ブログ村で「勉強している主婦」に登録させてもらいながら、
一日一コマの英語オンラインレッスン以外、これといった勉強はしていない今日この頃でした。
だからせめて
今日は「勉強していた主婦」としての思い出を書きたいと思います。
ある年の春、わたしはG研教室の開設を志していました。
・フランチャイズ制でシステムがきちんとしていて、ノウハウも教えてもらえること
・閉鎖的な土地柄で、新規の(無名の)店舗まして学習塾が、初めから受け入れられるとは思えなかったこと
などの理由から、とりあえずG研の門を叩きました。
研修会初日では、同期開設の4人の主婦が初顔合わせをしました。
その後は、この4人で協力し合ったりライバルになりながら、開設を進めていきました。
4月の研修会では小学校1~6年生までの国語・算数テキスト(とにかく膨大な量!)をもらい、
一か月の間に解いておきました。
(5~6年生あたりの算数は公式が使えないことから、かえって中学生を教えるよりも難しい気がして、
一度やっておかないと不安だったのです。ついでに3~4年生にも遡ってやりましたが、
意外と、4年生の「概数」が最も難しいことがわかりました)
6月1日のスタートを視野に、5月は準備を進めていましたが、途中で思いもよらない問題にぶちあたりました。
住んでいた賃貸集合住宅の不動産屋さんに開設許可のお伺いをたてたところ、
どんな規模でも、個人の部屋で営利目的の行為は避けてほしいと、お許しが出なかったのです。
せいぜい10人も集まれば恩の字で、その10人が週に2回、2~3時間集まるくらい問題はないと考えていた甘さでした。
マンションの特殊な構造上、わたしの住んでいたフロアの玄関が隣接する住民は、たった1軒でしたので。
G研の担当さんに相談すると「部屋を借りましょう。借りて頑張るのよ!」と励まされました。
その後2~3週間は、部屋探しに奔走しました。
自分の住む家の家賃も楽ではなかったのに、更に部屋を借りるなどというのは、かなりな贅沢でした。
しかし公民館も何軒も回ったものの、「営利目的のためには・・・」と、軒並み断られたのですから
それしか方法はありませんでした。
始めは安い物件狙いでしたが、最低でも数万円からかかりますし、どのみち物件はほとんどありません。
やがて予算に糸目をつけなくても、そうそう店舗許可の下りる物件はないことがわかりました。
さんざん張り切っていたのに、いきなり座礁に乗りあげたわけですが、
当時は「悩むより進め」という感じで、ヒマさえあれば外に出て探し回っていました。
それが良かったのでしょう。
口笛を吹きたくなるほど理想的な物件が見つかりました。
自分の子供(当時小学校4年生の息子と3年生の娘)が通う小学校の付近を、
塾に通わせる側の立場から、もう一度ゆっくりと散策していると
「この辺りに教室があれば、とても便利だし、人目にもつきやすいんだけどな」
と思える五叉路がありました。
その五叉路に佇んでいると、ふと一人の腰の曲がったお婆さんが、ある建物の中から出てきました。
わたしが目を付けていた鉄筋三階建ての建物でした。
わたしは、そのお婆さんから、その建物がアパートになっていることと、
すぐ隣りが大家さんの住まいであることを聞き、即大家さんを訪ねました。
G研教室を開きたくて頑張っているものの、教室が見つからず苦心していること、
部屋を貸してもらえたら非常に助かることを話しました。
すると、二つ返事でOKしてもらえたのです。
家賃も、週に二回、3時間使う程度なら、1万円+光熱費実費でいいですよという夢のようなお話でした。
1階は大家さんのフラワーアレンジメント教室、2階はおばあさんの一人暮らし、
3階の一部屋は大家さんの息子さんの住まい、そして3階のもう一部屋がわたしの教室になりました。
人が住まうにはやや古い印象の家でしたが、4畳半と6畳の二間、キッチン、トイレ、お風呂も付いていて、
予定したより理想の物件です。
雪国の特徴でもある、雁木作り(庇が張りだして屋根になっている)
の商店街の一角なのも温かみがありましたし、
階段もちゃんと内階段になっていて、外からは一見アパートに見えないところも好きでした。
あとで友人たちからも「家出場所が出来ていいな」と、羨ましがられました。
と、ここまで気楽に書いてきましたが、思ったより長くなりそうです。
明日はまた続きを書きたいと思います^^。
食べ始めた途中で、思いついて撮影(海老が消えてる)
学習机の上で撮ってる~
