホで写真をたくさん撮ることになるだろうけど、
電池量が足りるかしらとふと気になり、目についたドコモショップに駆け込んでいたのです。
持ち運べる充電器を求めて。
結局入荷待ちで購入できませんでしたが、4000円程度とのことでした。
今度、近くのショップで買い求めたいと思います。
他には、大きめの懐中電灯とカセットコンロを備えたいと思いました。
炭酸水の備えは常にあるのですが、水の備えもしておこうと思いました。
不自由してみないと、なかなか通常の生活の有り難みには気がつかないものですね。

イオンからターミナルに戻ると、もう乗船が可能になっていました。
その日は朝から夕方まで根気強く時間をつぶすつもりでいましたが、
時間は呆気ないほどの早さで過ぎ去っていました。
あっさり事態をくぐり抜けた分、
地元の方々の今後の暮らしや、足止め状態の観光客のことは気になってしかたありません。
船の中では、テレビやネットのニュースにかじりついていました。
帰途の船では、自粛のため、ビンゴ大会も演奏会も行われませんでした。
個人のひじょうに狭い行動範囲内のことですが、
以上が自分が体験し見聞きした出来事でした。













